スタンバイ、ラブ
『いや、なんで増えてるんだよ!?』
言った後に正直失敗したなと思った。
案の定、転校生と話すキッカケになってしまった。関わり合いになりたくないと思っていたのに。
……こんな面白いヤツ、関わり合ったら絶対ドツボにはまるに決まってる。
男だったらな、と思う。そしたらきっと躊躇わずに真っ先に話しかけてたに違いないのだ。
「げ」
「阿川!?……おはよう」
「……おー。おはよう」
年の暮れの薄暗い早朝から会いたくない奴に会った。
「そのー、この間は悪かったな?」
「……ううん、私の方こそ急に変な事言ってゴメンね。自分でどうにかするよ」
「……そうして貰うと助かる」
クリスマスイブの夜。あの後気まずい雰囲気を作った上に反省もしてなかった俺は
『俺、もう帰って勉強するけど?カリンはどうする?』
『帰るの?』
『ああ』
『……私も帰る』
『……送るわ』
そうしてそっからは始終口を利かないまま、送って帰ってきた。
それから連絡は一切しなかったし、向こうからも来なかった。
それが、こんな薄暗い朝からバッタリだよ!
「しかし妙な時間に会ったな?こんな時間に何してたんだよ?」
「勉強の息抜き?で、ちょっと散歩中かな?」
「カリン、朝型だったんだ?」
「いや、徹夜明けっていうか……」
「え、いや何してるの!?体調管理しっかりしなよ」
薄暗くて気づかなかったが、確かに顔色は良くなかった。
「いいじゃんか。帰ったら寝るよ。それより阿川は?」
「あー俺も散歩だよ?」
「え、めっちゃ汗かいてるけど?」
「普段運動してないからな、仕方ない」
「湯気立ってるけど?あと、ココ阿川の家から何Km離れてると?」
「暑がりなんだ。道に迷った」
「……ねえ、阿川。そういえば、結構前から私といても全然息上がってなかったよね?もしかして……ずっと走りこんでた?あんだけ運動嫌いなのに?」
「そんな訳ないじゃん?じゃあな。良いお年を」
「あ、ちょっと待て!」
カリンが俺の後を追ってきたけど、すぐに引き離した。今のインラインスケートを履いてないカリンでは俺に追いつくことはできない。いや、本当。カリンの横にいるために頑張ってきた俺の健脚を舐めるなよ?
家についてスマホを見ると、LINEにカリンからの文句がたくさん届いていた。全部既読スルーした。
大晦日。祖父母の家の近くにある小さな神社へ向かいながら、スマホを眺める。今年最後ギリギリに『今年もお世話になりました。来年もよろしくね』とメッセージがカリンから入っていたのでそれには返事を返した。直後、日付が変わるとすぐに『明けましておめでとう』と来たので、少し笑いながらそれにも返事を返した。
ちなみにその前後で委員長からもメッセージがあったのでそちらにも返事を返す。二人ともマメな事だよ。
……今年もよろしく、か。今年はそんなによろしくすること、あるかな?
カリンから好きな人がいると告げられて1つ自分の事で気が付いた事がある。どうやら俺はとても念入りにカリンが女の子であるという事実を無視してきたらしい。それはカリンがとても可愛いという事は知っていたし、ずっと告白され続けている事も知っていた。
でもカリンの口から、好きな人がいると言われるまで目をつぶっていた。とても都合が悪かったから。
初めて話した時からずっと思ってたみたいだ。
仲間、なんてカリンにとってたくさんいる内の一人なんてものにはなりたくなかった。カリンの特別でいたかった。かといってどこかで女の子だってことも気づいていたので親友みたいにべったり距離を詰める事もできなかった。
ああ、コイツが男だったらなぁと、どうやら心の奥底で事あるごとに思っていた節がある。
カリンは女の子なのに。
という事に気が付いた。気が付いた以上、今まで通りにはいられそうにない。少なくとも、カリンに彼氏ができた時、今までみたいに話せるとは思えなかった。そして今までみたいに話しちゃダメだろ。
カリンの隣りは、俺にとっていつだって特別なのだから。そこに居るのが別の誰かだったとしても。
「ねえ、ちょっと助けて欲しいのだけど……阿川君も表情暗いね?」
冬休みが明けて、いよいよ受験が差し迫ってきた。そんな中、教室で単語を覚えていると委員長が声を掛けてきた。
「……なに?」
「カリンちゃんがね、冬休みからずっと不調なんだよ。この追い込みの時期に。できれば一緒に勉強見て貰いたいんだけど」
「……俺と一緒にいたら変な噂が立つかもだろ?それの方がアイツに迷惑だろ?」
「え、今さらっ!?……冬休み、何かあったの?」
「……なあ、カリンの親友の委員長。あいつに好きなヤツがいるって、知ってた?」
「……本人からも聞いたけど、その前から気づいてたよ?」
「そっか、俺はカリンから聞くまでいるって全然分からなかった」
「うん、だんだんと何が起きてるのか分かってきたよ」
「で、さ。その話聞いた時俺が変な反応しちゃってだな?そっからずっと気まずいんだわ」
「なるほど、よく分かったわ」
「ああ、親友の委員長が羨ましい……」
「なるほど、よく分からないわ。何を言ってるの阿川君は?まあ、いいや。ともかくやっぱりこのアト一緒に勉強するよ?」
「いや、だから、俺と一緒にいるとアイツの好きなヤツに要らぬ誤解が及ぶ可能性が……」
「阿川君はゴチャゴチャうるさい。カリンちゃんの好きな人は一旦忘れちゃいなよ。いい?今カリンちゃんが不調なのは阿川君のせいじゃないの?なら阿川君じゃなきゃ治せないでしょ?だから阿川君、あなたがどうにしなさい!」
「……あ。阿川」
「……久しぶり。一緒、いいか?」
「……うん」
「じゃ、勉強始めよっか?」
そうして図書室で、ぎこちなく勉強会が始まったのだが、横にカリンがいると思うと頭に入ってこなかった。
チラリと隣りの席のカリンを見る。カリンも目が参考書の文章を追っていたが、どこか目が泳いでいて集中力に欠けているようだった。
ふいに顔を上げたカリンと視線があった。気まずそうにすぐにカリンは視線を参考書に戻した。
「……ハァ」
向かいの席の委員長がため息を漏らした。
いや、きっと俺のせいで調子を崩してるとは思うし、どうにかしてやりたいのだが、だからってどうすればいいのか分からないんだってば。
いったいどうすればカリンは元気になる?どうすれば……もう、本人に聞くか。
「なあ、カリン。ちょっといいか?」
カリンが少し体を強張らせた。
「……何かな?」
「ここだと話しにくいから……一緒に来てくれないか?」
カリンはチラリと委員長を不安そうに見た。委員長はコクリと頷く。
「……わかった」
俺も委員長を見た。
「という訳で少し席を外すな?」
「うん、行ってらっしゃい」
委員長は手のひらをヒラヒラさせて送り出した。
俺とカリンは人目がない場所に行くと二人向かい合った。
「そのさ、まずはもう一回謝らせてくれ。あの時は突き放すような事言ってゴメン」
「ああ、もういいってば別に」
「いや、でも今まで通りの関係じゃなくなっても、こんな気まずいのは嫌なんだ」
「……今まで通りじゃダメなの?」
「だってそうだろ?カリンの好きな人に変な誤解されるかもしれない」
「……その、阿川は私が好きな人がいること、どう思ってるの?」
「仕方ないって思ってる」
「そう、仕方ない、か。私さ、阿川が何考えてるか、よく分からないよ……」
「……だいぶ格好悪い事考えてるぞ?
前にインラインスケート教えて貰った時に話したの覚えてるか?お前は面白いから何してたってすぐ見つかるって」
「うん、覚えてるよ。もちろんだよ」
「実際俺はそう思ったんだよ。お前が転校してきた時、コイツの隣りは絶対楽しいって」
「……うん?」
「でも、たくさんいる友達のうちの一人はイヤだし、でも同性じゃないから親友ってのも無理あるし。
何より彼氏できたら距離取らなきゃいけないからって、ずっと距離感を測りかねてた」
「……えーと、それで?」
「カリンと距離を取らなきゃいけないんだけど、それがイヤだからカリンが好きなヤツと仲良くするお手伝いはできません、ごめんなさい」
「……プッ。ア、アハハハ」
カリンがお腹を抱えて声を出して、顔を真っ赤にさせて笑い出した。笑い過ぎて目の端には涙を浮かべてる。
思えば、随分久しぶりにカリンが笑ったところを見た気がする。
「あー笑った笑った。すごい笑った。
もうそれって殆どアレじゃん?
しかも転校初日からとか、もうさー?でも、そっかそっかー」
「……そんな面白かったか?結構傷ついたんだが?」
「うん。阿川も面白いヤツだね」
「そうか?」
「そうだよ。それに結構お子様だし、アホだし、私のこと、全然わかってないよね!」
「そっか……」
「そうだよ。でもね、私も焦り過ぎてたみたい。
いいよいいよ、今の話聞いて私も余裕できたし。今は阿川のペースに合わせるよ。私たちは、ゆっくり行こう?ね?」
「?何の話をしてるんだ?」
「これからの話をしてるんだってば。
それじゃ、まずは同じ高校に入ろっか。おかげで元気出てきたし、メチャクチャ頑張っちゃうぞー」
「……よく分からないが、カリンが元気になったんならいっか」
「ほら、行こう?私の横がいいんでしょ?」
「ああ、でもお前好きなヤツが」
「そんなの忘れちゃって忘れちゃって。たぶんまだしばらく彼氏できないと思うし。ほら、行こう?」
そうして俺は満面の笑みのカリンに手を引かれ、二人して委員長の待つ図書室の席に戻ったのだった。
レディ、スターター dede @dede2
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