ナイト、リバーシ


「委員長。インラインスケートってSPD+15、DEF+10、INT-25ぐらい補正入ってそうじゃないか?」

「そうね、それぐらいが妥当ね」

「ん?何が?」


 と、返事をしながらもカリンは手を止めない。

 自分の勉強の合間に二人してカリンの勉強を見てたのだが、カリンは恐るべき吸収力を見せた。カリンがインラインスケートを脱いでから2か月。今や俺と大差ない学力を身に着けていた。……コツコツ勉強していた俺の立場は呆気なく崩れ去った。


 改めて今のカリンを見る。


 夏より伸びた髪は綺麗にセットされ、唇にはリップが塗られてツヤがあり、爪は綺麗に磨かれ、傍に寄ると甘い匂いがするのできっと香水でもつけてるのだろう。詳しくは知らないが。

 夏ごろまでは少年のようだったというのに、今じゃどこに出しても恥ずかしくないお嬢様だ。

 ……うん、どっちかって言うと、傍にいて恥ずかしいのは俺の方かな?


「ん?んんん?」


 カリンが眉間に皺寄せて悩みだした。


「阿川、これってどう訳すと思う?」

「あー、どれどれ?……分からん」

「ああ、これね」


 委員長がスラスラと解いてみせた。



 ピンポーン


「はーい、どなたで……、なんだカリンか」


 休日に自宅で勉強していたらチャイムが鳴ったので出てみると、カリンが立っていた。


「ね、一緒に勉強しようよ」

「いや、委員長としなよ?今じゃ成績同じぐらいだから教えれる事ないぞ?」

「教えてじゃないよ、一緒にやろうって言ってるの。それに最近阿川、放課後も付き合い悪いし」

「元々お前ら二人が勉強しているところに俺がいるのが不自然だったんだよ。もう俺はいいって。元々一人でコツコツやる派だし」

「じゃ、いいよ。私も横で黙々としてるから。ね、寒いからウチにあげてよ」

「ダメだ。今親が買い物行ってるから俺一人なんだよ」

「私気にしない」

「俺が気にするの。親が帰ってきたらどう言い訳すりゃいいんだ。……なあ、折角だ。少し息抜きに付き合ってくれないか?」

「……しょうがないか。いいよ。何しよっか?」

「俺にインラインスケートを教えてくれ」

「は?」




 俺とカリンは近所の公園に来ていた。寒いせいか、人っ子一人いない。貸し切りだった。


「プロテクターないと危ないんだけどなー?」

「そこまではお金なかったんだ」

「なんで持ってるの?やるなら貸すって散々言ってきたのに」

「あれ、サイズいくつ?」

「……22.0」

「俺、もうサイズ28.0だよ。流石に履けんわ。で、立つにはどうすればいい?」

「足、八の字にして、そう、で、ほら、私の手を掴んで。重心、踵!」

「ん」


 俺は言われたとおりに足を八の字にすると、足をプルプルとさせながらカリンの手に縋って立ち上がった。


「ほら、立てた」

「おお、すごい。こっから滑るにはどうするんだ?」

「こう、八の字のまま、横に押し出すように力を入れて。始めは私が手を引いてあげるから、さ……って?」

 カリンは手を見て、俺の顔を見て、また手を見たあと顔が赤くなった。


「どうした?」

「な、何でもないよ?じゃあ、手を引くよ?足、横に押し出してみて?」


 俺はカリンの言われるまま、引かれるままに右、左と足を押し出すと、なるほど、確かに前に進む感じがした。


「へぇ、なるほどなぁ。カリン、教えるの上手いな」

「何人も教えてきたからね。でも、阿川は筋がいいよ」

「そうやってたくさんノせてきたんだろ?」

「ホントにホントだって。阿川、上手だよ。……もっと早く始めればよかったのに。一緒に滑りたかったなぁ」

「……ちょっと、カリンが転校してきた頃に戻った気分だ」

「そうだね。髪の長さが足りないけど。……ね、本当はさ、東京でみんなインラインスケート履いてるなんて嘘なんだ」

「だろうな」

「気づいてたの?……私もね、インラインスケート得意だったけど、それだけだったなー」

「それなのに、なんでインラインスケートを普段から履いてるだなんて、嘘ついたんだ?」

「……私さ、東京にいた頃、本当に目立たなくて、友達少なくてさ。だから、転校先では今度は目立って、今より友達も作ってーって……」

「で、インラインスケートか。無駄な努力だったな?」


 カリンは少し傷ついた顔をした。


「効果なかったかな?」

「そんな事しなくてもお前、十分面白いヤツだったよ。だからそんな事しなくても、きっとお前はみんなの気を引いて、友達もたくさん出来てた」


 俺はカリンに手を引かれながら答える。委員長と初めて会話してた時だって充分面白かったし、委員長もカリンと話してると楽しいって言ってた。カリンは思ってるほどつまらなくなんてない。


「東京じゃ、周りのセンサーがバカだったんだ。こんな面白いヤツ、放置してたんだからな?」

「そう、かな?」

「ああ。絶対だ。少なくとも俺は間違いなくお前を見つけてた。自信がある」


 いつしか、カリンの足は止まっていた。


「そっか。そうだったら、いいな」

「いいなじゃねーっての。絶対だって。100%なんだって」

「そっか。阿川が言うなら絶対かな」


 カリンは、鼻を啜りながらそっと目元を拭った。


「って手を離すなっ!?」

「あ、ごめ!?」



 その後、続けて練習する気にも勉強する気にもならず、カリンは目の腫れが引くと帰っていった。

 まあ、ハプニングはあったものの、これで一通りやり残しはない気がする。

 カリンも今回の事で過去のわだかまりが解消されてたらいいなと思う。そうなったら、よりベストコンディションで受験に臨めるので益々向かうところに敵なしといったところだ。



 受験も近づく12月。益々寒さは厳しくなり、イルミネーションは増える一方で、浮かれてる奴も右肩上がりだ。たぶん。

 浮かれてる奴が回りにいないので想像だけども。


「ツれないね、阿川君」

「そうだね、ツれないね、阿川」


 いない。俺の周囲には、浮かれてる奴は、いない。


「こーんな可愛い女の子二人が?」

「せーっかくクリスマスイブに誘ってるのに?」


 いないったら、いない。


「委員長まで悪ノリするなよ?ってか、クリスマスイブに限らず、毎日お誘い頂いてて悪いんだが。何度も言ってるけど一人で勉強する方が集中できるから邪魔するな」


「もう最近は露骨に不機嫌で私哀しいよ、委員長?」

「おお、よしよし。どう責任取ってくれるの、ああ、もう仕方ない、これはクリスマスイブに……」

「いや、もう小芝居止めろよ?」

「もっと浮かれようよ、阿川~?こんなカワイイコ二人からお誘い受けてるんだからさ~」

「浮かれてられるか、受験生だって自覚あるんか?正直このやり取りすら時間勿体ないわ!」

「あれ、可愛い子二人って部分は否定しないんだね阿川君?」

「いや、二人とも実際相当可愛いじゃん。だからヤッカミとか恐いんだってば!」

「……あれ、こう真正面から可愛いと言われると案外照れるものがあるわね?」

「おお、初めて阿川から可愛いって言われたー」

「そっちじゃねーんだわ?その後ろのヤッカミとか嫌だから一緒に勉強とかしたくありませんって、俺の気持ちを汲み取ってくれよ!」


 この後10分こんなやり取りを経た後くたびれた俺は、二人の説得を諦め放置して家に帰った。

 俺の回りに浮かれてる奴はいない。でも浮かれてる奴は右肩上がりだ。


 だからだろう、12月に入ってから委員長とカリンの告白される頻度が増えている。だからきっと、そういう事なんだろう。



『阿川が相手してくんなくて、つまんなーい』


 イブの夕方、そんなLINEが飛んできた。


『勉強してる。勉強しろよ?』


 すぐに返事が返ってきた。


『勉強してる。一緒にしようよ?』

『一人の方が集中できるから嫌だ』

『じゃ、勉強じゃなくて遊び行こうよ?』

『じゃ、じゃねーよ!?勉強しろよ!勉強してるってのは嘘かよ!』

『いいや!限界だ行くね!』

『ちょ!?夜遅いし一人じゃ危ないって!』

『〇〇公園のイルミネーションね』


 ご丁寧にアクセスマップの画像と玄関で出発前の自撮り写真が送られてきた。


 ……あの、バカ娘が。


「なあなあなあ?ちょいとカリンさんお聞きしたいんだが?こんな脅迫じみたやり方で俺を呼び出したら開口一番説教されること間違いなしだと思わなかったのかい、俺より期末の順位が5つ上だった人?」

「……最後、私怨が混じってなイダダダダ!?」


 カリンがコメカミをグリグリされて悲鳴をあげた。


「何か言ったかい、5つ上の人?」

「メイクが!折角気合入れたメイクが崩れるっ!」


 といってニコニコしていた。


「知るかバカ」


 急いで駆けつけてみれば、リアルタイムで地元の高校生にナンパされてて困ってたし。


『ごめん、遅れて悪かった。で、俺のツレになんか用ッスか?』


 荒っぽい人たちじゃなくて良かった。正直恐かった。嘘が後ろめたかった。でも見過ごす訳にも行かなかった。でも恐かった。


『呼び出して、ごめんね?助けてくれて、ありがとね。来てくれて……ほんと、ありがとね』


 そう、ホッとした顔のカリンに笑いかけられた。

 寒い夜空の元にいたせいか、頬が赤い。高校生に声を掛けられて、きっと恐かったに違いない。

 元々カリンの気性は大人しい性格をしてるし。そんなカリンから笑いかけられて、報われたような気がして、でも、それ以上に胸の奥が鋭く痛んだ。


「……無茶、するなよ。周りが心配するじゃんか?」

「はーい、気を付けまーす」


 そう手を上げて、口先だけの反省を言う。……彼氏、苦労しそうだなぁ。


「でも折角来たんだから今は目の前の景色を楽しもうよ?ほら、綺麗だよ?」

「……そうな」


 そう言ってイルミネーションを前にはしゃぐ彼女は、確かに綺麗だった。

 カリンが、インラインスケートを脱いでから、たくさんの男子から告白されたハズだった。

 それなのに、今カリンと一緒にイルミネーションを見てるのが俺って事は、きっと今日までカリンのお眼鏡に適った相手がいなかったのだろう。

 でも来年はどうだろう?高校に入って、新たな出会いもあって、それでもまた、カリンと俺はクリスマスイブに一緒に居たりするのだろうか?


「ほら、モミの木ライトアップされてすごいエモいね!」

「そうな」

「てっぺんの星でけー」

「……感想ひでーな」

「あ、そうだ!一緒に初詣行こう!」

「あ、年末年始はじーちゃんち行くからホント無理」


 今回みたいな無理な行動を起こされると困るので先に釘を刺しておく。


「……残念。一緒にお願いごとしたかったのに」

「お願い事?ああ、おんなじ学校入れるようにって?」

「……あの、てっぺんの星じゃお願い叶えてくれないもんね」

「クリスマスツリーにはそんな効能ないもんな。……流れ星だったら叶えてくれるのにな?こんな風に」


 俺は何もない夜空にすいーっと指を滑らせる。

 すると滑らせた指をなぞるように星が、流れた。


「え?」「へ?」


 あまりのタイミングの良さに、二人して間の抜けな声を上げて少し固まった。


「……す、すごいすごい!すごいよ阿川!魔法使いみたいだった!」

「いや、たまたまだからな?」

「すごい、願い事叶えちゃったよ、阿川!」


 え、願い事……あ、流れ星が流れますようにってこと!?嫌だ、こんなところで運気を消費したくねーよ!?


「今の阿川なら何でも叶えてくれそうだね!ね、お願いごと言っていい?」

「いや、だからたまたまだっ……」


「私の、初恋、叶えて、くれない?」


「え?はつ?」


 ん、今こいつなんて言った?


「……初恋?」


「うん」


「好きなヤツ、いるの?」


「うん」







「」

「え?」


「いやだ」

「え?」

「いやだ。自分でどうにかしてくれ」


 思った以上に、数段冷たい声でそう言っていた。しまったとは思ったが取り繕おうとは思わなかった。

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