オフ、クロス
「どうしたのカリンちゃん?」
委員長が果敢に話しかけた。
「ど、どうしたのって?な、何の事かな?普通じゃない?」
トボけた。
「今日はインラインスケート履いてないの?」
めげなかった委員長。
「そうだよ。うん。もう履くの、止めたんだ」
「……好きだったんじゃなかったの、インラインスケート?」
「ううん、違うよ。あれは移動手段だったし?」
「移動手段、だったかな?」
「そそ」
「そうなんだ?」
そんな訳がない。ここにいる皆が知っている。そんな生易しいものじゃない。彼女のアイデンティティの一部だった。だったはずだ。
「……今日、学校休んだ方がいいんじゃないかな?」
「え!?何で?」
「私、保健室まで付き添うね?」
「うわっ!?委員長が優しいんだけどその有無を言わさない感じが怖いっ!?」
「じゃ、行こうか?」
「え、これ強制連行!?ちょっと、私元気だよ!?」
「いいからいいから」
カリンは委員長に腕を引かれて連れさられた。向かう先は、保健室か、はたまた地獄か……。尚、カリンと委員長は一時限前に戻ってきた。カリンが耳まで真っ赤にしてたのと委員長がツヤツヤしてたのが気になったが、始業チャイムと同時に戻ってきたので朝話すことは叶わなかった。……あれ?でもなんか雰囲気変わったか?
「なあ、カ」「ちょっと、カリンちゃん!」
1時限目が終わったのでカリンに声を掛けようとしたら何人かの女子達に割り込まれた。
「なにかな?」
「少し話があるの。一緒に来てくれる?」
「……わかった」
カリンは女子達と一緒に教室を出て行った。女子達が妙に緊迫感があったのが気になって後を追おうかと腰を浮かせたら委員長が話しかけてきた。
「大丈夫だから座ってて」
「でも少し空気重かったぞ?」
委員長が少し肩を竦める。
「仕方ないわ。カリンちゃんの豹変ぶりに彼女たちも気が気じゃないのよ」
「カリンがインラインスケートを履かないだけで女子達に影響があるって?」
「大ありよ」
「ふーん、大変なんだな」
「うん、女子は大変だよ」
「そういや、委員長?朝カリンと出て行った時、髪型いじった?」
「……いじったけど?よく気が付いたね、阿川君?」
「雰囲気変わってたからな。何となく」
「……ふーん?いや、今はいいや。ともかく今日の休み時間はずっと女子達に呼ばれると思うから放課後まで待った方がいいよ?」
「え、あれ、まだ続くの?」
「そ、続くの」
委員長の予言通り、2限目、3限目と違う女子達に呼ばれ、その度に出て行ったため、結局放課後までカリンに声を掛ける事ができなかった。
「なあ、カ」「足立さん!ちょっといいかな?」
ようやく放課後になり、これでカリンと話せると思ったら今度は他のクラスの男子が緊張した様子でやってきてカリンを呼んだ。
カリンはちらりとこちらを見た気がしたがすぐに呼んだ男子に向き合った。
「何かな?」
「教室だと話しにくくて……一緒に来てくれる?」
今度は明らかにコチラを見た。困った表情でこちらを見ていたが、意を決したようで
「……わかった」
男子の後ろについていった。
「阿川君、何で間に割って入らなかったの?カリンちゃん、困ってたじゃない?」
委員長が俺に注意してきた。ただ、そんな事を言われても困る。
「そんな事俺に言うなよ?どうも、アレっぽかったじゃん?それなのにどんなツラして呼び止めろと?」
「この後約束があるとか言えばいいじゃない」
「そんな約束ないし」
「言ったもの勝ちよ。あと、なんで阿川君カバンに荷物詰めてるの?」
「え、帰ろうと思って。しばらく帰ってこないだろ?もう、カリンと話すのは明日に……」
「阿川君はカリンちゃんが帰ってくるまで絶対ココにいなきゃダメ!!」
「は?いや、別に明日でいいし、何より二人イチャイチャしながら戻ってきたら俺、気まずいし」
「絶対ないから大丈夫だからとにかく居なさい」
「いや、なくはないじゃん?」
「絶対ない。私が保証する。だから絶対居なさい。今日、カリンちゃんと一言も喋ってないんでしょ?」
「ん、ああ」
「じゃあ、絶対居なきゃダメよ。じゃなきゃカリンちゃんが可哀そうだよ。もしカリンちゃんが帰ってくるまで待ってなかったら今後まんがタイムきららキャラットは一切回さないから!いい?」
「わかったわかった、いいよ、待ってるよ。ただ俺、カリンのMAXは読んでるけど、キャラットは読んでないからな?」
「……そうだった?」
「ああ」
「じゃ、この機会にどう?キャラットも面白いのたくさんあるよ?いえ、それよりもあなたはフォワードを買って3人で回し読みしましょ?大丈夫、ミラクも私が受け持つから。あなたはただ、フォワードだけを買えば……」
「いや、待て委員長。読ませたいの読ませたくないのどっちだよ?」
ガラガラ……。
「……はぁ」
扉の方を見ると、疲れてげんなりとした表情のカリンが一人でいた。
その様子を見てホッとする。良かった、ひとまず気まずくない。
「……え!?阿川君がまだいる!?」
カリンが俺に気づいて驚いてるが……くん?
「……よぉ。なんで、今さらクン付けなんだ?気持ち悪いんだが?」
「え、あ!」
指摘されて気が付いて口元を押え、気まずげに視線を泳がせる。
「……なんでもないよ。それより阿川はなんで教室に残ってたのさ?」
「たまたまだよ、たまたま」
そう言いながら開いていた教科書をカバンに詰めていく。
「カリンはもう帰るか?」
「あ、うん」
「じゃ、一緒に帰るか」
俺はカバンを持って席を立つ。
「え、その、……もしかして待っててくれてた?」
「そんな訳ないじゃん?たまたまだって。それより早く支度しろって。先行くぞ?」
俺は教室の戸に手を掛けた。
「あ、ちょっと待ってよ」
「んーと、今日はまだ話してなかったよね?」
「ああ。初めてだったんじゃないか?」
えへへ、とくすぐったそうに微笑んだ。
「ようやく阿川と喋れた」
「今日は一日大変だったな?」
「ほんと。インラインスケートを履いてこないだけで、こんなに騒ぎになるだなんて」
「なんで女子にあんな呼ばれてたんだ?」
「んー、社交界デビューを先延ばしにしてきたツケが回ってきた感じ?とりあえず今の私のスタンスの確認と、陣営へのお誘い?あと不可侵条約を幾つかーみたいな……って、ちょっ、ちょっと?阿川、もう少しゆっくり歩いて」
「え?」
横を見ると、隣を歩いていたハズのカリンがやや後ろにいた。立ち止まってカリンを待つ。
「すまん。ってか、カリン、足遅い?」
「え、ひどい」
「それにいつもよりも背が……ああ、靴の分嵩上げされてたのか」
「……そういえば阿川の顔がいつもより上にある。変なの。……それもあるのかなぁ」
「何が?」
「笑わないでね?プロテクターとインラインスケート着けてなかったから、今日一日心細くってさ。服着ないで過ごしてたみたいだったよ」
「そっかー、ホントに今日一日大変だったんだな。お疲れ様」
「そのうち慣れると思うけどね?」
「なあ、やっぱり無理してないか?昨日俺が言った事なら……」
「ううん。逆にいいキッカケになったよ。いつまでも履いてはいられないから、さ?」
そう言ってスニーカーしか履いてない足を上げて、プラプラさせていた。スカートの裾がヒラヒラ動くので慌てて視線を上に上げた。
そのままカリンの顔をのぞき込む。……うん、疲れてはいるけど、ムリって程までではなさそうだ。
「……ん、何よ?」
「いーや?それより、今日委員長と教室に戻ってきた時、何で髪型変わってたんだ?」
「え、あれは急に委員長が『折角なら少しイメチェンしよ』って言い出して……え?阿川気づいてたの?その……変じゃ、ない?」
「いい感じだと思うぞ?」
「ほんと?」
「いや、ただ、元々が風でボサボサだったから……」
「ああ、うん。そういうの気にしてなかったから……そういう事も覚えていかないとなぁ。あ、そうだ。今度勉強教えて?」
「いいけど、委員長の方が教え方上手いと思うぞ?」
「もちろん委員長にも教えて貰うんだけど、阿川、過去問とか持ってるんでしょ?」
「ああ、買ったけど……え?本当に俺と同じ高校にする気か?」
「もっちろん!あーあー、なんか阿川と話してたら調子出てきた!明日からも頑張るぞー」
そう言うと、清々しい表情で伸びをした。
俺は触れなかったし、カリンも放課後に告白された件については触れなかった。
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