第4話 インタールード 長男の話

どこの監獄でもそうされているように、矢張りこの街の監獄も正門前に広場がある。そこでは大抵絞首刑台を置かれ、週末になると何人かの死刑囚をそこに並ばせていた。

どうやら今日がそうだったらしい。広場には数十人の人だかりが出来ている。

寂れた監獄の門が金切声のような金属音を響かせながら開き、二人の男と一人の女が縄に繋がれたまま引っ張られてきた。それを見た観客たちが口々に歓声と罵声を浴びせている。

明日になれば自身の首が吊るされる側になるかもしれないというのに、呑気なものだ。


「くだらねぇ」

言葉にする気は無かったが、自然と口にしてしまっていた。それが聞こえたのか、対面の男が不思議そうな目で

「キャロル様。サマエル・キャロル様。どうかされましたか?」

と尋ねてきた。

「いいや、気にしないでほしい。なんでもない」


目の前に座る中年の男は、訝し気に首を傾げていたがそれ以上は詮索せず、黙って机の上のウィスキーに口を付け始めた。恐らく俺より一回り以上歳を取っているが、すっかり萎縮させてしまっている。それを少し申し訳なく思った。

そしてまた広場の方から歓声と悲鳴が上がる。囚人の一人が刑に処されたらしい。


全く、食欲が失せるな。と広場の方から目を逸らしながら思った。

レストランにおいて、絞首刑が良く見えるテラス席は特等席とされているらしいが、どうしてもそうは思えない。死体を見ながらプティングを食えと?馬鹿々々しい。


「家族はいるか?」と聞いたのは、少しでも相手の緊張を解してやらなければ可哀そうだったからだ。

石のように筋肉を緊張させている中年男をこれ以上見ていられなかった。豊かに茂らせた口髭は力なくすぼみ、雨に打たれた子犬のようになってしまっている。


もしも父が亡くなっていなければ、このぐらいの年齢だったかもしれないと思うとどうにもいつものように振る舞うことは出来なかった。


しかしどうやら逆効果だったらしい。


「えぇ。妻と子供がいます。女の子です。しかしまだ大した楽しみも知らぬ娘です。どうか家族だけは勘弁してください」と泣き出しそうな顔を差せてしまった。

「そんなつもりじゃないんだ。済まない。ちょっとした世間話のつもりだったんだ」

そう弁明するが、どうにも納得してもらえない。チクショウ。次男のウィリアムなら簡単に信用してもらえただろう。あいつは口が上手いしな。俺はどうにも駄目だ。


「俺も家族がいる。と言っても両親は死んだ。ちょっとした流行り病だ。悲しむ暇なんてなかったね。俺には年の離れた二人の弟と妹、それに父がやっていたあるビジネスも継ぐ必要があった」

妹、と口にした時に、頭の中でアイリーンの姿が浮かんだ。可愛らしいわが妹。しかしもう少し落ち着きを持ってくれればいいのに。せっかく賢いのにそのお転婆さで帳消しになっている。

中年男はきょとんとした顔をしていたがそれでも続けた。

「つまり、アンタの気持ちは分かる。似てるんだよ。自分の仕事で養って、ガキどもに飯を食わせてな。そういう苦労が」と言うが「はぁ」とどうにも納得しきれていない様子だった。まぁ確かに俺の仕事と彼の仕事はかなりかけ離れている。説得力に欠けたことだろう。

まあもういいか。上手くはいかなかったがちゃんと相手を労わろうとはした。そろそろ閑話休題といくべきだ。


「本題といこう、質屋。ここに呼んだのは他でもない。アンタのところに持ち込まれたっていう魔術書グリモワールを見せてくれ」

男は弾かれたように鞄を弄り、中から一冊の本を取り出した。

みると鈍色の紫がかった装丁が施されている。手に取ってペラペラとめくってみるが何が書かれているかはさっぱり分からなかった。異国の本を眺めている気分だ。


魔術書グリモワールは専門知識無しでは読めない。それこそ魔術学院にでも通わないと理解など到底不可能だ。

「コイツは貰っていくぞ。これで娘に美味いものでも食わせてやれ」

懐から金貨を幾つか放り投げると、「こんなにもらえません。結構です」と首を振っていたが無理やり渡した。

「コイツが俺たちの手に渡ったことは黙ってもらう。その手間賃もふくめてだ」

そう言って金貨を押し付けるとやっと受け取ってもらうことが出来た。やれやれ。俺はこういうの向いてないんだよ。次からは次男に行ってもらおう。若しくは妹のアイリーンでもいい。少なくとも俺よりは向いている。


「あのう、サマエル様。その魔術書が何か問題で?」

「あぁ。大問題だ」

本を収めながら顎で広場の方を差す。男は不思議そうな顔をしながらそちらに振り向いた。ちょうどその時、最後の囚人の首が吊られた。またも広場から歓声と悲鳴の混じった狂気とも思えるどよめきが響く。


「コイツの中身次第で、俺たちギャングが全員ああなっちまうかもしれないからな」


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