第4話 ロール決め
翌日、宮本さんは部室に到着するなり勢いよく南先輩に詰め寄った。
「ギャル先輩……いや、南先輩! 私、先輩と一緒にeスポーツがしたいです!」
「え⁉ な、何よ急に……」
何の前触れもない行動にみんな困惑だ。
ずいずいっと詰め寄られた南先輩は、宮本さんの背丈と迫力に気圧されて顔を引きつらせながら目を丸くする。
一体、何が起こっているのだろうか。
「昨日、瑠依先輩に言われて気づいたんです! メンバーが一番大切だって!」
周囲の空気に気づかず力説する宮本さん。
確かに昨日の話し合いでメンバー集めが大切だと再認識したばかりだ。
しかし、南先輩は既にメンバーの一人なわけで、改めて一緒にeスポーツがしたいと伝える意味が分からない。
南先輩も頭に?が浮かんだ顔をしている。
「南先輩はこれまで付きっ切りで私にゲームを教えてくれました。教え方もすごく丁寧で、優しくて、ゲームがどんどん楽しくなっていきました。私はそんな南先輩と一緒に頑張りたいんです!」
宮本さんは胸に手を当てながら、この一週間を思い返すように切々と言葉を続け、愛の告白かな? と勘違いしてしまいそうな口説き文句を続ける。
南先輩は顔を赤らめて「いやいやいやいや! ほんとにどうしたの急に⁉」と慌てふためいていた。
「真知子、あんた辞めるって言ったの?」
「言ってない! 一言も言ってない!」
「じゃあなんでこんなことになってんのよ……」
琴崎先輩はじろりと睨みながら南先輩に原因があるのではないかと疑うが、当の本人はそれを強く否定する。
南先輩とは昨日の下校時にその話をしたばかりだったので、部を辞めようと考えていないことは私にもすぐに分かった。
『えーと、宮本さんはどうして真知子ちゃんにそれを伝えようと思ったのかな?』
ココ助先輩が素晴らしいフォローを入れてくれた。
ちなみに私は一連の流れを唖然としながら眺めているだけだ。
役立たずですみません。
「昨日、メンバー集めが大事って話になったじゃないですか」
『うんうん』
「それで、もちろん新しいメンバーを集めることも大切なんですけど、今いるメンバーも大切だと思ったんです!」
『あー、そういう……』
その言葉を聞いて、宮本さんの言いたいことが少しだけ理解できたような気がした。
「私は本気でeスポーツ同好会から部への復帰を目指しているつもりでした。けど私は教えられてばかりで、瑠依先輩に指摘されるまで自分で何も考えて動けてなくて、それどころかみんなの気持ちにもちゃんと向き合えていなかった……」
いつも元気でご機嫌でハイテンションな宮本さんにしては珍しく、とてもしおらしい語り口調だ。
昨日の指摘を受けて彼女なりの反省があったことが伺えた。
「だから本気でeスポーツ部の復活を目指すってなったら、まず今いる人に自分の思いを伝えなきゃって思ったんです! 南先輩、六人目が入ったら辞めるなんて言わないで、一緒にeスポーツしてほしいです! 優しくて面倒見が良くて上手な南先輩の力が必要なんです! お願いします!」
なんて真っ直ぐな人なのだろう。
その真摯な姿に私は尊敬の念を抱いた。
先輩方にお世話になったのは一週間程度だが、宮本さんの言葉にはお世話になった南先輩への感謝と信頼が表れている。
その気持ちが伝わったのか、南先輩は目元を細めて心配ないことを宮本さんに伝えた。
「……ごめんね、不安にさせるようなこと言って。私も本気で頑張ろうって思ってたところだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます!」
宮本さんは緊張していたのか額に滲んだ汗をハンカチで拭う。
一仕事終えたようなとてもいい顔をしていた。
「ほんとに?」
しかし、横から口を出してきたのは琴崎先輩だ。
じとーっと睨むような表情からは、南先輩への不信感が見て取れた。
「……今度はほんとだよ」
「ふーん」
南先輩は去年幽霊部員で、琴崎先輩からゲーム内の振る舞いについて注意を受けていたと聞いている。
きっとそれが二人の関係に尾を引いているのだろう。
「それで陸上部の尾花さんはどうなったの?」
琴崎先輩は鋭い視線を宮本さんへと向ける。
既存メンバーも大切だが、五人目のメンバー探しも必須事項だ。
「三日後の金曜は休養日なので時間作れるらしいんですけど、県大会予選含めて助っ人しても問題ないか陸上部の顧問に確認してくれるみたいです!」
「ん~確認待ちかぁ。入ってくれるにしても助っ人ってのがね……。一年生で他に入ってくれそうな人いないの?」
「A組とB組の全員に聞いたんですけど駄目でした! すみません!」
なんと、宮本さんは隣のB組の人にも聞いて回ったようだ。
その行動力に目を丸くしていると、琴崎先輩の矛先が私のほうへ向いてきた。
「新堂さんはどうだったの?」
「あっ、ええと、教室に募集の紙は貼りました……」
「よし。じゃあまだC組とD組は可能性あるってことだから、頑張ってね」
「はいぃ……」
本音を言えば宮本さんに手伝ってもらいに来てほしいぐらいだが、A・B組とC・D組で教室の距離がかなり離れているため難しいだろう。
「それじゃあ今いるメンバーで練習していくしかなさそうだし、とりあえず『ロール決め』をしましょう」
琴崎先輩が言う『ロール決め』とは、それぞれが使うキャラクターや役割をチーム内で事前に決めておくことを指す。
このアニマルBOMBというゲームには数多くのキャラクターが存在し、それぞれに罠を設置したり爆弾を投げるなどの特徴があるため、攻めと守りのバランスを考えて五人分のキャラクターを決めなければならない。
「私は主にフロントのキャラ使ってて、真知子はクリエイト専門だったよね。
新堂さんはやりたいロールある?」
キャラクターのタイプは大きく三つに分けることができる。
先陣を切って突撃する『フロント』。
煙や壁を発生させて戦場の視界構造を造り変える『クリエイト』。
罠で敵を検知する『トラッパー』の三種類だ。
「わ、私もクリエイトキャラがメインですけど、一応、他のもいけます……」
「使えるロール多いのは助かるね。けど助っ人の尾花さんや初心者の宮本さんにクリエイトは難しいし、元々使ってる真知子と新堂さんにやってもらうのが一番かな」
私の得意ロール『クリエイト』は、使いこなすのがとっても難しいロールだ。
壁を置いたり霧や毒ガスを発生させたりすることで敵の視界を奪うような能力を持つキャラクターが多く、ゲームの流れを深く理解していないと勝利に貢献することができない。
なのでクリエイトキャラは経験者が使うべきだという琴崎先輩の意見には賛成である。
「それで問題は残り二人のロールだけど、……宮本さんはやりたいロールやキャラとかある?」
「私はどのロールでも一から勉強なので! どこでも大丈夫です!」
「だよねー。みんなは普段の練習見ててどこの適性がありそうとかあるかな?」
琴崎先輩は私たちに意見を求めた。
『ここ最近はフロントキャラのスパイラビットを使ってるよね』
「ヘッショ率も80%あるし、前に出て撃ち合うキャラが合ってるかも?」
ココ助先輩と南先輩は、宮本さんが最近ずっと使用しているフロントキャラを推しているようだ。
フロントキャラのスパイラビットは、横に瞬間的にステップする『エスケープダッシュ』、上空に大きくジャンプする『パニックジャンプ』という回避スキルを持っており、撃ち合いに自信のある人が使うと滅法強いキャラクターである。
それに宮本さんが始めてからずっと使っているキャラなので、それを使わせてあげたいという意図も感じられた。
「新堂さんはどう?」
「あ、ええと……」
しかし、私は先輩二人とは違う意見を持っていた。
けれど先輩たちの意見も間違っているわけではないので、どうしても言い淀んでしまう。
「大丈夫だから、きちんと自分の意見を言いなさい」
琴崎先輩は逃げることは許さんと言わんばかりに、じっと私の目を見て言葉を待つ。
気づけば狭い部屋の中はしんと静かになっていて、皆が私に注目する状況になってしまっていた。
私は観念して、勇気を出して口を開く。
「ご、ごめんなさい。先輩方の意見とは違うんですけれど、私はトラッパーのほうがいいんじゃないかなーって思ってたり……」
「それはどうして?」
「ひうっ」
『瑠依ちゃん、もうちょっと優しく聞いてあげよ?』
まるで取り調べのような緊張感に、私の頭はくるくるぱーになってしまっていた。
頭に血が上って顔が熱い。
「あー、怖がらせるつもりはなかったんだけど……ごめんね。私は新堂さんの意見が必ずチームのためになると思ってるから、どうしても本音の意見が聞きたいの。ゆっくりでいいから聞かせてくれる?」
「私もあかちゃんの意見が聞きたい!」
別に琴崎先輩が謝る必要なんてない。
私が勝手にビビッてあがり症を発症させただけだ。
こんなコミュ障の私から律儀に意見を引き出そうとしてくれているのは嬉しいし、琴崎先輩が優しいからこそ丁寧に接してくれているのだと思う。
私は深呼吸で気持ちを落ち着かせて、自分の考えをゆっくりと言葉にしていく。
「み、宮本さんはヘッショ率80%で、エイムもとてもいいんですけど、それは『ドライ』の場面に限ったときの話なんです」
ドライとは、スキルなどを使わないシンプルな撃ち合い状況のことだ。
宮本さんはドライの状況なら素晴らしい射撃精度で敵を撃ち倒すことができていて、それはもう上級者と見紛うほどの才能を感じる。
「逆にスキルの入り乱れた場面では持ち前のエイム力も発揮できていなくて、敵がどこにいるかすら把握できていないこともあります」
しかし、このゲームにおいてドライの状況で撃ち合える場面は、実はあまり多くない。
このゲームは撃ち合いの前にキャラ固有のスキルを使うことで、
煙や霧を発生させたり、
雨を降らせたり、
強烈な光で目を眩ませたり、
爆弾を投げ入れたり、
罠で体の動きを封じるなど、
敵に嫌がらせをして有利な状況作り出してから銃撃戦を行うのがセオリーだ。
宮本さんはそういった場面でのパフォーマンスがガクッと下がっていた。
「経験が浅いから仕方ないんですけど、まだまだスキルを絡めた戦闘に慣れてないと思うので、敵のスキルを受けながら先陣を切るフロントよりも、ドライで勝負することの多いトラッパーのほうが実力を発揮できるんじゃないかというのが私の意見です。ヘッショ率80%っていう数字も敵に当たった弾の割合を示すものなので、そもそも敵に弾が当たってなかったり敵を見失ってる現状があるからこそ、異常に高い数字が出ているんじゃないかと思ってます」
『おぉー、流石最高ランク経験者の意見!』
「あとフロントキャラの場合、敵の陣形や戦略を予想して攻め入る動きも必要になってくるので、競技レベルの大会で初心者にフロントを任せるのは経験値的にも無理があると思います。前に出て情報取って味方に素早く情報共有するのも必須ですし、相手プレイヤーとのプレッシャーの掛け合いや読み合いも必要になるので、他のゲームで押し引きの感覚があるならまだしもFPSゲームを触り始めて一週間の宮本さんに任せるのは流石に荷が重すぎますよね。それに前に出るってことは意図を持って撃ち合う必要があるわけで、味方へのスキル要求といったコールにも慣れてないと厳しいですし、それが正確な要求でないと無駄なスキルリソースを吐いてしまうことに繋がってゲームプランが崩壊しかねな――
『あかちゃん! 流石に一旦ストップしよっか!』
ココ助先輩の声に私はハッとして顔を上げると、宮本さんは魂が抜けたように真っ白になっていた。
やばい、陰キャオタク特有のデリカシーのない早口キモ語りを披露してしまった。もう終わりだ。
「はは……。大丈夫だよ……。私、トラッパー頑張るね……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
私は椅子に座りながらも膝と頭がくっつくほど体を折り曲げて何度も頭を下げる。
「新堂さんって意外とえげつないこと言うのね」と言う琴崎先輩の本気でドン引いた視線に返す言葉もなかった。
本当にすみませんでした。
◆
「さぁ、気を取り直して練習しましょう!」
琴崎先輩がパンッと手を叩いて、仕切り直すように声を張る。
「とりあえず助っ人枠はフロントでゴッドチキン使ってもらう想定で進めるのが一番かな。助っ人役はココ助お願いできる?」
『もちろんおっけーだよ』
ゴッドチキンは交戦する前にスキルを使うだけで仕事を果たせる簡単キャラだ。
助っ人にお願いするとなれば、連携の簡単なゴッドチキンを想定するのは悪くないチョイスだと思う。
「あの、トラッパーは何のキャラを使うのがいいですか?」
そして宮本さんは今日から新たにトラッパーキャラの練習をすることになる。
トラッパーキャラにもいろいろ種類があるが、先ほど提案したときから頭の中に思い浮かべているキャラが既にあった。
私は先ほど琴崎先輩に言われたように、臆せず自分の意見を口にしてみる。
「え、エージェントホークがいいと思います……」
エージェントホークは敵の検知に長けたトラッパーキャラだ。
スキルで小鷹を配置しておくことで、その小鷹の視界内に敵が移った場合、自動で鳴いて知らせてくれたり、小鷹が羽を飛ばしてダメージを与えてくれたりする能力を持つ。
「み、宮本さんは敵からスキルを受けてない時のエイムは本当に素晴らしいので、なるべくドライで撃ち合えるキャラがいいかなと……」
敵の通りそうなところに小鷹を配置し、小鷹が敵を検知した瞬間に遠くから体を出して敵と撃ち合う。
そうすることで敵のスキルを受ける前に宮本さんの大得意なドライ状態での銃撃戦をすることができる。
「確かに。後ろに隠れておいて、小鷹が敵を検知したときだけ戦えば得意なドライで勝負できるもんね」
琴崎先輩も納得したように同意してくれた。
ちなみに他のトラッパーキャラだと罠を置いてその付近で待機する場合が多く、罠を見つけた敵がスキルで爆弾などを投げ込んでから突撃してきてしまい、宮本さんの不得意なスキルを受けた状態で撃ち合うことになってしまう。
敵から干渉されにくいポジションを取れるのがエージェントホークの強みだ。
「わかりました! 私、エージェントホークマスターになります!」
宮本さんも素直に受け入れてくれたので五人チームでの練習開始だ。
みんなでパソコンに向き合ってアニマルBOMB!を起動し、ランクマッチを開始させる。
「お、マッチングした。マップは……ルインズシティか」
早速マッチングが完了し、ゲームが開始された。
私は修道服を着たゾウさんのキャラクターで、
琴崎先輩は軍服を着たイヌさん。
南先輩は白衣を着たクマさん。
ココ助先輩は燃え盛るニワトリさん。
宮本さんはライダージャケットを羽織ったタカさんを選択する。
「フレンド五人でやるの初めてだから緊張します!」
『いつも通りで大丈夫だよ~。お、こっちがアタッカースタートみたい』
アニマルBOMB!は爆破系FPSゲームだ。
銃撃戦だけでなく、時限爆弾の設置や解除によって勝敗が決まる。
アタッカー側は時限爆弾を設置エリアに設置して爆発まで守りきること。
ディフェンダー側は設置された時限爆弾の解除が勝利条件となる。
これを攻め側で九ラウンド、守り側で九ラウンド行い、先に10ラウンド先取したチームの勝利となる。
9対9の場合はどちらかが二本リードするまで攻守を入れ替えて戦い続けるサドンデスに突入する。
「宮本さんはBエリア前に小鷹置いてエリア抑えといて。基本は私たちと逆のエリアの情報取る感じで」
ゲームがスタートし、琴崎先輩は宮本さんに指示を出した。
このルインズシティという荒廃した都市をイメージしたマップでは、AエリアかBエリアのどちらかに時限爆弾を設置することができる。
私たちは攻め側のチームなのでどちらかの設置エリアに侵入し、時限爆弾を設置して、起爆まで敵チームの爆弾解除を阻止する。
それが勝つために必要な行程となる。
「はい! 瑠依先輩、小鷹はここで大丈夫ですか?」
「一つはそこで大丈夫。もう一つは中央を見れるところがいいかな」
宮本さんは敵を発見したらピィー! と鳴く小鷹をBエリア前と中央エリアに配置する。
宮本さんに与えられた役割は、私たちが攻めるAエリア以外の場所の敵情報を得ることだ。
敵の位置が一人分かるだけでも、次のアクションを予測して対応することができる。
このゲームにおいて敵の情報を得ることは最重要項目なのだ。
「Aエリア前までクリア! スキル使う!」
そして、本陣である私たちはAエリアの入口前まで歩みを進めていた。
ここで琴崎先輩の使うフロントキャラ、ミリタリードッグのスキルを発動する。
前方の匂いを嗅ぎ取って何体の敵がいるのか確認できる能力で、すぐに三体のキャラクターが表示された。
これでAエリアには三体の敵が潜んでいるという情報が取れた。
「三体なら行こう! 真知子、新堂さん、スモークお願い!」
「おっけ!」
「は、はい!」
白い霧と紫色の毒ガスがAエリアの一部に降り注ぐ。
スモークとは敵の視界を遮る能力の総称だ。
私の使用キャラであるシスターエレファントは任意の場所に霧や大雨を発生させることができ、南先輩の使うドクターベアーは毒霧を発生させることができる。
通常、敵はAエリア内にある瓦礫や岩といった遮蔽物の裏で銃を構えている。
そこにスモークスキルを発生させることで、敵に安全なポジションから迎撃させないようにするのだ。
『敵のスモークもきてるよ! どうする⁉』
しかし、私たちのスモークに対応するように、Aエリアの入口にも敵の作り出した白い霧が発生していた。
これでは入口からAエリア中の様子が見えないので、白い霧を抜けた瞬間を狙い撃ちされてしまう。
「フラッシュエントリー!」
『了解!』
それでも琴崎先輩はAエリア内に進むことを選択する。
その手段として要求されたのがココ助先輩の使うキャラ、ゴッドチキンの能力であるフラッシュだ。
前方にフラッシュ……いわゆる閃光弾のような強烈な光を放つ光源を投げ入れるスキルで、そのフラッシュを視界に入れてしまうと目が眩み、数秒間だけ画面が真っ白になる。
『フラッシュ入れた!』
「ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!」
白い霧越しに投げ入れられたフラッシュがエリア内で炸裂し、琴崎先輩の叫ぶようなコールに合わせて私たちは設置エリアに突撃。
この一連の流れはフラッシュを用いてエリア内に突入することからフラッシュエントリーと呼ばれている。
Aエリアに突入すると、敵のウサギさんが目を眩ませながらトラック裏へと逃げ隠れようとしていた。
「トラックにウサギ!」
ダダダッ! という短い射撃音が鳴り響き、敵のウサギさんが複数の銃弾を受けて撃破される。
先頭を走っていた琴崎先輩とココ助先輩が仕留めてくれた。
しかし、二人が消費した銃弾をリロードするタイミングを図っていたかのように、トラックの裏から敵のゾウさんが銃を構えながら飛び出してくる。
「大丈夫です。カバーしてます」
それを見越していた私は、ゾウさんがトラックの裏から出てきたと同時に、反撃を許す暇も与えず脳天を貫いて即撃破した。
このゲームにスーパープレイは必要ない。大切なのは予測と準備だ。
『新堂さんナイスカバー! あと一人は⁉』
事前の情報では三体の敵が潜んでいるという話だったはずだ。
もう一体の所在がわからない。
「たぶんそこ!」
琴崎先輩はミリタリードッグのスキルであるボーンボムを、私が瓦礫に発生させた霧の中へと投げ入れる。
骨を模した小型爆弾だ。
それが投げ込まれると、霧の中から敵のクマさんが慌てて飛び出してきたので、私たちはそれを容赦なく蜂の巣にして撃破する。
かなり順調にエントリーを成功させることができた。
「設置完了したよ!」
その間に時限爆弾を持っていた南先輩がAエリア内に爆弾を設置。
これで残るは別の場所にいる二体だけだ。
そして、私たちが設置した爆弾を守ることに意識を切り替えた瞬間、マップ中央のほうからピィー!という小鷹の鳴き声が聞こえてくる。
「宮本さん!」
「はい!」
宮本さんの歯切れの良い返事とともにマップ中央から二つの連続した銃声が響き渡り、敵のブタさんとトラさんが宮本さんにヘッドショットで倒されたという通知が届いた。
「やりました!」
『二体も倒したの⁉ ナイスすぎ!』
「小さなトリさんが鳴いて教えてくれるので、めっちゃ戦いやすかったです!」
それでも二体の敵の頭を一瞬で撃ちぬいた宮本さんは相当凄いと思う。
とても始めて一週間の初心者とは思えない。
画面の外に目を向けると、後ろでは宮本さんが隣の席の琴崎先輩にいえーいとハイタッチをせがんでいるのが見えた。
「すごいね宮本さん。ほんとに最近始めたの?」
「えへへ」
琴崎先輩は仕方がなさそうな表情で、けれど少しだけ嬉しそうにハイタッチに応じる。
身内五人でのファーストラウンド。それを五人生存のパーフェクトで勝利できたのは幸先が良い。
「あかちゃんもナイスカバーだったよ」
『うん、あそこで一人も倒されなかったのめっちゃ大きかった!』
「あ、う、ええと……、あ、ありがとうございます……」
南先輩とココ助先輩が私のことを褒めてくれるが、なんだか恥ずかしくてむずがゆい感じがしてしまう。
すると、左隣に座っている南先輩から軽く握り込んだ拳がすっと向けられた。
私はそれにコツンと拳を合わせてグータッチを交わす。
「あー! 私がやりたかったのグータッチのほうでした! ほら、瑠依先輩! ぐーぐー!」
「なんか変だと思ったわよ! 普通はグータッチだもん。ほら、もう次のラウンド始まるから」
宮本さんはeスポーツのプロシーンで定番のグータッチを間違えてしまったようだ。
ラウンドの勝利演出も終わり、私たちのキャラクターは自動的に初期位置へと戻ってきていた。
ほどなくしてラウンド2が開始される。
「次はBエリア攻めよう! 宮本さんはさっきみたいに反対のAエリア前と中央を抑えといて!」
「了解です!」
私たちはその後も同じような戦略でラウンドを連取して、3対0とリードを広げていく。
かなりいい感じだ。しかし、ラウンド4で敵チームは対策を講じてきた。
「Bエリア内に四体、これAに行こう!」
ミリタリードッグのスキルでBエリア内に四体の敵が潜んでいる情報が取れた。
片側のエリアに人数を寄せて守りきる作戦だろう。
しかし、逆に言えばAエリアを守っている人数は一人以下ということだ。
琴崎先輩のコールで、私たちは容赦なく人数の少ないAエリアを狙いにいく。
相手の守りが薄いエリアを狙うのは常套手段だ。
「宮本さん、そっちの状況どう?」
「前のラウンドから敵が姿を見せなくなりました! 小鷹の反応もないです!」
「おっけー! 突っ走ろう!」
宮本さんが中央広場とAエリア前を監視していたお陰で、私たちは足音をドタドタと立てながら中央を突っ切ってAエリア前へと向かう。
大移動には中央を突っ切る際に狙い打たれるというリスクがあるが、宮本さんが一帯の安全を確保してくれているのでノーリスクだ。
Aエリアに突入するとトラさんがたった一人で心細そうに銃を構えていた。そのまま五人で滅多撃ちにして時限爆弾を設置する。
「敵が来ました!」
敵の四人も急いでAエリア側に駆け付けてくるが、そこで宮本さんの配置した小鷹がピィー!と鳴いて反応する。
どこから敵が来るか分かっていれば対処は容易い。
毒を投げたり、爆弾を投げたり、霧を発生させたりして敵を時限爆弾に一切近づけることなく、このラウンドも勝利した。
『宮本さんいいね! エリア抑えてくれたから移動も楽だったよー』
「えへへ……。そうですか?」
ココ助先輩が宮本さんを手放しで褒めた。私も大いにそう思う。
宮本さんはこれまでのラウンドで、中央広場を通ろうとした敵をきっちり仕留めてきた。それは相手にとって脅威だったはずは。
そして、敵は気軽に中央広場を通ることのできない心理状況になり、そのお陰で私たちは安全に移動することができたのだ。
「やっぱり新堂さんの言うようにエージェントホーク使ってもらって良かったよ。これからもどんどん意見していいからね」
「は、はいぃ……」
琴崎先輩は私の意見を高く評価してくれているようだ。
私は少し恥ずかしくなってしまい、情けない声で返事をすることしかできなかった。
けれど、少し誇らしい気持ちになって、それがなんとなく心地よかった。
しかし、雰囲気の良いゲーム展開は長くは続かなかった。
「はぁ⁉ なんでポジション潰せてないの⁉」
琴崎先輩が声を荒らげる。
Aエリアに突入する際に南先輩が瓦礫の裏へ毒液カプセルを投げていたはずだが、毒液はあらぬところに着弾しており、私たちは瓦礫の裏から顔を覗かせていた敵に一斉掃射を食らって全滅してしまった。
「ご、ごめん。ちょっとまだスキルの定点完璧じゃなくて……」
定点とは小技のようなもので、遠くから爆弾などを
これは知識で得られる技術であり、
例えば、Aエリア前にある廃車の位置から頭上にあるビルの窓を狙って爆弾を投擲すると、爆弾は放物線を描いてAエリア内の岩の裏に必ず着弾する。
このような知識を沢山覚えておくことでゲームを有利に進めることができる。
今回はそれを活用して敵のポジションを潰したはずだったのだが、南先輩の投げた毒液カプセルがあらぬ場所に着弾してしまった。
それによって、私たちは警戒していないポジションから安全に撃たれてしまった。
「勘弁してよ……。せめて無理ならエリア入る前に言ってくれないと」
琴崎先輩はため息を付きながら南先輩を睨む。
実際のところ県大会上位を目指して競技的なゲームをするつもりなら、定点を活用できないと難しい局面が出てくるだろう。
特に南先輩の使うドクターベアーは毒薬カプセルを遠くに投げられるのが強みなので、定点を覚えていないと戦略の幅は大きく狭まってしまう。
そして、定点は攻守交代後の守りのラウンドでも問題になってしまった。
「ちょっと毒液は⁉」
Aエリアを守っていた琴崎先輩の悲鳴のような叫びが響く。
南先輩の使うドクターベアーはBエリアを守っているが、定点で毒液カプセルをAエリアの入り口に着弾させ、敵の足止めに貢献することができる。
離れていても他のエリアに干渉できるのがドクターベアーの大きな強みだ。
しかし、南先輩はその定点を知らなかったようで、ドクターベアーの毒液カプセルがAエリアに届くことはなかった。
「ご、ごめん……」
「ごめんじゃなくてさ! 出来ないんならキャラピックの段階で新堂さんと使うキャラ相談するとか、……あーもう!」
ばんっ!とマウスを机に叩きつける音が狭い部室に響く。
私はその音にびくっと体を震わせてしまうが、琴崎先輩の言っていることは正しい。
正しいからこそ、重苦しい空気が充満していく。
――これはゲームじゃなくてeスポーツ……。
草野球と本気で甲子園を目指す強豪校では野球の楽しみ方が大きく異なるように、これはみんなで楽しく遊ぶゲームではなく、貪欲に勝利を目指すeスポーツだ。
他の部活でもミスや怠慢プレーをしたらコーチや監督から叱られるのは当たり前だし、仲間同士で高め合うことを目的に反省点を指摘し合うのも当然だ。
――それが嫌で私はこの学校に来たのに……。
その後も練習の中で学びや実りはありつつも、決していい雰囲気とは言えない中で今日の練習は終わってしまった。
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