6.南先輩の後悔

「ごめんね。今日の空気しんどかったよね」

「い、いえ……」


 eスポーツ同好会での活動を終えての下校中、私は学校から最寄り駅までの道のりを南先輩と二人で歩いていた。


 私と南先輩は電車通学で駅までは同じ道なのだが、二人きりの時間に耐えられない私はいつもそそくさと一人で帰っていたので、こうして一緒に歩くのは初めてだ。


「私さ、どうしてもゲームに対してガチになれないんだよね」


 鮮やかな夕焼けが南先輩のきれいな茶髪を照らしている。

 しかしその表情に笑みはなく、いつもニコニコした表情でゲームを楽しんでいるものとは違い、酷く悲しげな面持ちをしていた。


「去年の私は幽霊部員みたいなものでさ、eスポーツ部は四人の三年生と瑠依の実質五人で活動してたんだ。インターハイみたいな勝ちを目指す大会に出るってことは、やっぱり各々が練習したり、チームで戦略を考えたりするんだけど、私はどうしても上手くなるために努力するっていうのが苦手で……。大会の出場メンバー枠も五名だから溢れてるし、好きなときに参加してカジュアルにゲームしてるお気楽な立場だったんだよね」


 以前、ココ助先輩は夏ごろに休部したと言っていたはずだ。

 南先輩の話を聞くに、四人の三年生が大学受験のために引退してメンバーが足りなくなったことが想像できた。


「それから人がいなくて部から同好会に変わったんだけど、今年はあかちゃんと宮本が入ってくれて、同好会ってことで楽しくゲームできるかなって気持ちで参加してた。けど、やっぱり真剣に取り組んでない私みたいなのがメンバーにいても申し訳ないなって」

「わ、私もです!」


 南先輩の気持ちを心底理解できた私は、少し食い気味に反応してしまう。


「わ、私も同好会だと思って参加したので、あんまりガチでやると思ってなくて……。だ、だから、部に戻そうっていう目標にそこまで本気になれなくて……」

「そういえばあかちゃんは宮本と違って、初日も同好会って知ってて来てたんだもんね。いきなりこんな展開になっちゃってごめんねー。でも、瑠依も悪気があってロードマップとか作ってるわけじゃないから、そこは分かってあげてね?」

「だ、大丈夫です。琴崎先輩のやってることは必要なことで、むしろ今まできちんとしていなかったのが問題だっていうのは分かってます……」


 琴崎先輩が示してくれたことに対して、もっと早く着手しなければならなかったのは間違いない。

 むしろ本気で部に戻すことを考えるのなら、初心者の宮本さんにゆるーい雰囲気でゲームを教えている現状のほうが不健全な状態だと言える。


「瑠依は私と違って昔からきちんとしてるんだよね。だから部に戻すっていう目標を達成するためにロードマップを作ってくれた。私はちょっときつめに言われちゃったけど、去年ずっと適当な感じだったから言われて仕方ない部分もあるし……。つっても、あんな言い方はしてほしくなかったけどね!」

「あはは……。琴崎先輩って結構きっぱり言う感じですもんね」

「まぁ私が悪いから仕方ないけどさ……。去年の私はろくに練習しなかったり、勝つためじゃなくて気分でゲームしてたから。やっぱりカジュアル勢だとガチな雰囲気には合わなくて。最初は口酸っぱく注意してた瑠依も段々何も言わなくなって、私も居心地が悪くなって……。結局部活にも行ったり行かなかったりしてたら、いつのまにか休部になっちゃった。いやーごめんね! こういう話をするつもりじゃなかったんだけど、あかちゃんは聞き上手だから……ついね!」


 南先輩は誤魔化すようにトーンを上げるが、そこには隠しきれない心の痛みが感じられた。


「けど、やっぱり、人に諦められたときの悲しさったらないよ」


 そのぼそりと口から零れた言葉に、自分の心臓がきゅっと強く締め付けられるような感じがした。


 みんなでわいわい楽しむためのゲームと、競技的に楽しむeスポーツは本質的に楽しみ方が違う。

 競技的に楽しむeスポーツという括りの中でさえ、熱量の違いによる衝突が起こる場合も多い。


「だからあかちゃんも楽しくないなって思ったら気にせず抜けちゃって大丈夫だから。私もそういうスタンスだしへーきへーき」


 南先輩はわざとらしくへらへらと笑いながら軽口を叩く。

 きっと私に気を遣わせないための配慮なのだろう。

 しかし、私の頭にある人物の存在がよぎった。


「けど宮本さんに申し訳なくて……」

「いや、ほんとそれ! 宮本の応援っていうか、手助けみたいなことはしてあげたいんだよねー。人が足りてるわけじゃないから抜けるのもマジ申し訳ない~って感じだしさ」


 南先輩はうんうんと深く頷いて同意してくれる。

 宮本さんを応援したい気持ちと、モチベーションの低い私が居ても迷惑なのではないかという気持ちで頭が痛い。


「それに、宮本だけじゃなくてココ助の想いも汲んであげたいと思ってるんだ」

「ココ助先輩ですか?」


 思わぬ人物の名前が出てきた。

 ココ助先輩は部のマネージャー的な存在だと私は認識している。

 何かしらの理由があるのか個人情報を出せないようで一緒に大会に出られないのが残念だが、これまでも献身的にバックアップしてくれていた。

 まだ顔も見たことのない特異な存在ではあるものの、とてもきれいで澄んだ声が特徴的な優しい先輩だ。


「多分だけど、部屋にQRコードの紙を置いてくれてたのはココ助。覚えてる? 初めて部室に来た日のこと。半年ぐらい誰も部屋に通ってなかったのに、全然埃っぽくなかったしパソコン周りもきれいなままだったでしょ。きっとココ助がこまめに掃除してくれてたんだよ」


 私は初めてみんなと出会った日のことを思い出す。

 eスポーツ同好会の部屋に入ったら宮本さんがいて、机の上にある紙のQRコードからBiscordにアクセスしたらココ助さんと繋がって、そしてすぐに南先輩が駆けつけてきた。

 確かに部屋が汚れているという印象は一切抱かなかったし、パソコンに手を付けても埃っぽさはまったくなかった。


「今年は同好会として活動するみたいな話もまったくなかったんだけどね。そしたらあの日、いきなりココ助から連絡が来てさ。『新入部員が来たから急いで部室に来て!』って。あの時は本当にびっくりしたよ」

「あ、あれってそんなに急な話だったんですね……」

「そうそう。それにココ助は去年も同好会にならないように色々動いてくれてたらしいんだよね。……きっとあの場所をなくしたくないんだと思う。けど、私は何もしてあげられなかった」


 南先輩の瞳は夕焼けに照らされて、少しだけきらめいているように見えた。

 そして、綺麗な茶色のロングヘアーを前に垂らしながら、顔を隠すように俯きがちに言葉を続ける。


「去年は幽霊部員で何もできなくて、少しはその後悔みたいなのがあるからさ。ココ助がつないでくれたからこの場があるんだって思うと、その想いを無駄にしたくない、汲んであげたいって気持ちはあるんだよ。もちろん宮本の気持ちもね」


 私たちは最寄りの小さな駅に到着する。

 すぐ近くにある海岸から漂ってくる潮風の独特な香りが鼻をついた。

 私は上り、南先輩は下りの電車なのでここでお別れだ。


 帰りの電車の中で、私はeスポーツ同好会のみんなのことばかりを考えていた。

 eスポーツ部復活のために奮闘する宮本さん。

 目標を達成するために厳しくも確実な助言をしてくれた琴崎先輩。

 このeスポーツ部という遊び場を大事に思っているココ助先輩。

 ガチでゲームすることが苦手だけど、それでもみんなのために前を向こうとしている南先輩。


――私はどうしたいんだろう。


 ただ楽しくゲームができればいいと思って同好会を訪れた私は、メンバーの中で唯一自分の意思がない。

 そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくなってくる。

 私が自己嫌悪していると、スマホに青いランプが付く。Biscordの通知だ。


「また一緒にゲームしよ」


 中学時代の先輩からのメッセージだった。

 気づけば先輩からのメッセージもだいぶ溜まっている。

 結局、私は一度も先輩に対して返事をすることができていない。

 それでも先輩は、私がゲームを起動した日に必ずメッセージを送ってきてくれていた。


――ごめんなさい……。


 私は逃げるようにスワイプして通知のポップアップを消す。

 結局のところ自分が傷つくのが怖いだけだ。

 自覚があるだけにどんどん自分が情けなくなってくる。

 そして私は、夕日にきらめく海を窓からぼーっと眺めながら、ただただ電車に揺られていた。


 返事は今日もできなかった。

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