5.ガチとカジュアル
それから三日後。
私たちは宮本さんの熱意に流されるまま、同好会から部への復帰を目指して毎日を過ごしていた。
具体的な活動内容は二つ。
一つは、一月後に控えたインターハイの出場メンバー募集活動。
二つ目に、初心者である宮本さんの個人練習だ。
「ヘッショ率80%ってやばくない⁉」
『すごいよ宮本さん! プロでもなかなかいないよ!』
そして宮本さんは日々の練習によって、目覚ましいほどの成長を遂げていた。
南先輩は色艶の良い茶髪をかき上げつつ宮本さんの画面をのぞき込み、ココ助先輩も隣のパソコンから驚きの声をあげる。
ヘッドショット率とは、敵に当てた弾のうち何%が頭に当たったかを示す数値のことだ。
頭と体で弾が当たった時のダメージが倍以上違うので、ヘッドショット率は高ければ高いほど良い。
プロの上位選手でも40%程度の数値であるため、宮本さんの80%という数字は驚異的だ。
「でも全然勝てないんですよ!」
先輩二人に褒めちぎられる宮本さんだが、ゲームではまったく勝てないと嘆く。
それもそうだろう。このゲームはヘッドショット率を競うゲームではなく、爆弾の設置と解除を巡る爆破系FPSゲームだ。
エイムが良いに越したことはないが、それだけで勝てるゲームではない。
『エイムが良いのは正義だよ。他の部分は徐々に伸ばしていけばいいんじゃない?』
「そうそう。宮本は急ぎすぎ。始めて数日なんてこんなもんだって」
先輩らの言う通り宮本さんのエイム(射撃精度)が非常に優れているのは間違いない。
とても始めて数日とは思えないほどのポテンシャルで、最上位ランクの私ですら同時に撃ち合ったら負ける可能性もある。
このままエイム以外の部分も成長すればプロ選手も夢ではないとすら思えるほどだ。
ただ、私はこの空気に少しだけ違和感を感じていた。
そして突然、ガララッと部室の扉が勢いよく開かれる。
――誰だろう……。
入口のほうを見ると、立っていたのは二年生であることを示す赤いリボンを身に着けた、私とほぼ同じ背丈の小柄な女子生徒だった。
『
「ココ助おひさ」
『おひさ~』
ココ助先輩に『瑠依ちゃん』と呼ばれた見知らぬ先輩は、前髪の右側を片耳に掛けたショートボブという髪型で、内側にはネイビーブルーのインナーカラーが入っている。残念ながら私と同じ陰の者ではないだろう。
「その髪どうなってるんですか⁉」
「うわっ、背ぇ高っか! ……ていうか、まずそっちが最初に名乗んなさいよ。後輩……よね?」
見知らぬ先輩は宮本さんに少しビビっているようだ。私も同じぐらいの背丈なので気持ちは分かる。二十センチ近く身長が違うと圧迫感がすごいのだ。
「さーせん! 一年の宮本歩です!」
「はぁ……一瞬先輩かと思った。てか声大きすぎ。この部屋狭いんだから考えてよ。で、そっちは?」
その先輩はじろりと私に目を向ける。
そのきっぱりとした物言いにガクブルしながらも、私は急いで返答した。
「す、すみません。同じく一年生の新堂あかりです。よ、よろしくおねがいします……」
「よろしく。二年の
「初めて見ました! オシャレですね!」
「……ありがと」
琴崎先輩は照れているのか少し頬を赤らめて顔を背ける。
そして顔を背けた先には南先輩が座っていた。
少しだけ琴崎先輩の目つきがきつくなった気がする。
「あんたもメンバー?」
「まぁ今のところは。六人目が入ったら交代するけど」
――え、仲悪い?
南先輩と琴崎先輩の間に一瞬ぴりっとした空気が流れたような気もするが、琴崎先輩はささっと空いている席に座ってパソコンを起動する。気のせいだろうか。
「ココ助、他のメンバーは?」
『今のところはこの四人で、あと一人はまだ募集中だよ』
「ふーん。当てはあるの?」
『一応宮本さんが同じクラスの子を一人引っ張ってこれるかもだけど、別の部活に入ってるから専念はできないみたい』
「なるほどね。大会に出れなくはないんだ」
琴崎先輩は慣れた手つきでパソコンを操作しながら、私たち二人の戦績をチェックし始めた。
「……ん? 新堂さん、あなたアニマルズいってるの?」
「あ、いえ……一応到達はしたんですけど、自分の実力じゃないっていうか……」
「あー、味方が強かった感じ? それでもマジですごいと思うよ。そのランク帯で連携取れてるってことだから」
私がアニマルズという最高ランクに達することができたのは強い人と一緒にゲームしていたからだ。
私の拙い日本語から一瞬で汲み取る能力が素晴らしい。そして今の会話で私は確信した。
この人は間違いなく『ガチ側』の人間だ。
「あ、ココ助。今日は私も久々だからいろいろ設定したいし、気にせず進めちゃっていいよ」
『おっけ~。それじゃあ宮本さん、今日も画面共有しながらソロランクやろっか』
「はい! よろしくお願いします!」
最近の私たちは宮本さんのコーチングをメインに活動していた。
一緒にゲームをすると私たちの実力に合わせて対戦相手のレベルが高くなってしまうので、初心者の宮本さんが太刀打ちするのが難しくなってしまう。
そこで宮本さんにはソロプレイを通してアニマルBOMB! というゲームに慣れること、基本的な知識を覚えることを目的としながら、みんなで宮本さんの画面を観戦しつつコーチングしていたのだった。
――あ、あのキーボードとマウスは……!
ちらりと琴崎先輩のほうを見ると、鞄から自前のキーボードやマウスをパソコンに接続し、自分用の設定に調整していた。
「そ、それ私も同じメーカーの使ってて……」
「お、新堂さんもレイジー派?」
私はふんふんと鼻息を荒くして頷く。
レイジー社はゲーミングデバイスを取り扱う海外メーカーで、他にも数々のメーカーがゲーミング用デバイスを開発・販売している。
そしてレイジー信者の私はマウスやキーボードといったデバイスのすべてをレイジーで揃えている。
同志が見つかってとっても嬉しい。レイジー最高!
「し、しかもそれ結構高いやつですよね。確か最新の軽量マウス……」
「そう! 三万したけどかなりいいよ。新堂さんは自分の持ってきてないの?」
琴崎先輩は私の座っている机の上を見ながら問いかける。
机の上にあるキーボードもマウスも元から部屋に備え付けてある別メーカーのものだ。
「は、はい。やっぱり高いものだと学校に持ってくるのは不安で……」
ゲーミングマウスもある程度の性能を求めると一万円以上の値段になるし、キーボードに関しては最低でも二万円は掛かる。
それだけ高価なものを学校に持ってくるのは少し怖い。
「けど安物だとラピッドトリガー機能がついてないし、ポートレートも低くない? 流石にpay to winでしょ」
琴崎先輩が言及しているのはデバイス性能のことだ。
ラピッドトリガー機能とはキーボードの反応速度に大きく関係する機能のことで、これがあるのとないのとでは値段が一万円以上変わってくる。
同じくポートレートもマウスの伝達速度などに関するものだ。
どちらの機能もゲーム操作に大きな影響を及ぼすので、熱心なゲーマーはみんな性能の良いデバイスを使っている。
つまり高価で性能の良いデバイスを使うことは勝率を上げることに繋がるので、勝利を目指すeスポーツの世界でpay to win(勝つためにお金を払うこと)は圧倒的な正義だと言えるだろう。
「はいぃ……。その通りではあるんですけど……」
「まぁ、必要に迫られてないのは分かるけどね」
琴崎先輩がちらりと視線を移した先には、宮本さんと南先輩、そして音声で参加しているココ助先輩の三人で和気あいあいと楽しくゲームしている姿があった。
◆
宮本さんがソロランクを一戦終えたタイミングで、琴崎先輩からBiscordの全体チャットにメッセージが飛んできた。
「ロードマップ作ったから見てほしいんだけど、いま大丈夫?」
「ロードマップってなんですか?」
「宮本さんはこっちで一緒に聞きなさい。それ含めて説明したげるから」
ロードマップとはプロジェクトの全体像を描いた計画表のことだ。
琴崎先輩が作成したのは同好会から部に戻すためのロードマップだった。
私と南先輩は自分のモニターで琴崎先輩の画面共有を表示する。
「これは同好会から部に戻るために何をする必要があるのかを私がまとめたもので、みんなも抜けとかに気づいたら適時指摘してほしい。宮本さんも言い出しっぺなんだからちゃんと把握すること」
「了解しました!」
宮本さんの元気な返事を受けて、琴崎先輩はキリっとした顔つきでロードマップの説明を始める。
軽いインナーカラーの入ったショートボブというオフィス感ある髪型も相まって、しごできウーマンオーラが半端ない。
「まず、いつどこまでにどういう状態を目指すのかだけど、部室のゲーム用ネット回線の契約が切れるのが七月末。それ以降は実質この部屋でゲームできなくなるけれど、宮本さんの希望はこの部屋で部活動をしていきたいって認識で合ってる?」
「私ゲーミングパソコン持ってません! ここでゲームできなくなったら終わりです!」
「おっけ。それじゃあ七月末までには部として復活。ネット回線の契約を更新してもらえる状態に戻すのが目標になるかな。次に部として復活するための手段だけど、過去に部を発足した事例をいくつか調べた感じだと、県で最上位に近い実力があれば部として認められるみたい。たぶんうちの学校の経営方針としては、県予選を突破できる実力があるなら部の待遇で支援したいってことなんだろうね。だから五月半ばから開催されるインターハイの県予選でベスト4に入るのが目安になると思う」
『ベスト4なら可能性あるね!』
「うん。アニマルズ到達者の新堂さんも入ってくれてるし、当たり運次第で可能性はあると私も思う。ただそれ以前に一番ネックなのがメンバー集めだね。宮本さん、募集のほうはどうなってるの?」
琴崎先輩は鋭い視線を宮本さんへと送る。
しかし、宮本さんはその重要度が分かっていないのかのほほんとした様子で元気よく答えた。
「陸部のゆかちゃんがアニマルBOMBやったことあって、手伝ってくれるって言ってました!」
「……それじゃ何も分からないんだけど。何年何組の誰で、手伝えるっていうのはどの程度の話なの? ゲーム内のランクは?」
「あっと……、同じA組の
「メンバー確保が一番ネックなんだからちゃんと聞いておいて。あんた発起人なんだからもっと責任感持ってやんなさい」
「はい! すみません!」
琴崎先輩によって今後やらなければならないことがビシバシと明確になっていく。言い方は厳しいが言っていることは正しい。
「勧誘できるとしたら二・三年よりも一年のほうが圧倒的に確率高いんだから気張んなさいよ。宮本さんと新堂さんの周りで駄目だったらかなり厳しいと思ってやらないと」
急に名前を言われてビクっとしてしまうが、コミュ力つよつよの宮本さんでダメなら私にできることなど何もないと思う。
既に学校の掲示板にもメンバー募集の張り紙は貼っているし、私としては万策尽きたと言っていい。
そんな弱気な考えを見抜いたのか、琴崎先輩はじろりと私のほうを見据えて言葉を続けた。
「新堂さんもクラスに周知するぐらいはやらないと駄目よ。帰りのホームルームでひとこと言うとか、ビラ配るとか」
「まぁまぁ。人には得手不得手があるから」
そう言って私にフォローを入れてくれるのは南先輩だ。
いつも助けてもらってばかりで申し訳ない。
本当にありがとうございます。
「は? 六人目決まったら抜ける人がごちゃごちゃ言わないでよ」
――ひょええええええええええぇ……。
部屋の中はもはや極寒。
キンキンに冷えきっていて頭が痛くなってくる。
南先輩も無反応で視線すら送らないし、いつも陽気なココ助先輩も口を挟んでこない。
「それでメンバー集めの期日についてだけど……」
――え、この空気のまま進行するの⁉
「さっきも共有したように県予選の参加登録期日を考えると、5月8日までにメンバーを確定させたいかな」
琴崎先輩は神妙な顔つきで私と宮本さんの方に向き合った。
「宮本さん。新堂さん。今日が4月17日でインターハイ県予選の参加登録まで一月切っていて、私は本当に猶予がないと思ってる。一年生も入る部活を決める時期だし、このタイミングでメンバーを固めないとそもそも大会に参加することもできないのは分かるよね?」
その圧倒的に正しすぎる問いかけに、私も宮本さんも頷くことしかできない。
その後も琴崎先輩が作成したロードマップを確認しながら冷え切った空気で現状確認を進めていき、メンバー募集を頑張ろうという結論で本日の活動は終わった。
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