7.ロール決め
翌日、宮本さんは部室に到着するなり勢いよく南先輩に詰め寄った。
「ギャル先輩……いや、南先輩! 私、先輩と一緒にeスポーツがしたいです!」
「え⁉ な、何よ急に……」
何の前触れもない行動にみんな困惑だ。
ずいずいっと詰め寄られた南先輩は、宮本さんの背丈と迫力に気圧されて顔を引きつらせながら目を丸くする。
一体、何が起こっているのだろうか。
「昨日、瑠依先輩に言われて気づいたんです! メンバーが一番大切だって!」
周囲の空気に気づかず力説する宮本さん。
確かに昨日の話し合いでメンバー集めが大切だと再認識したばかりだ。
しかし、南先輩は既にメンバーの一人なわけで、改めて一緒にeスポーツがしたいと伝える意味が分からない。
南先輩も頭に?が浮かんだ顔をしている。
「南先輩はこれまで付きっ切りで私にゲームを教えてくれました。教え方もすごく丁寧で、優しくて、ゲームがどんどん楽しくなっていきました。私はそんな南先輩と一緒に頑張りたいんです!」
宮本さんは胸に手を当てながら、この一週間を思い返すように切々と言葉を続け、愛の告白かな? と勘違いしてしまいそうな口説き文句を続ける。
南先輩は顔を赤らめて「いやいやいやいや! ほんとにどうしたの急に⁉」と慌てふためいていた。
「真知子、あんた辞めるって言ったの?」
「言ってない! 一言も言ってない!」
「じゃあなんでこんなことになってんのよ……」
琴崎先輩はじろりと睨みながら南先輩に原因があるのではないかと疑うが、当の本人はそれを強く否定する。
南先輩とは昨日の下校時にその話をしたばかりだったので、部を辞めようと考えていないことは私にもすぐに分かった。
『えーと、宮本さんはどうして真知子ちゃんにそれを伝えようと思ったのかな?』
ココ助先輩が素晴らしいフォローを入れてくれた。
ちなみに私は一連の流れを唖然としながら眺めているだけだ。
役立たずですみません。
「昨日、メンバー集めが大事って話になったじゃないですか」
『うんうん』
「それで、もちろん新しいメンバーを集めることも大切なんですけど、今いるメンバーも大切だと思ったんです!」
『あー、そういう……』
その言葉を聞いて、宮本さんの言いたいことが少しだけ理解できたような気がした。
「私は本気でeスポーツ同好会から部への復帰を目指しているつもりでした。けど私は教えられてばかりで、瑠依先輩に指摘されるまで自分で何も考えて動けてなくて、それどころかみんなの気持ちにもちゃんと向き合えていなかった……」
いつも元気でご機嫌でハイテンションな宮本さんにしては珍しく、とてもしおらしい語り口調だ。
昨日の指摘を受けて彼女なりの反省があったことが伺えた。
「だから本気でeスポーツ部の復活を目指すってなったら、まず今いる人に自分の思いを伝えなきゃって思ったんです! 南先輩、六人目が入ったら辞めるなんて言わないで、一緒にeスポーツしてほしいです! 優しくて面倒見が良くて上手な南先輩の力が必要なんです! お願いします!」
なんて真っ直ぐな人なのだろう。
その真摯な姿に私は尊敬の念を抱いた。
先輩方にお世話になったのは一週間程度だが、宮本さんの言葉にはお世話になった南先輩への感謝と信頼が表れている。
その気持ちが伝わったのか、南先輩は目元を細めて心配ないことを宮本さんに伝えた。
「……ごめんね、不安にさせるようなこと言って。私も本気で頑張ろうって思ってたところだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます!」
宮本さんは緊張していたのか額に滲んだ汗をハンカチで拭う。
一仕事終えたようなとてもいい顔をしていた。
「ほんとに?」
しかし、横から口を出してきたのは琴崎先輩だ。
じとーっと睨むような表情からは、南先輩への不信感が見て取れた。
「……今度はほんとだよ」
「ふーん」
南先輩は去年幽霊部員で、琴崎先輩からゲーム内の振る舞いについて注意を受けていたと聞いている。
きっとそれが二人の関係に尾を引いているのだろう。
「それで陸上部の尾花さんはどうなったの?」
琴崎先輩は鋭い視線を宮本さんへと向ける。
既存メンバーも大切だが、五人目のメンバー探しも必須事項だ。
「三日後の金曜は休養日なので時間作れるらしいんですけど、県大会予選含めて助っ人しても問題ないか陸上部の顧問に確認してくれるみたいです!」
「ん~確認待ちかぁ。入ってくれるにしても助っ人ってのがね……。一年生で他に入ってくれそうな人いないの?」
「A組とB組の全員に聞いたんですけど駄目でした! すみません!」
なんと、宮本さんは隣のB組の人にも聞いて回ったようだ。
その行動力に目を丸くしていると、琴崎先輩の矛先が私のほうへ向いてきた。
「新堂さんはどうだったの?」
「あっ、ええと、教室に募集の紙は貼りました……」
「よし。じゃあまだC組とD組は可能性あるってことだから、頑張ってね」
「はいぃ……」
本音を言えば宮本さんに手伝ってもらいに来てほしいぐらいだが、A・B組とC・D組で教室の距離がかなり離れているため難しいだろう。
「それじゃあ今いるメンバーで練習していくしかなさそうだし、とりあえず『ロール決め』をしましょう」
琴崎先輩が言う『ロール決め』とは、それぞれが使うキャラクターや役割をチーム内で事前に決めておくことを指す。
このアニマルBOMBというゲームには数多くのキャラクターが存在し、それぞれに罠を設置したり爆弾を投げるなどの特徴があるため、攻めと守りのバランスを考えて五人分のキャラクターを決めなければならない。
「私は主にフロントのキャラ使ってて、真知子はクリエイト専門だったよね。
新堂さんはやりたいロールある?」
キャラクターのタイプは大きく三つに分けることができる。
先陣を切って突撃する『フロント』。
煙や壁を発生させて戦場の視界構造を造り変える『クリエイト』。
罠で敵を検知する『トラッパー』の三種類だ。
「わ、私もクリエイトキャラがメインですけど、一応、他のもいけます……」
「使えるロール多いのは助かるね。けど助っ人の尾花さんや初心者の宮本さんにクリエイトは難しいし、元々使ってる真知子と新堂さんにやってもらうのが一番かな」
私の得意ロール『クリエイト』は、使いこなすのがとっても難しいロールだ。
壁を置いたり霧や毒ガスを発生させたりすることで敵の視界を奪うような能力を持つキャラクターが多く、ゲームの流れを深く理解していないと勝利に貢献することができない。
なのでクリエイトキャラは経験者が使うべきだという琴崎先輩の意見には賛成である。
「それで問題は残り二人のロールだけど、……宮本さんはやりたいロールやキャラとかある?」
「私はどのロールでも一から勉強なので! どこでも大丈夫です!」
「だよねー。みんなは普段の練習見ててどこの適性がありそうとかあるかな?」
琴崎先輩は私たちに意見を求めた。
『ここ最近はフロントキャラのスパイラビットを使ってるよね』
「ヘッショ率も80%あるし、前に出て撃ち合うキャラが合ってるかも?」
ココ助先輩と南先輩は、宮本さんが最近ずっと使用しているフロントキャラを推しているようだ。
フロントキャラのスパイラビットは、横に瞬間的にステップする『エスケープダッシュ』、上空に大きくジャンプする『パニックジャンプ』という回避スキルを持っており、撃ち合いに自信のある人が使うと滅法強いキャラクターである。
それに宮本さんが始めてからずっと使っているキャラなので、それを使わせてあげたいという意図も感じられた。
「新堂さんはどう?」
「あ、ええと……」
しかし、私は先輩二人とは違う意見を持っていた。
けれど先輩たちの意見も間違っているわけではないので、どうしても言い淀んでしまう。
「大丈夫だから、きちんと自分の意見を言いなさい」
琴崎先輩は逃げることは許さんと言わんばかりに、じっと私の目を見て言葉を待つ。
気づけば狭い部屋の中はしんと静かになっていて、皆が私に注目する状況になってしまっていた。
私は観念して、勇気を出して口を開く。
「ご、ごめんなさい。先輩方の意見とは違うんですけれど、私はトラッパーのほうがいいんじゃないかなーって思ってたり……」
「それはどうして?」
「ひうっ」
『瑠依ちゃん、もうちょっと優しく聞いてあげよ?』
まるで取り調べのような緊張感に、私の頭はくるくるぱーになってしまっていた。
頭に血が上って顔が熱い。
「あー、怖がらせるつもりはなかったんだけど……ごめんね。私は新堂さんの意見が必ずチームのためになると思ってるから、どうしても本音の意見が聞きたいの。ゆっくりでいいから聞かせてくれる?」
「私もあかちゃんの意見が聞きたい!」
別に琴崎先輩が謝る必要なんてない。
私が勝手にビビッてあがり症を発症させただけだ。
こんなコミュ障の私から律儀に意見を引き出そうとしてくれているのは嬉しいし、琴崎先輩が優しいからこそ丁寧に接してくれているのだと思う。
私は深呼吸で気持ちを落ち着かせて、自分の考えをゆっくりと言葉にしていく。
「み、宮本さんはヘッショ率80%で、エイムもとてもいいんですけど、それは『ドライ』の場面に限ったときの話なんです」
ドライとは、スキルなどを使わないシンプルな撃ち合い状況のことだ。
宮本さんはドライの状況なら素晴らしい射撃精度で敵を撃ち倒すことができていて、それはもう上級者と見紛うほどの才能を感じる。
「逆にスキルの入り乱れた場面では持ち前のエイム力も発揮できていなくて、敵がどこにいるかすら把握できていないこともあります」
しかし、このゲームにおいてドライの状況で撃ち合える場面は、実はあまり多くない。
このゲームは撃ち合いの前にキャラ固有のスキルを使うことで、
煙や霧を発生させたり、
雨を降らせたり、
強烈な光で目を眩ませたり、
爆弾を投げ入れたり、
罠で体の動きを封じるなど、
敵に嫌がらせをして有利な状況作り出してから銃撃戦を行うのがセオリーだ。
宮本さんはそういった場面でのパフォーマンスがガクッと下がっていた。
「経験が浅いから仕方ないんですけど、まだまだスキルを絡めた戦闘に慣れてないと思うので、敵のスキルを受けながら先陣を切るフロントよりも、ドライで勝負することの多いトラッパーのほうが実力を発揮できるんじゃないかというのが私の意見です。ヘッショ率80%っていう数字も敵に当たった弾の割合を示すものなので、そもそも敵に弾が当たってなかったり敵を見失ってる現状があるからこそ、異常に高い数字が出ているんじゃないかと思ってます」
『おぉー、流石最高ランク経験者の意見!』
「あとフロントキャラの場合、敵の陣形や戦略を予想して攻め入る動きも必要になってくるので、競技レベルの大会で初心者にフロントを任せるのは経験値的にも無理があると思います。前に出て情報取って味方に素早く情報共有するのも必須ですし、相手プレイヤーとのプレッシャーの掛け合いや読み合いも必要になるので、他のゲームで押し引きの感覚があるならまだしもFPSゲームを触り始めて一週間の宮本さんに任せるのは流石に荷が重すぎますよね。それに前に出るってことは意図を持って撃ち合う必要があるわけで、味方へのスキル要求といったコールにも慣れてないと厳しいですし、それが正確な要求でないと無駄なスキルリソースを吐いてしまうことに繋がってゲームプランが崩壊しかねな――
『あかちゃん! 流石に一旦ストップしよっか!』
ココ助先輩の声に私はハッとして顔を上げると、宮本さんは魂が抜けたように真っ白になっていた。
やばい、陰キャオタク特有のデリカシーのない早口キモ語りを披露してしまった。もう終わりだ。
「はは……。大丈夫だよ……。私、トラッパー頑張るね……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
私は椅子に座りながらも膝と頭がくっつくほど体を折り曲げて何度も頭を下げる。
「新堂さんって意外とえげつないこと言うのね」と言う琴崎先輩の本気でドン引いた様子に返す言葉もなかった。
本当にすみませんでした。
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