レディ、スターター

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レディ、スターター

 一目見た時、精巧な人形みたいだなって思ったんだ。

 それぐらい綺麗だった。艶のある黒く長い髪。華奢で小柄な体つきに透き通った肌に整った顔立ち。


 その子は転校初日から、こんな恰好で現れた。

 肘当て、膝当てのプロテクターを装着して、ガチャガチャと足元をうるさく鳴らしていた。

 二目見て関わらないようにしようと思ったんだ。




 そんな彼女が教壇前に先生と並んで立った。


「今日から新しく皆と同じクラスになる、足立 花輪かりんちゃんです。みんな仲良くしてね」

「ど、どうも初めまして。足立花輪です!趣味はスノーボードです。こ……これから、よ、よろしくお願いしましゅ!」


 そう勢いよく頭を下げた。背中で長くサラサラの黒髪が逆上がりの様に振り上がって、顔に掛かった。クラスのみんなが扱いに困った。正直、ぎこちなくとも拍手できてて皆偉かったと思う。


「ねえ、カリンちゃん。前はどこの学校だったの?」


 最初の休み時間に、学級委員長の女子が果敢に話しかけた。


「東京だったんだ」

「へぇ、羨ましい。色々、楽しいトコロ多かったんじゃない?だったらこんな田舎退屈かもね」

「そうでもないよ。私こう見えて体動かすの好きなんだけど、アッチじゃ、学校ぐらいしかなかったから」

「へぇ、そうなの?」


 委員長は『こう見えて体動かすの好き』、という部分には一切触れずに話を続けた。


「そうなんだよ。いざ学校の外に出たら、そういう場所ってお金掛かるんだよ。だから遊べるところが多そうで嬉しいんだ。ねえねえ、スキー場とかって近所にある?」

「近所にはちょっと……でも、少し車でいった所にはあったと思うよ」

「よっし!」


 小さな体に見合わず、大きく体を動かしてガッツポーズをした。


「好きなんだね、スノボ」

「うん、でもあっちだと遠いしお金はかかるし、おまけに集中するから人ばっかだし、あんまり出来なかったんだよね」

「そっか、そうなんだ、なるほどなるほど、大変だったんだね……ねえ、カリンちゃん」


「うん?」


「その恰好って東京でもしてたの?」


 意を決した委員長は一気に踏み抜いた。教室中の耳が二人に向いた。


「その恰好って?」


 トボけた。


「普段からインラインスケート履いてたの?」


 めげなかった委員長。


「そうだよ」

「好きなの、インラインスケート?」

「ううん、違うよ。これは移動手段だよ?」

「移動手段?」

「そそ。あっちだと色々ゴチャゴチャしてるし車は混んでるしで、これ履いてないと交通が不便なんだ」

「そ、そうなんだ……」


 そんな訳がない。


「昔、自転車大好き芸人の誰かが都市部での最速は車でもバイクでもなく、自転車だと熱弁してたけど、違うの!最速の称号は、インラインスケートのものよ!」


 息まいてるけど、それ、そんなに大事か?


「そ、そうなんだ……」

「その証拠に見てごらん!あの広大なアメリカ大陸ではウェイトレスだってローラースケートを履いてるわ!」


「あ、それは違うよ?」


「え?」

「カーホップはアメリカンダイナーとかでしか履いてないよ?広い駐車場で車まで商品を運ぶのには確かに便利だったみたいだけど」

「そ、そうなんだ……」

「まあ、可愛いよね、カーホップ」

「そう!そうなの!滑走する女の子は可愛いの!」

「……滑走するトコロが可愛い訳じゃないと思うんだけどな?」


 俺もそう思う。




 翌朝。




「いや、なんで増えてるんだよ!?」


 委員長がインラインスケートを履いていた。


「……なんか、放課後薦められて断り切れなくって」

「え、その恰好で来たの?」

「あ、ううん。違うよ、学校に来てから履いたよ、もちろん。朝早く来て練習してたんだ」

「ねえねえ、委員長?誰この声が大きい男子?」


 言うほど声でかくねーよ。


「同じクラスだよ。阿川君」

「んーと、昨日話してないよね?」

「ああ。初めましてだよ、転校生」

「そっか。一緒にやる?」


 そう言って持ってたインラインスケートをこちらに差し出す。ちなみに本人は履いてる。


「いや、何個持ってるんだよ!?」

「あ、私も借りた」

「最低三足だと!?」

「使う用、保存用、布教用」

「全部使ってるじゃん」

「で、やる?」

「いや、やらない。ってか、もうすぐチャイム鳴るぞ?」

「あ、いけない。急いで教室戻ろっか?」

「うん、そうしよう」


 俺だけ一人遅れて教室に入った。




 こうして、徐々にカリンの布教活動は浸透していき、うちの学校には非公式のインラインスケートサークルができあがった。スローガンは「都会に負けるな!」。……いや、本当は皆分かってるんだと信じたいんだが……きっと、都会の子はスケート場でしか履いてないと思うぞ?


 でも着実にメンバーは増えていった。


 一番大きいのはカリンの存在だ。彼女が四六時中町中を走り回ってるんだが、コレがやけに目を惹くのだ。長い髪をはためかせながら、風を切って走る姿が動く広告塔となっていた。


「……また増えてる?」

「あ。阿川君?やる?」


 カリンがインラインスケートを差し出した。


「やらん。ってか、こんだけ仲間できたんだからもう要らんだろ?」

「そうでもないよ。多ければ多いほど楽しいのが仲間だよ」

「そうか、俺たち気が合わないな」

「そうでもないかもだよ?君はまだ何も知らない」

「知ったかぶって」

「履けば分かるさ?」

「別に履こうかどうか迷ってる訳じゃないからな?」

「そっかそっか。まあ、気が向いたらいつでも言ってよね。私の貸したげるから」


 そう言ってカリンはまたもうひとっ走りしに校庭に向かった。


「カリンちゃん、転校してきたばっかりなのに阿川君と仲いいね?」


 ひと汗かいた委員長が、タオルと水筒を取りに戻ってきた。


「カリンは誰とも仲いいだろ?」


 校庭を見渡す。そこには20人以上のインラインスケートを履いた生徒で賑わっていた。7割ぐらいは女子だったが、男子もいた。思い思いに、ひたすらスピードを出していたり、新しい技を覚えようとしてたり、友達と話しながら流していたりしていた。


「これだけの人を集めたんだ。大したもんだよ」


 そんな俺の言葉を聞いて委員長はクスクスと笑う。


「そういう事じゃないよ?あれだけカリンちゃんと息ぴったりに話せるの、阿川君ぐらいだよ?」

「いや、委員長も相当だと思うんだが?」

「そ?そうかな?カリンちゃんと話すの楽しいからな、そう言って貰えると結構嬉しいかも」


 そう言って照れてる委員長からピントをずらして後ろを見ると、カリンが何人もの人を追い越していくのが見えた。




「よ、阿川ー」


「よ、カリン」


 登校していると、途中でカリンが滑ってきた。


「今日の数学の宿題やった?ちょっと一問だけ分からないトコあったんだよね」

「一応全部解けたと思うぞ?」

「あ、なら教室着いたら少し教えてよ?次のまんがタイムきららMAX、最初に回してあげるからさ?」

「ああ、いいぞ」


 カリンと合流すると、オレは走り出し、カリンはスピードを緩めた。

 昔と較べると髪を切りボーイッシュ寄りになったものの、セーラー服をひらめかせてインラインスケートで町中を走り抜けていく光景は、やはりちょっと華があった。

 あれだけ盛り上がっていたインラインスケートのサークル活動だが年齢が上がると共に徐々に活動は少なくなっていった。まあ、部活だテストだ恋だの愛だので忙しくなったのだろう。

 去年ぐらいからはインラインスケートをしているのはまたカリン一人に戻った。

 とはいえ、別にボッチをしているという訳でもなく、賑やかで人目を惹くヤツなのでよくも悪くも学校で目立っている人物の内の一人である。相変わらず周りを巻き込んで振り回してアレコレやっている。


 そうそう、去年の文化祭はなかなか見ごたえがあった。


 「折角皆滑れるのに勿体ない!」とカリンが言い出し、クラスの女子がカーホップな恰好で喫茶店をやったのだった。……事故が起きなくてホントによかった。


「ボーっとしてたケド何考えてたの?」

「去年の文化祭でやった喫茶店」

「ああ、あれね。みんなで一緒に滑れて楽しかったなぁ。今年もやりたいな」

「今年は無理だろ?」

「えぇ!?なんで!」

「俺たち受験生だぞ?ゲンを担ぐ奴は少ないだろうけど、縁起がいいもんじゃないから、皆はやりたがらないんじゃないか?」

「うぅ、じゃあスノボ遠征も無理かなぁ」


 スノボ遠征とは、カリン主導の元、有志によって近所のスキー場で一日中滑りまくるイベントである。ちなみにこっちはインラインスケートと違って去年も結構人が集まった。まあ、ゲレンデは普段より1.5倍異性が輝いて見えるとかで、男女の仲が深まるというからなぁ。


「受験シーズン真っ最中じゃん。諦めろよ?」

「つまんないなぁ……」

「……ほら、卒業遠征って事で受験明けに皆で行けばいいんじゃね?卒業直前だからきっといつもより人集まるぞ?」

「お、いいじゃん!それ採用!」

「そりゃ良かった」

「阿川も行く?」

「行かん」

「インラインスケート、やる?」

「やらん。ってか、お前今持ってないじゃん」

「ほんと、阿川は運動嫌いだよね?」

「疲れるの嫌いだ」


 そんな事を話していたら校門が見えてきた。



 無事、カリンは数学の宿題を理解し、俺は昼休みのカリンの鬼ごっこの誘いを断り、あっという間に放課後となった。


「阿川ー、今から帰り?一緒帰ろっか?」

「ん?カリンも帰るトコ?じゃ、帰っか」


 下駄箱で靴を履き替えると、軽く屈伸をしてカリンについていく。カリンもペースは緩めに滑っていく。


「カリン、もっとペース落してくれよ」

「あはは、阿川がペース上げてよ」


 カリンは今日も楽しそうだった。


「そういえばこの間の進路希望の紙ってもう出した?」

「まだ」

「委員長に聞いたんだけどさ、あの有名進学校が第一志望なんだって。やっぱ偏差値高いと違うね?」

「そっか。ま、委員長ならあの辺になるよな」

「高校別々かー寂しくなるなー。まあ、地元組は地元組で仲良くやろうか?」

「あ、カリンは地元高校なのか」

「え、……カリンは?阿川は違うの?」

「俺の第一志望、もうちょっと遠くの高校だわ」

「え、私何の相談も受けてないんだけど?」

「俺もカリンから相談受けてないんだが……いや、そもそもお前に相談することじゃないだろ?」

「教えてくれてもいいじゃん!」

「いや、教えたってなぁ?」

「私もおんなじ学校行きたい!阿川だけ地元じゃないとかズルい!」

「え、お前無理だろ?」

「バカ言っちゃいけない。私も頑張ればもっと成績上がるって」

「いや、そうじゃなくて。インラインスケートで登校って地元高校じゃなきゃムリだって」

「!?……それなのに、そう思ってるのに、別の学校に行っちゃうの?」

「いや、だって……」

「阿川は、ホントにホントに私の事何にも分かってない!この、アホーーーーッ!!!」

「って、あぶねっ!?」


 カリンは左ひじのプロテクターを外すと、思いっきり投げつけてきた。それを何とかキャッチしたものの、カリンは捨て台詞を残して逃走した後だった。

 距離が随分ついてしまった。俺ではカリンの全速力に追いつくことはできない。




 翌朝。




「お、おはようございます……」


 思わず2度見してしまった。カリンが教室に、歩いて登校してきた。

 プロテクターを身に着けていない、インラインスケートを履いていない、若干恥ずかしそうにしているその出で立ちは、ただの美少女に相違なかった。

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