第12話 スリーピング・ビューティー

 模型を作り始めてから完成するまでの時間はだ。


 例えば、一般流通の食玩なら──塗装や大きな改造をしないなら──作り出しから完成までが日をまたぐようなことはまずない。


 だが、高額の大型キットや、2000円前後のガンプラであっても全塗装までしようとすると話は別だ。


 ゲート処理、合わせ目消し、場合によっては幅増し幅詰め延長などのプロポーション調整、ミキシングビルドやジャンクパーツ、ディテールアップパーツを用いた改造、電飾工作……。

 構想、パーツや塗料の準備、下ごしらえと組み立て、塗装、仕上げ処理、ディスプレイベースの作成。場合によっては数週間、数ヶ月、なんなら何年も一つのプラモデルを工作し続けているモデラーもいる。


 その間、俺たちの脳内には「今取り組んでる模型」の領域ができる。


 その領域は、実生活での情報処理のバックグラウンドで常に作成中の模型のことを、その段取りを、必要な資材や工作のことを考えている。


 朝起きて歯を磨く時も、通勤通学で電車に揺られている時も、仕事や勉強をしている時も、4割引シールが貼られたお惣菜をカゴに放り込む時も、お風呂上がりにYouTubeを観てる時も、うどんを食べてむせる時も、投票に行く時も税金を納める時も。なんなら眠って見る夢にもその模型が出てくる。


 これは何かに似ていないか?

 あなたはこれに似たような状況におちいったことはないか?

 寝ても覚めても、食べても飲んでも、見ても聞いても、一つのことを思っている──。


 そう。「恋」だ。


 俺たちモデラーは、その時作っている模型に恋をするのだ。

 だから、食費を削って塗料や材料を買う。

 だから、寝る間を惜しんで延々と作業できる。

 だから、笑われようが蔑まれようが胸を張って好きだと言える。

 そしてそこに、対価はもとめない。

 

 恋する者は恋するがゆえに、いつだって無敵なのだから。


 そしてオレの部屋の角の収納ケースの上には、まだ恋の相手ではないが、今から恋の相手になることが確約された者たちが詰み重なって静かに眠りについている。


 積みプラ、と呼ぶ物もいる。罪プラ、なんて当て字をする者もいる。しかしオレは敢えてこう呼ぶ。


 眠れる積みの美女スリーピング・ビューティー、と。


 かつてのオレは、プラモデルを作らずに積むことをみ嫌っていた。

 それはプラモデルに対する冒涜ぼうとくと思えたからだ。作られるために生まれ、そのつもりで買われて来たのに、積まれるだけの彼らが可哀想に思えたからだ。

 だから、買って来たプラモは日をおかずすぐに作っていたし、プラモを積んだままにしないのはオレの小さな誇りだった。

 4年前。2020年の10月。全てが一変するあの日までは──。


 2020年10月24日。バンダイより「HGUC バウンド・ドック」が発売された。

 この日、模型店や模型を扱う玩具量販店に長蛇の列が出来、ほぼ同日中に各フリーマーケットサイトに二倍から場合によっては五、六倍の値段でHGUCバウンド・ドックの出品があった。


 オレたちガンプラユーザーにとっての悪夢の始まり。

 ガンプラが、せどり・転売の対象となった瞬間である。



*** つづく ***

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