第8話
「今晩は」
角を曲がり最果ての窓際席までやってきた彼は、背負ったバックパックを下ろす前に頷くように会釈した。
松方くんの髪と眸は、今日も凝視してしまうほど真っ黒だ。
まるで夜を連れてきたみたい。
こんばんはと返しながら、ちらりと辺りを見渡した彼の「どうして喫煙席に通されたんですか」という呟きを耳にする。
「喫煙者に見えたのかもしれない……」
「……見えませんが」
ごめんねと断りつつメニューを渡すと、いえと返しながら受け取ってくれる。松方くんはオムライスとハヤシライスが一緒になったものを注文していた。
男子だもんなぁ、松方くんも意外にがっつり食べるんだ。
ご飯を待っている間に彼がバックパックに手を掛けたため、自然と身体が前のめりになる。
ブツだ。彼はブツを授ける気なのだ。
「取り敢えず、六冊持ってきました」
「ありがとう……!」
松方くんが持ってきて手渡してくれたのは、流行りの少女マンガ。
私が頼んだ。
彼は、さっき私が会っていた育美を落とす時――――恋愛の参考書として少女マンガから何かを学んだらしい。結局それが役に立ったかどうかは別として。
聞いてみよう。
「役に立った?」
「……彼女に影響を及ぼしたかは判りませんが、ただ一つ言えるのは、どの漫画のヒーローよりも格好良く、どの漫画のヒロインよりも可愛いということですね。彼女が」
だ、そうだ。
因みに今のは松方くん特有の惚気であり、結果的にどうだったかは恐らく育美だけが知っている。幸せだ。
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