変わっていくファイトーン
第十五話 喧嘩した
ある日の授業。
私は軽く伸びをする。中学校、更に勉強大変だなぁ。
六月のジメジメのせいで、汗が頬から流れてくる。六月になるまでにいっぱい事件があったから…勉強ぜんっぜんしてなかったよ。
「次の問題! そこの延びしている符川!」
「はい! えーっと本能寺の変」
「せ、正解だっ。つ、つ、次は五線!!」
ふふん、聞いてるもんっ。よそ見はしてるけど、耳には入ってるから! 先生、勘違いしてる~エヘヘッ。
本能寺の変は有名だから、答えられる!
「ユーコスラビア」
「正解」
すごい! 何を言っているか分からない難しい問題もスルッと解けるなんて! ユーアースラーなんて、知っていても覚えられないよ。うーん、あなたはスラーってどういう意味だろう…。
とにかくナギは、すごいっ。
「すげ――」
「バード様さすがですっ!」
「エヘヘ~。お父さんが歴史好きやねん。その影響で…あっ………」
!?
ナギが関西弁を使った!? いつも優しい雰囲気の標準語を使っているのに…! 先生も含めた皆が驚いて、教室が静まり返る。
ナギも『やってしまった』と言う顔になった。
「バード様!?」
次の瞬間、さっきとは反対に、うるさいほど、ざわめきが聞こえた。
ナギはうつむいて、下を向いている。え……泣いてる訳ではないよね。うん、涙は見えない。
ビックリしたままの空気で、授業は続いた。 ナギはうつむいて、誰とも顔を合わせようとしない。そのことが心に引っ掛かり、授業が終わるまでナギを見ていた。
〇┃⌒〇┃⌒
「ねぇ、バード様」
「関西弁喋れたんだ~知らなかったよ~!」
「いやっ……その…さ、最近! 見ているドラマの主人公が関西弁で……………。その…影響でっ移ったのかな?」
「そうなんだ!」
授業後のご飯の時間になった。
ナギはクラスのほとんどの人に囲まれ、質問漬けになっている。
本当にどうしたんだろう……関西のドラマを見ているだけで焦ることはないと思うんだけどな。
そう思って、ナギを見ていると
………ナギはうっすらと涙を溜めていた。瞳が少し濡れているだけだけど、苦しそうな表情。きっと泣いていると言うことを見られたくないんだ。
え、ええ!? 何で泣くの?
そう思ったけれど、私は話している輪に入っていないので、何も言えない。 皆は気づいていないみたいだから、少し安心。
またあとで聞いてみよう。
「大丈夫でつか?」
「わぁ! 何だ、ミューちゃんか…」
ミューちゃんが突然ブレスレットから出て来た。
周りから見られたのは、気にしない。
「ナギちゃん………しんぴゃいでつね」
「うん……」
「いつもナギちゃんの言葉ちょか、ブレスレットの中で聞いててでつ!」
「え!?」
じゃあ私がおばあちゃんのことで悩んでいたことも、全部知ってるの? 何か防犯カメラみたい……。でも、ちょっと困り事を相談しやすいかもしれない。
「ミューは、三人のブレスレットの繋がる部屋みたいにところで、過ごしているでつ! だからナギちゃんのこちょも、ワオンちゃんのこちょも……アルト君のこちょも…知ってるでつ」
今、アルトを言う時だけ声のトーンが下がったような……勘違いでは無さそう。でも、アルトは怖いからしょうがない…。
……じゃあ、三人のこと何でも知ってるのかな?
「ナギ、最近悩んでた?」
「ナギちゃんは感情を表に出さないでつ。見ているだけででは分からにゃいでつ…あ、でも…」
「でも………!?」
私が尋ねると、ミューちゃんは軽く首を振った。
窓の向こうの鳥も、心配そうにナギを見つめている。本当に……ナギはどうしたんだろう。
「じゃあ、ご飯ターベヨ」
「あっ…じゃあ、またね」
ナギが友達と別れる。これは話しかけるチャンスだ、と思いナギに近づいた。
「ナギッ」
「なーに、ワオンちゃん」
いつもの変わらない声。でも笑顔は堅苦しい。よしっ、思い切って言おう。
「関西弁好きなの?」
「えっ………好き、な訳じゃ無いんだけど…えっと………。ただ、移っちゃったんだっ。毎晩あるからかなっ?」
「どうしたの、ナギ嘘ついてるよね……分かるよ。ねぇ、しっかり答えてよ! ナギらしくないよ!」
「『らしく』とか好き勝手言わないで!」
私の言葉を聞いて、ナギがバンと机をたたき立ち上がった。その音は、私の怒りを膨らませる。
「どうして、怒るの!? 私はナギを心配して言ったんだよ! 」
「そんな心配いらない! …なぎのこと、知ってるような口調して、適当に言わないでよ!」
ナギが扉を開けて教室から出ていく。
途端に、私の怒りは消えていく。
えっ……怒ったよね? ナギが怒ったのを見たのは初めてだった。六年以上も一緒にいたのに、初めてなんて私でもビックリしている。
何で…何で怒ったの? 私はナギを追いかけようと思い一歩を踏み出す。
すると、私はグイッと肩を引っ張られた。「ちょっとこっち来い」と言ったのはアルトだった。
〇┃⌒〇┃⌒
「ワオンは…知らないのか?」
廊下でそう、アルト言われた。
ミューちゃんはナギを追いかけて行ってしまったから二人だけ。ちょっと緊張する。
どういう意味なの……? 混乱が頭を覆い尽くす。
「いや、責めてる訳じゃ無いんだっ!」
当然、アルトが慌てる。
いつもなら攻撃するのに…優しくなった?
「ナギは幼稚園年中まで…関西出身なんだよ」
「えっ……!?」
関西出身……? 関西にいたってこと?
私とナギは小学一年生ですごく仲良くなった。それまで関西にいた? そんな話、一度も聞いたことが無い。小学生から標準語だし…考えられない。
「こっちに来てから関西弁でバカにされていたんだ…ナギは………。だから小学生からは標準語になったんだ。俺は…幼稚園が一緒だからバカにされたことを知っている」
そういえば、梛は歩翔君のことを初対面から「アル君」と言っていた。…知り合いだったからなの?
と言うか…!
「バカにされた!? なんてダメだよ!」
「そうだ…でも、本当のことだ……」
関西弁って喋り方のひとつだよ? それなのにバカにされるって……ひどいすぎるよ! それなら、私が関西に行ったらバカにされるの!?
……じゃあ私の前でも本当の自分を…関西弁でいる自分を、ナギは隠してたの? 目がショボショボして、だんだん痛くなってくる。
――「ナギらしくないよ!」
私が言った言葉がナギを傷つけていたんだ…。ナギが起こったのは私のせいだ……。涙が溢れてくる。
どう謝ればいいんだろう。ナギが今までの六年以上、『本当』を隠して来ていたのに気づかずに苦しめた。それをどう言えば……。
「アルトは…知ってたの?」
「ああ。…関西弁は少しずつ出ていたからワオンも気付いていると思っていた」
出てたんだ……。私は気づいたけれど、深く考えたことなんてなかった。
どんどん自分が憎らしくなる。ナギ……どう謝れば許してくれるんだろう………もう許してくれないかもしれない。
「あ、アル君……、どうしてここに? ま、まさか話したの? なぎのこと」
廊下の向こうからやって来たナギは眉を下げる。さっき怒ったようには見えない。
「ああ。話した」
「えっ………!そんな…」
ナギが足先に視線を下げる。気まずい雰囲気が三人と一匹を包んだ。でも、ここで謝らないと……私が悪いから。
「ナギ…ごめんなさい。私の前で、ナギはずっと我慢してたのに……それを分からずに責めて…」
「………………………………え…」
ナギは私の言葉を聞き入れない。私のことを無視したことは無い。すっごく怒っているんだ。
「アル君、言わないでって言ったよね…… 「す、すまん」
ナギは無言で教室へ入っていった。それが私とナギの初めての喧嘩だった…。
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