第19話

交差しない視線は、彼の首筋を印象付けるだけで。



露わになった上半身に形良くついた筋肉が、私との身体の差を開き、濃くする。



首(こうべ)を垂れた梶くんに見下ろされ、ふ、と嗤うように息を吐かれる。



背筋が震えた。






「ほしい」






意を述べるでもなく、問い掛けるでもなく、ただホシイと彼は云う。



汗か、涙か、わからないものが、彼の頬を伝って美しい輪郭からポタリと床に落ちた。




それさえ追いたいくらい、儚いものをみている気持ちだった。







「――キスは?」







強請るような低く、苦く甘い声色に、私は開いた唇を震わせて、しても、いいのかと問うた。




一瞬、驚いたような表情を浮かべた彼。





それから、今までで一番やさしく――――まるで壊れかけているものを想ってそうするみたいに――――微笑んだ。





心臓が、止まるかと思った。




月の姿は在りもしないのに、月明かりだけが水面に反射しているみたいに。揺らいで、誘われて、届かないもののように。





「届か、ない……」





暗がりでも迷うことなく眸の中に入り込む光の如く色素の薄い髪。貴方は、遠すぎて。



きっと私には、到底追い付けないところにいるのでしょう。




だから私は、こうやって上を向ける。






彼は、いいよとやさしいくちびるを動かして屈み、そっと口付けてくれた。

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