8.eスポーツは遊びじゃない

「さぁ、気を取り直して練習しましょう!」


 琴崎先輩がパンッと手を叩いて、仕切り直すように声を張る。


「とりあえず助っ人枠はフロントでゴッドチキン使ってもらう想定で進めるのが一番かな。助っ人役はココ助お願いできる?」

『もちろんおっけーだよ』


 ゴッドチキンは交戦する前にスキルを使うだけで仕事を果たせる簡単キャラだ。

 助っ人にお願いするとなれば、連携の簡単なゴッドチキンを想定するのは悪くないチョイスだと思う。


「あの、トラッパーは何のキャラを使うのがいいですか?」


 そして宮本さんは今日から新たにトラッパーキャラの練習をすることになる。

 トラッパーキャラにもいろいろ種類があるが、先ほど提案したときから頭の中に思い浮かべているキャラが既にあった。


 私は先ほど琴崎先輩に言われたように、臆せず自分の意見を口にしてみる。


「え、エージェントホークがいいと思います……」


 エージェントホークは敵の検知に長けたトラッパーキャラだ。

 スキルで小鷹を配置しておくことで、その小鷹の視界内に敵が移った場合、自動で鳴いて知らせてくれたり、小鷹が羽を飛ばしてダメージを与えてくれたりする能力を持つ。


「み、宮本さんは敵からスキルを受けてない時のエイムは本当に素晴らしいので、なるべくドライで撃ち合えるキャラがいいかなと……」


 敵の通りそうなところに小鷹を配置し、小鷹が敵を検知した瞬間に遠くから体を出して敵と撃ち合う。

 そうすることで敵のスキルを受ける前に宮本さんの大得意なドライ状態での銃撃戦をすることができる。


「確かに。後ろに隠れておいて、小鷹が敵を検知したときだけ戦えば得意なドライで勝負できるもんね」


 琴崎先輩も納得したように同意してくれた。

 ちなみに他のトラッパーキャラだと罠を置いてその付近で待機する場合が多く、罠を見つけた敵がスキルで爆弾などを投げ込んでから突撃してきてしまい、宮本さんの不得意なスキルを受けた状態で撃ち合うことになってしまう。

 敵から干渉されにくいポジションを取れるのがエージェントホークの強みだ。


「わかりました! 私、エージェントホークマスターになります!」


 宮本さんも素直に受け入れてくれたので五人チームでの練習開始だ。

 みんなでパソコンに向き合ってアニマルBOMB!を起動し、ランクマッチを開始させる。


「お、マッチングした。マップは……ルインズシティか」


 早速マッチングが完了し、ゲームが開始された。


 私は修道服を着たゾウさんのキャラクターで、

 琴崎先輩は軍服を着たイヌさん。

 南先輩は白衣を着たクマさん。

 ココ助先輩は燃え盛るニワトリさん。

 宮本さんはライダージャケットを羽織ったタカさんを選択する。


「フレンド五人でやるの初めてだから緊張します!」

『いつも通りで大丈夫だよ~。お、こっちがアタッカースタートみたい』


 アニマルBOMB!は爆破系FPSゲームだ。

 銃撃戦だけでなく、時限爆弾の設置や解除によって勝敗が決まる。


 アタッカー側は時限爆弾を設置エリアに設置して爆発まで守りきること。

 ディフェンダー側は設置された時限爆弾の解除が勝利条件となる。


 これを攻め側で九ラウンド、守り側で九ラウンド行い、先に10ラウンド先取したチームの勝利となる。

 9対9の場合はどちらかが二本リードするまで攻守を入れ替えて戦い続けるサドンデスに突入する。


「宮本さんはBエリア前に小鷹置いてエリア抑えといて。基本は私たちと逆のエリアの情報取る感じで」


 ゲームがスタートし、琴崎先輩は宮本さんに指示を出した。

 このルインズシティという荒廃した都市をイメージしたマップでは、AエリアかBエリアのどちらかに時限爆弾を設置することができる。


 私たちは攻め側のチームなのでどちらかの設置エリアに侵入し、時限爆弾を設置して、起爆まで敵チームの爆弾解除を阻止する。

 それが勝つために必要な行程となる。


「はい! 瑠依先輩、小鷹はここで大丈夫ですか?」

「一つはそこで大丈夫。もう一つは中央を見れるところがいいかな」


 宮本さんは敵を発見したらピィー! と鳴く小鷹をBエリア前と中央エリアに配置する。

 宮本さんに与えられた役割は、私たちが攻めるAエリア以外の場所の敵情報を得ることだ。


 敵の位置が一人分かるだけでも、次のアクションを予測して対応することができる。

 このゲームにおいて敵の情報を得ることは最重要項目なのだ。


「Aエリア前までクリア! スキル使う!」


 そして、本陣である私たちはAエリアの入口前まで歩みを進めていた。

 ここで琴崎先輩の使うフロントキャラ、ミリタリードッグのスキルを発動する。


 前方の匂いを嗅ぎ取って何体の敵がいるのか確認できる能力で、すぐに三体のキャラクターが表示された。

 これでAエリアには三体の敵が潜んでいるという情報が取れた。


「三体なら行こう! 真知子、新堂さん、スモークお願い!」

「おっけ!」

「は、はい!」


 白い霧と紫色の毒ガスがAエリアの一部に降り注ぐ。


 スモークとは敵の視界を遮る能力の総称だ。

 私の使用キャラであるシスターエレファントは任意の場所に霧や大雨を発生させることができ、南先輩の使うドクターベアーは毒霧を発生させることができる。


 通常、敵はAエリア内にある瓦礫や岩といった遮蔽物の裏で銃を構えている。

 そこにスモークスキルを発生させることで、敵に安全なポジションから迎撃させないようにするのだ。


『敵のスモークもきてるよ! どうする⁉』


 しかし、私たちのスモークに対応するように、Aエリアの入口にも敵の作り出した白い霧が発生していた。

 これでは入口からAエリア中の様子が見えないので、白い霧を抜けた瞬間を狙い撃ちされてしまう。


「フラッシュエントリー!」

『了解!』


 それでも琴崎先輩はAエリア内に進むことを選択する。

 その手段として要求されたのがココ助先輩の使うキャラ、ゴッドチキンの能力であるフラッシュだ。


 前方にフラッシュ……いわゆる閃光弾のような強烈な光を放つ光源を投げ入れるスキルで、そのフラッシュを視界に入れてしまうと目が眩み、数秒間だけ画面が真っ白になる。


『フラッシュ入れた!』

「ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!」


 白い霧越しに投げ入れられたフラッシュがエリア内で炸裂し、琴崎先輩の叫ぶようなコールに合わせて私たちは設置エリアに突撃。

 この一連の流れはフラッシュを用いてエリア内に突入することからフラッシュエントリーと呼ばれている。


 Aエリアに突入すると、敵のウサギさんが目を眩ませながらトラック裏へと逃げ隠れようとしていた。


「トラックにウサギ!」


 ダダダッ! という短い射撃音が鳴り響き、敵のウサギさんが複数の銃弾を受けて撃破される。

 先頭を走っていた琴崎先輩とココ助先輩が仕留めてくれた。


 しかし、二人が消費した銃弾をリロードするタイミングを図っていたかのように、トラックの裏から敵のゾウさんが銃を構えながら飛び出してくる。


「大丈夫です。カバーしてます」


 それを見越していた私は、ゾウさんがトラックの裏から出てきたと同時に、反撃を許す暇も与えず脳天を貫いて即撃破した。

 このゲームにスーパープレイは必要ない。大切なのは予測と準備だ。


『新堂さんナイスカバー! あと一人は⁉』


 事前の情報では三体の敵が潜んでいるという話だったはずだ。

 もう一体の所在がわからない。


「たぶんそこ!」


 琴崎先輩はミリタリードッグのスキルであるボーンボムを、私が瓦礫に発生させた霧の中へと投げ入れる。

 骨を模した小型爆弾だ。


 それが投げ込まれると、霧の中から敵のクマさんが慌てて飛び出してきたので、私たちはそれを容赦なく蜂の巣にして撃破する。

 かなり順調にエントリーを成功させることができた。


「設置完了したよ!」


 その間に時限爆弾を持っていた南先輩がAエリア内に爆弾を設置。

 これで残るは別の場所にいる二体だけだ。

 そして、私たちが設置した爆弾を守ることに意識を切り替えた瞬間、マップ中央のほうからピィー!という小鷹の鳴き声が聞こえてくる。


「宮本さん!」

「はい!」


 宮本さんの歯切れの良い返事とともにマップ中央から二つの連続した銃声が響き渡り、敵のブタさんとトラさんが宮本さんにヘッドショットで倒されたという通知が届いた。


「やりました!」

『二体も倒したの⁉ ナイスすぎ!』

「小さなトリさんが鳴いて教えてくれるので、めっちゃ戦いやすかったです!」


 それでも二体の敵の頭を一瞬で撃ちぬいた宮本さんは相当凄いと思う。

 とても始めて一週間の初心者とは思えない。


 画面の外に目を向けると、後ろでは宮本さんが隣の席の琴崎先輩にいえーいとハイタッチをせがんでいるのが見えた。


「すごいね宮本さん。ほんとに最近始めたの?」

「えへへ」


 琴崎先輩は仕方がなさそうな表情で、けれど少しだけ嬉しそうにハイタッチに応じる。


 身内五人でのファーストラウンド。それを五人生存のパーフェクトで勝利できたのは幸先が良い。


「あかちゃんもナイスカバーだったよ」

『うん、あそこで一人も倒されなかったのめっちゃ大きかった!』

「あ、う、ええと……、あ、ありがとうございます……」


 南先輩とココ助先輩が私のことを褒めてくれるが、なんだか恥ずかしくてむずがゆい感じがしてしまう。

 すると、左隣に座っている南先輩から軽く握り込んだ拳がすっと向けられた。

 私はそれにコツンと拳を合わせてグータッチを交わす。


「あー! 私がやりたかったのグータッチのほうでした! ほら、瑠依先輩! ぐーぐー!」

「なんか変だと思ったわよ! 普通はグータッチだもん。ほら、もう次のラウンド始まるから」


 宮本さんはeスポーツのプロシーンで定番のグータッチを間違えてしまったようだ。

 ラウンドの勝利演出も終わり、私たちのキャラクターは自動的に初期位置へと戻ってきていた。

 ほどなくしてラウンド2が開始される。


「次はBエリア攻めよう! 宮本さんはさっきみたいに反対のAエリア前と中央を抑えといて!」

「了解です!」


 私たちはその後も同じような戦略でラウンドを連取して、3対0とリードを広げていく。

 かなりいい感じだ。しかし、ラウンド4で敵チームは対策を講じてきた。


「Bエリア内に四体、これAに行こう!」


 ミリタリードッグのスキルでBエリア内に四体の敵が潜んでいる情報が取れた。

 片側のエリアに人数を寄せて守りきる作戦だろう。


 しかし、逆に言えばAエリアを守っている人数は一人以下ということだ。

 琴崎先輩のコールで、私たちは容赦なく人数の少ないAエリアを狙いにいく。

 相手の守りが薄いエリアを狙うのは常套手段だ。


「宮本さん、そっちの状況どう?」

「前のラウンドから敵が姿を見せなくなりました! 小鷹の反応もないです!」

「おっけー! 突っ走ろう!」


 宮本さんが中央広場とAエリア前を監視していたお陰で、私たちは足音をドタドタと立てながら中央を突っ切ってAエリア前へと向かう。


 大移動には中央を突っ切る際に狙い打たれるというリスクがあるが、宮本さんが一帯の安全を確保してくれているのでノーリスクだ。


 Aエリアに突入するとトラさんがたった一人で心細そうに銃を構えていた。そのまま五人で滅多撃ちにして時限爆弾を設置する。


「敵が来ました!」


 敵の四人も急いでAエリア側に駆け付けてくるが、そこで宮本さんの配置した小鷹がピィー!と鳴いて反応する。

 どこから敵が来るか分かっていれば対処は容易い。

 毒を投げたり、爆弾を投げたり、霧を発生させたりして敵を時限爆弾に一切近づけることなく、このラウンドも勝利した。


『宮本さんいいね! エリア抑えてくれたから移動も楽だったよー』

「えへへ……。そうですか?」


 ココ助先輩が宮本さんを手放しで褒めた。私も大いにそう思う。

 宮本さんはこれまでのラウンドで、中央広場を通ろうとした敵をきっちり仕留めてきた。それは相手にとって脅威だったはずは。

 そして、敵は気軽に中央広場を通ることのできない心理状況になり、そのお陰で私たちは安全に移動することができたのだ。


「やっぱり新堂さんの言うようにエージェントホーク使ってもらって良かったよ。これからもどんどん意見していいからね」

「は、はいぃ……」


 琴崎先輩は私の意見を高く評価してくれているようだ。

 私は少し恥ずかしくなってしまい、情けない声で返事をすることしかできなかった。

 けれど、少し誇らしい気持ちになって、それがなんとなく心地よかった。


 しかし、雰囲気の良いゲーム展開は長くは続かなかった。


「はぁ⁉ なんでポジション潰せてないの⁉」


 琴崎先輩が声を荒らげる。

 Aエリアに突入する際に南先輩が瓦礫の裏へ毒液カプセルを投げていたはずだが、毒液はあらぬところに着弾しており、私たちは瓦礫の裏から顔を覗かせていた敵に一斉掃射を食らって全滅してしまった。


「ご、ごめん。ちょっとまだスキルの定点完璧じゃなくて……」


 定点とは小技のようなもので、遠くから爆弾などを投擲とうてきして狙った位置に着弾させる技術のことだ。


 これは知識で得られる技術であり、

 例えば、Aエリア前にある廃車の位置から頭上にあるビルの窓を狙って爆弾を投擲すると、爆弾は放物線を描いてAエリア内の岩の裏に必ず着弾する。


 このような知識を沢山覚えておくことでゲームを有利に進めることができる。


 今回はそれを活用して敵のポジションを潰したはずだったのだが、南先輩の投げた毒液カプセルがあらぬ場所に着弾してしまった。

 それによって、私たちは警戒していないポジションから安全に撃たれてしまった。


「勘弁してよ……。せめて無理ならエリア入る前に言ってくれないと」


 琴崎先輩はため息を付きながら南先輩を睨む。

 実際のところ県大会上位を目指して競技的なゲームをするつもりなら、定点を活用できないと難しい局面が出てくるだろう。

 特に南先輩の使うドクターベアーは毒薬カプセルを遠くに投げられるのが強みなので、定点を覚えていないと戦略の幅は大きく狭まってしまう。


 そして、定点は攻守交代後の守りのラウンドでも問題になってしまった。


「ちょっと毒液は⁉」


 Aエリアを守っていた琴崎先輩の悲鳴のような叫びが響く。

 南先輩の使うドクターベアーはBエリアを守っているが、定点で毒液カプセルをAエリアの入り口に着弾させ、敵の足止めに貢献することができる。

 離れていても他のエリアに干渉できるのがドクターベアーの大きな強みだ。


 しかし、南先輩はその定点を知らなかったようで、ドクターベアーの毒液カプセルがAエリアに届くことはなかった。


「ご、ごめん……」

「ごめんじゃなくてさ! 出来ないんならキャラピックの段階で新堂さんと使うキャラ相談するとか、……あーもう!」


 ばんっ!とマウスを机に叩きつける音が狭い部室に響く。

 私はその音にびくっと体を震わせてしまうが、琴崎先輩の言っていることは正しい。

 正しいからこそ、重苦しい空気が充満していく。


――これはゲームじゃなくてeスポーツ……。


 草野球と本気で甲子園を目指す強豪校では野球の楽しみ方が大きく異なるように、これはみんなで楽しく遊ぶゲームではなく、貪欲に勝利を目指すeスポーツだ。

 他の部活でもミスや怠慢プレーをしたらコーチや監督から叱られるのは当たり前だし、仲間同士で高め合うことを目的に反省点を指摘し合うのも当然だ。


――それが嫌で私はこの学校に来たのに……。


 その後も練習の中で学びや実りはありつつも、決していい雰囲気とは言えない中で今日の練習は終わってしまった。

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