第11話 黒幕

『皆さん、ご紹介します。今回プラモデル部の活動を承認してくださり、その実現に大きくお力添え頂いた、PMOの岩田さんです』


 PM……O……?


 ファンタシースターオンラインか?

 いや、違うな。文脈的に部署か階級を示す、なんらかの頭文字略語だ。

 数々の地方店舗を這いずるように勤務して来たオレはしょっちゅう変わる本社部署や役職の英語名に明るくない。最後が「O」ってなんや。


 だが、ゼロ式模型術の戦心得いくさこころえにこうある。


 相手ノ階級 高低ノ不明ナル時ハ

 元帥ゲンスイ相当ト思ヒ 相対スベシ──


 そう。社長の次くらい……いや、社長と同格くらいの方と思ってたてまつれば、まず失礼に当たることはあるまい。


『どうも皆さん。PMOの岩田です』


 女性の声──画面には引き続き少佐だけが写っており、声の主の顔は見えない。


 Sound Only ……か。


 むべなるかな、我々参加者の大半が店舗ナンバー表示で顔を出してはいない。ここいら辺については特に規約はないが、趣味の集まりなんだし、正直みんな顔出しでいいんじゃないかと個人的には思う。


『いや、初めてこういったプロジェクトのミーティングを見学させて頂いたんですが。いいですねー、活気があって』


 活気か……それは今から出そうとしてる所で、これをオレたちの活気だと思われたなら心外だぜ。オレたちがマジで活気を出したら連邦派とジオン派に別れて絶叫バリトゥードスポーツチャンバラ大乱闘までありる。


『特に芦高店の宝田さん?』

「ぅはいッッッ!!?」

『このやりたいことのPDF、めちゃくちゃいいですねー! 熱意が伝わってくるというか、本当にやりたいんだという気持ちが表れてるというか……作ってないスクラッチビルドより作った素組み……ですか? 私はプラモデル分からないんで言葉の意味はイマイチ分からないですが、プラモデルが好きで、活動に本気なんだというのはヒシヒシ伝わって来ます』

「ばッ……あ、ありがとうございます!!」

『いや本当に。これお手本じゃないですけど別のプロジェクトのチームにも見せていいですか? こういうのでいいんだよ、っていうサンプルというか』

「勿論です。著作権は社に譲渡します」

『ふふ……いいですかマルCとか付けとかなくても』

「だ、大丈夫です。落書きの延長みたいなもんで……なんかすみません……」

『プラモデル部の立ち上がりにこのPDFが出たってすごく意味深いと思うんですよね。このプロジェクトの今後を占うというか方向づけるというか……いつかこのPDFは伝説になるかも知れませんよ。漫画界の手塚治虫の原稿みたいな』

 流石さすが元帥げんすい相当の上級将校……人をノセるのが上手い。誰がそんな見え透いたお世辞に……


 そ、そうかな……もしかしてオレすげー文書書いちゃったかな……?

 なまじ社長くらい偉い人と想定して話を聞いてたから、そこからくる褒めのパンチりょくが半端ないぜ。


『実はプラモデル部と同時期に承認して並行して幾つか社内プロジェクトを進めているんですが、一番具体的に進んでいるのがこのプラモデル部の皆さんの活動なんですよね』


 マ、マジ?

 部のロゴも公式Xも凍結状態の我らがジャッカルファングが一番動きが良いって……他のプロジェクトは一体ぜんたいどんな状態なんだ……?

 いや待て。鵜呑うのみにするな。

 他の全てのプロジェクトのミーティングでも同じように言って焚き付けてるのかもしれん。


『頭の中にある壮大な計画より、A4一枚でも手を動かして何かを作る。このPDF自体がその考え方そのもので出来ている。そんな感じがして感動しました。やっぱり何かを作り出す時はこういう気持ちが大事ですよね!』


 ……しずまれオレのモチベーション。

 なんとなくだが分かったぜ。

 確か少佐はこの岩田さんが我々の活動を承認したと言っていた。

 つまり、オレたちの成功はこの人の出世に──社内ポジションの確立に繋がるってわけだ。

 年末繁忙期も差し迫るこんな時期に部活の立ち上げなんておかしいとは思ってた。頓挫とんざばかりのプロジェクトの中で、ガンプラオタクを上手く焚き付け笛吹いて踊らせて成功の実績を作り、自分のキャリアの燃料に利用しようってわけか。名乗った名前も本名かあやしいもんだ。顔を出さないのも納得だ。プラモ部に何か問題が起きれば、関わったことの一切を闇に葬ってほおかむり……だろうな。


 今回の一連の出来事の、全ての絵図面を描いたのはこの人──この人が真の黒幕フィクサー!!!


『と、いうわけで皆さん。活動頑張ってください。期待しています』

「……ありがとうございます。微力びりょくを尽くします」

 オレ以外の参加者メンバーも口々に似たようなお礼を述べた。


 上等だ。あんたがオレたちを利用するってんなら、オレたちもあんたを利用する。

 あんたの承認したこの部活を利用する。

 押しも押されもせぬド派手な実績を花火のように打ち上げて、社内に、模型業界に、ジャッカルファングの名前を轟かして見せる!!!


 それはそれとして。


 なんだ? この胸の奥から沸々ふつふつと湧き上がる熱いエナジーは?

 な、なんか模型作りたくなって来たなー。

 べ、別に書いたPDFめちゃくちゃ褒められたからモチベ爆上がりしたわけじゃないけど。

万が一。万が一、岩田さんが「そう言えば宝田さんってどんなプラモデル作ったんですか?」っておっしゃった時に大佐や少佐が即座に「こんなんです」って示せるそれなりの作品画像を早急に提出しといた方がいいかもなー。


 第一、今回オレはジャッカルファングのメンバー全体に「お前ら! 手を動かすぞ!」って号令したも同然。オレ自身が模型作例の先陣を切るのは道理。

 べ、別に褒められたからじゃないし。

 道理だから仕方なくだし。

 明日は丁度休みだし。

 寝る前に下ごしらえと全体の見通しくらいは立てて、休日にグワッと仕上げて休み明けに画像を提出しよう。


 いやほんと。違うんですよ?

 タカラダ文書を褒められてモチベーションが抑えきれないくらいに上がってるわけではないんです。


 さて──活動開始直後から、いきなり勝負所の天王山だ。

 元帥げんすいに見せるとなれば、生半可なまはんかな模型は作れねえ。ゼロ式模型術の奥義を尽くして、今のオレに出来る最大クオリティの模型に仕上げるッッッ!!!


 ……ついに。ついにその時が来たか。

 こんな時の為、長年眠りについていた眠れる積みの美女スリーピングビューティーを揺り起こす時が──。



*** つづく ***

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