第3話 悪役というか 悪党
アイリーン・キャロル 十四歳。 キャロル家長女
爵位を賜る誇り高きキャロル家の娘。
そして未来の悪役令嬢。
と言えればよかったのだけど。
――まず悪役令嬢とは何かしら。
悪役は分かりやすいわ。魔術学院に入学してきた主人公をいびる高飛車なお嬢様のことよ。
まあ詰まるところヒロインと敵対的な状況にあればいい訳よね。
多分ここはパスしてる。なんてったって
キャロル家は非合法的ビジネスで財を成す
所謂ギャング。
違法賭博、密輸、盗品の横流しでこの街の裏社会で勢力を伸ばしている。
警察にとっても悪役だし、大抵の人間を相手取っても間違いなく悪役よ。
令嬢というのも多分当てはまってるわね。いっちゃえばお金持ちのお嬢様ってことでしょ。
じゃあ私もそうね。キャロル家は街の至る所にバーやホテルも構えて商売をしてお金を稼いでる。まぁ非合法に得た金のマネーロンダリングが主な目的だけど。
うん。これはきっと悪役令嬢転生ね!私、この世界でやっていくわ!
――えぇ。分かっています。現実逃避だと言うことは分かっているの。
私のどこが悪役令嬢なのよ。
貴族どころか犯罪者の家系。
一大ギャングの娘ですもの。
この国では貴族以外は魔術学院に入学できない。
つまり今後、魔法を扱うこともない。
結構ショックだった。せっかく転生したのに。しかも魔法を学べる環境は近くにあるのに!
――魔法は諦めるしかないかもしれない。
代わりに「これ」はそれなりに扱えるけど。
上着のポケットに入れたリボルバー拳銃を確かめる。
そこには確かな重みがあった。
前世を思い出すまでの、つまり昨日までのアイリーンはこれの扱いが上手かった。
「やれやれ。悪役令嬢じゃなくて、悪党よね」
溜息を吐いて部屋を出た。廊下の隅に架かっている時計に目をやると、もう午後になっている。
混乱している頭をなんとか整理している内にかなり時間が過ぎていた。
午後からは家族会議だとウィリアム兄さんが言っていた。早くいかなければ。
豪奢な廊下だった。ぴかぴかに磨かれた階段のスロープ。大理石の床。壁に架かった油絵の数々。
美術館だと言われても納得したかもしれない内装に改めて驚いた。
「前に住んでいたのは東京の六畳一間だってのに・・・」
一階に降り、幾つかの部屋を抜けるとやっと大広間に出た。
そこは大きな長机を中心として、両壁に酒瓶の並ぶ広い部屋で、話し合いの時は基本的にそこを使っていた。
「遅かったな。アイリーン」
「えぇ。兄さん。心配をかけてごめんなさい!」
ウィリアムは部屋の一番奥で椅子に腰かけていた。
英国的なベストにシャツと言った出で立ちで良く似合っている。
私の答えにウィリアムは目を丸くした。
「どうした。お転婆娘が随分丸くなったな」
「そんなことないと思うけど?」
「矢張り変だ。少し顔を見せて見ろ。・・・何を赤くなってる?」
「ちょ、そんな顔寄せないで。イケメン過ぎるから。耐えられないから」
立ち上がり、顔を近づける兄から何とか目を逸らす。
嫌!顔が見れない。顔が良すぎる!
ウィリアム・キャロル 二十一歳。キャロル家次男。
経済面の才があり、その手腕で幾つもの仕事をこなし、家を発展させてきた。
切れ長の瞳に赤褐色の短髪。そして何より細い指先。
転生前に映画の中で見た英国紳士の美男子が目の前にいる。
昨日までは何も思わなかったが、前世の記憶が蘇った今では顔を直視できない。
ヤダ。トム・〇ランドに似てるかも。動機が止まらないんだけど。
「いいから、離れて。お願い。何か話があるんでしょ」
話は終わりとばかりに椅子に腰かけると、ウィリアムは一つため息をついて自分の席に座り直した。
そんな様子を愉快そうに眺めているのが弟のルーズだった。
バーで客が酷い殴り合いを始めた時も、のんびりとした様子でそれを眺めながら、ピーナッツを齧っていた。
此方も中々の美少年で、どこか中性的な可愛らしい面影をしている。今は十歳だが将来は数々の女の子を泣かせることになるだろう。
「まだ長男がいないわね」
「あぁ。アイツは今日は遅くなる。ちょっとした仕事だ」
ウィリアムはそう言うと後ろを向いて軽く手招きした。
部屋の影から何人かの女中が出てきて珈琲を私たち三人の前に並べ去っていく。
私は黙って珈琲を飲みながら彼らの様子を盗み見た。
ウィリアムは澄ました顔を崩さない。
ルーズは珈琲が苦いようで、顔を歪めながらもちびりちびちと飲んでいる。
「話というのは他でもない。なぁアイリーン」
「はい、兄さん」
「お前、十四だよな」
「えぇ。多分」
多分、という返答に顔を少し歪めたが彼はそれを流すことにしたらしい。
「それに賢い。ウチじゃ俺の次にな」
「兄ちゃんより姉ちゃんの方が頭いいよ」
「煩い。兎に角、アイリーンは聡明だ。気立てもいい。何も知らない貴族がお前を見れば、良家の御令嬢と見間違うほどに」
令嬢、という響きに私は顔を上げる。
先ほど逡巡し、どうやら私には当てはまらないと諦めた言葉に耳を傾ける。
兄さんは一体、何を言いたいのだろう。
彼の顔を覗き込んだ。それでも彼の無表情は特に何も私に情報を与えなかった。
しかし困惑する私が可笑しかったのか少し口角を挙げて、珍しく笑った。
「魔術学院に興味はないか?」
おや、と思った。
もしかして、悪党じゃなくて
悪役令嬢になれるかも?
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