第三話 食事

 桝井と連絡先を交換した日、学校生活の方はさほど変わらない日常を送っていた。彼女が教室にまで来るかと思ったがそれはなく、昼休みの今、いつものように教室でぼっち飯をしようと弁当箱を広げていた。


 その時、滅多に鳴らないスマホに通知が届いて確認して見ると、まさかの桝井だった。


「……緊急事態?」


――『緊急事態です。大変です、これは池嶋さんがいないと解決しません。今すぐ屋上の踊り場に来てください。』


 正直とても嘘くさいのだがもし実際桝井に危機が及んでいたら大変だ。文章が真面に打てている時点で大丈夫だとは思うが。


 俺は息を吐くと弁当箱を持って指定の場所に向かった。


「待っていましたよ池嶋さん」


「……緊急事態じゃなかったのか?」


 分かっていたがやはり嘘だった。誘い文句が緊急事態とはよほど俺を呼びだしたかったらしい。


「緊急事態でしたよ。このままだとここで一人ご飯を食べることになっていました」


「いいじゃん一人で。ちなみに俺はいつも一人だけど」


「良くありません。ちなみに私はいつも女の子の友達と食べているのですが、わざわざ断ってここに来ています。なので池嶋さんが来てくれないと所謂ぼっち飯をする羽目になっていました」


「なんで俺と食べたいの? その友達と食べればいいじゃん」


「単純明快です。私が池嶋さんと食べたいと思ったからです、逆にそれ以外ありますか?」


「……そっすか」


 汚れないようにブルーシートを広げているので俺はスリッパを脱いで、促されるようにその上に座る。


「これでようやく、池嶋さんと食事が食べられるのですね。感激です」


「俺と食事をしても得るものないよ? それでもいいの?」


「池嶋さんは勘違いをしています。得るものはあります」


「……?」


「それは楽しい時間を共有できることです!」


「……はぁ」


 人差し指をビシッと差して決め顔で言う。その子供っぽい言動に俺は桝井の人物像が崩れ始めていた。彼女も意外とワガママなところがあるんだな……。


「それに損得なんて気にしていません。例え得るものがなくたって、私は池嶋さんとご飯が食べたいです!」


 そこまで言われれば断る理由もない。それに俺が目立つことを嫌うから場所を屋上の踊り場にしたのだろう。優しい配慮をしてくれているし、不釣り合いだとは思うが桝井とご飯を食べよう。


「……うーん、寂しいですね」


「?」


 弁当箱を広げ食べ始めようとしていたその時、彼女がそんな言葉を口にした。


「池嶋さん。隣いいですか?」


「ダメ」


「……ケチ。一緒に食べてるのに心の距離を感じます」


「そりゃ俺と桝井さんが仲良くなってまだ初日だからな。物理的な距離も心の距離もあって当然だろ」


「……そうですけど、それでも寂しいものは寂しいです」


 拗ねたように口を尖らせる桝井に俺は苦笑した。なぜそんなに俺と居たいのかは分からないが、寂しいと言われれば仕方ない。本来は立場的に関わることはない筈だったのにどうしてこうなったかと天を仰ぎたい気分だ。


「分かった。……隣いいか?」


 すると彼女はぱっと花を咲かせたように笑顔になり、隣を勢いよくポンポン叩く。早く座れということだろう。


「お邪魔します……」


「はい! お邪魔されます!」


 俺が隣に座るとさらに距離を詰めて来る。……あれ、俺たち友達だよね? これはまさしく恋人の距離では?


 しかも爽やかな良い香りが鼻孔を擽るし肩は触れ合ってるし、それによって急激に心拍数が増加する。


 女の子と近づいたのなんて生まれて初めてなので動揺が隠せない。


「……幸せですぅ」


 桝井は頬を赤く染めうっとりとした表情で俺の肩に寄り掛かる。いや、近い近い近い。距離の詰め方がおかしい、彼女は順序というものを知らないのだろうか。


「あの、桝井さん。近すぎる、少し離れてくれ」


「お断りします。私はこの距離がとても安心するのです」


「俺は安心しないんだけど……、とにかく離れてくれないと教室に帰るからな」


「……ケチ。池嶋さんはこんなにも可愛い女の子に寄り掛かられて嬉しくないんですか? これでも私、結構モテるんですよ?」


「……嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて、一応俺たち友達? ……友達だよな? まあ、友達だとして。この距離は不味いだろ。恋人じゃあるまいし、離れてくれ」


「……むむむ、やはり池嶋さんは手強いですね。夏世かよちゃん曰く、こうすれば少しは意識して貰える筈なのですが……、悔しいです」


 めちゃくちゃ意識してます。心臓も破裂しそうです。なんとかそれを顔に出さないように頑張っているだけ。


 俺なんかが桝井の恋人になれるわけないのに、意識するのもおこがましい。


 そう思って、まるで意識していない風を装っているだけです。


 しくしくと泣きながら彼女はほんの少しだけ離れて弁当を食べ始める。


 まだ近い気がするが、先ほどよりかはマシか。






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