第二話 仲良くなりたい


 美少女を助けたからといってそこから劇的な日々になるわけでもない。俺はいつものように高校に向かっていた。


 どうやらゴールデンウィーク明けにテストがあるらしい。面倒くさいことこの上ない。


 しかし赤点を回避しなければ補修らしいのでぼちぼち勉強するかと息巻いていたところ一昨日助けた桝井が前方にいた。


 今歩いているところは大通り。田舎ながらここだけは色んな建物が並んでいて都会には敵わないものの活気がある。


 まあ彼女を助けたからといって恩着せがましく見返りを求めるのも違うので今までのように影に潜んでいた。


「……あ」


 運が良いのか悪いのか偶然、後ろを向いた桝井と目が合った。俺は右に曲がりわざわざ遠回りする道を歩く。関わるのが面倒だからだ。


「ちょっと待ってください!」


「……え」


 誰だろうと思って振り向くとまさかの彼女だった――追いかけて来る意味が分からず首を傾げた。


「あなたは一昨日助けてくれた人ですよね?」


「……それがどうかした?」


「お礼をしていなかったと思いまして。まぁ、すぐに立ち去られてしまったんですが」


「いいよお礼なんて。さすがに暴力は見過ごせなかっただけ、そこに恩を感じる必要はないぞ」


「いえ、お礼をしないと気が済みません。それと感謝をもう一度」


 なんて律儀なんだろう。これが高校でも人気がある理由か。


「――助けていただきありがとうございました。あなたがいなければ私はどうなっていたことか。本当に感謝してもしきれません」


 深々と頭を下げ、感謝を述べる。俺はあまりの真面目さに苦笑していた。


「頭を上げてくれ。そんな大層なことしてないから」


「そんなことはありません。他にも私を見ていた方はいた筈なのに助けてくれたのはあなただけでした。その勇気ある心は誇って良いと思います」


「……そっすか」


 そこまで言われると照れるな。俺は照れ隠しに頬を掻く。


「そういうわけで言葉のお礼を貰ったわけだし。じゃあ、さようなら」


「……え」


「今日が俺と桝井さんの関わる最後の日だと思うからさ。きっと死ぬまで話すことはないと思うんだよ、だから俺からもお礼を言わせてくれ。……高嶺の花と呼ばれている桝井さんと話せて良かった。それじゃあ――」


 俺みたいな日陰に住む根暗男子と対して欠点がない完璧な女子、おまけに学校中から人気を博している彼女と会話を交わせる機会はこれで最後だろう。


 だって俺、高校に入学してまともに話した人いない当然友達もいない。桝井だってそんな人間と関わりたくないと思うんだよ。俺は彼女に背を向けて歩き出した。


「――待ってください」


 しかし動きが止められた。右腕を力強く掴まれたのだ。その相手はもちろん、


「……どうしたのかな桝井さん」


「勝手に話を終わらせないでください。まだ私はあなたの名前も聞いてないです」


「俺の名前なんか聞いても得することないよ?」


「あります。私はあなたと仲良くしたいからです」


「……いやいやいや」


 意味の分からない言葉が飛び出し、混乱した。俺と関わりたいだと? 何の長所もないこの俺と?


「それにまだ恩を返せていません」


「お礼は受け取ったけど?」


「言葉だけでは足りません。何か具体的な行動で示したいです」


「……そう言われましても」


「それとも私と仲良くするのは嫌、ですか?」


「……うっ」


 腕を掴みながら上目遣いで瞳を揺らす。涙は女の武器というが確かにそうかもしれない。自分のことで泣かせている罪悪感が自然と否定を口にした。


「別にそうではないけど」


「では、手始めに名前を教えてください。それから趣味や好きなことなど、あとは休みの日に何をしているかを教えていただければ嬉しいです」


「……」


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


 合コンかよっ、とツッコミたくなった。もちろん行ったことはないがこんな感じなのだろう。高嶺の花に興味を持たれるのは嫌ではないが、答えても面白くない解答が待っているだけなんだけど。


「……名前は池嶋いけしま祐也ゆうやだ」


「なるほど、池島さんですね。しっかり覚えました」


「趣味は料理かな。得意なのはオムライスとかハンバーグとか、まあ俺の好きな物だけど」


「ほうほう。池嶋さんは料理ができると」


 凄く勤勉に俺の情報を手帳にメモしている。その意図はもしかして仲良くしたいから俺のことを知りたい、的な感じなのかな。全く気持ちが分からない。うーん、助けたから恩返しをしたいのは百歩譲って分かるとしても普通は関係をそこで終わらせたい筈だろう。


 しかし桝井は俺と友達として仲良くしたいと言っている。謎だ、謎すぎる。ちょっと助けただけで好感度が上がったのか? それとも仲良くしたいと思わせる他の何かがあったのか?


「休みの日は大体寝てる。料理してご飯食べて課題して寝る。友達もいないのでやることないんだよね」


「ということは付き合っている異性などもいないのですか?」


「……あぁ、いないよ。悲しいけどね」


 非情な現実を再確認させられた。桝井はなぜかその返答に顔を綻ばせているが。なんだろう、もしかして嘲笑しているのだろうか。いや、それはないか。


「……なるほどですね。ほんの少しですが池嶋さんのことを知ることができました。ありがとうございます」


「どういたしまして。で、そろそろ学校向かっていい? このままだと遅刻するんだけど」


「そうですね。では一緒に行きますか」


「ごめん、それは勘弁して」


 一緒に登校するなんて絶対に目立つし、もしかして俺が彼氏? なんていう噂も立てられる。そして桝井に対して『あの男が彼氏? 釣り合ってないじゃん~!』と鼻で嗤われるのがオチ。彼女に迷惑も掛かるしそれだけは申し訳ない、無理だ。


「……でしたら、せめて連絡先の交換だけでもお願いします」


「なんで?」


「それはもうすぐゴールデンウィークだからですよ。その期間、高校がないので池嶋さんと会えないじゃないですか」


「会うつもりなの?」


「もちろんです。一緒にどこか遊びに行きたいと画策しています」


「……はぁ」


 つまりそれはデートでは、と口に出すのは自信過剰な気がしたのでぐっと呑み込んだ。


「スマホ出してください」


 俺は桝井に言われた通りにスマホを取り出し連絡先を交換する。家族以外だと初めての友達だ。ちなみに彼女のアイコンは白いモコモコの犬だった。


「……ふふ、これでいつでも連絡が取れますね」


「なんか嬉しそうだな」


「はい、人生で一番嬉しいと言っても過言じゃないです!」


 人生で一番嬉しいは過言だろ。もっと楽しいことや嬉しいことがあった筈だ。しかし彼女の満面の笑みを見るとそれが真実であることを理解させられた。

 

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