2.父親の背中はヒロシ。想像の五倍ヒロシ。

「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー、あ~~~~~~~~~~~~~!!!おんもしれえこと、おっきねぇんかんなああああああ!!!!こうも退屈じゃあよぉ、俺ちゃんの高潔な脳にぃ、カァビが生えちまあう、ぜえ~~~~~~~~~えんえんえんよいさっさっ、とお。」

ああんむっ

むぐむぐ

二リットルティラミスを箱のまま、スプーンで一口、ぱくり。


場所は東京八王子。

三階建ての小さな雑居ビル。その三階のドアに、

『サカツキ汚仕事本舗♡○○○ー〇〇〇ー✕✕✕✕ー△△△△』

部屋の中生ゴミ、燃やせるゴミ、燃やせないゴミ、粗大ゴミ、札束、死体だらけ。

その中で一際大きなデスクにふんぞり返る男と、せっせとゴミを片付ける女の姿が。


皆さんこんにちは!吉原ヒナです!

前の会社を三日で円満に退職して、このサカツキ社長の下で再就職しました!待遇もバッチリ!

お仕事は社長の友だち、ソートさんが電話越しに色々教えてくれました!


「じゃあそれ着て持って、サカについていってね。」

「はあ、これですか?オシャレじゃないですけど。」

ソートの指示通りに大きいコインロッカーを開けると、宇宙服を薄くしたような変てこなスーツと、道具箱と、掃除道具?


「ふいぃーっ、仕事したあ。お疲れちゃあん、俺ちゃあん。」

とあるビルディング、凄惨な現場。そこら中穴だらけ、窓は全壊、それと吹き飛んだ人間だったものの数々。

「もおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!掃除ってぇ、こーれのことですかああああぁぁぁぁぁ???!!!」

叫びつつも折り畳みモップで血の跡やら何やらをゴシゴシする。

「そうそう、しっかり拭き取ってね。あ、死体はもういいから、袋に詰めちゃって。」

「うぅぅ~~~、ぬるぬる、いやあぁ、もう…」

人間だったものを片端から拾ってきて袋に入れ、ギュッと縛る。

「そこに置いとけばいいから。後で業者が来て持っていって、良い肥料になるみたいよ、郊外じゃあ。」

「えっへえぇ、悪い人にも使い道があるんですねぇ。」

「おーいおいおいおよよ、くっちゃべってねえでさっさとしろまいけえ。ファックがきちまうだろぉがあ。」

「ファック?何ですか?」

「それじゃ伝わるわけないでしょ。Tokyo東京 Peace治安 Security維持 Force機構, Assault特攻 Courageous勇壮 Kickers部隊。だいたい『治安』とか皆んな呼んでるけどね。」

「ああん?下から頭文字取ったらファックだろうがよお。あいつらにゃーお似合いだぜえ。」

「でも勇壮の人たちなんて滅多に出てこないけどね。大体は普通の警官と変わらない人が来るよ。さあさあヒナさん急いで急いで。死体だけでも片付けちゃって。」

「はいはいはい、はぁーーーーーーーい!!!もう!!!」

ひょいひょいっと、つまんでは袋に入れていく。


大体の肉片を袋詰めにしたころ、

ブロオオオオオオオオオ、キキィーーーッ

バタバタバタバタバタ

ガスマスクをつけた全身黒ずくめの男たちが何人も入ってきた。手際良く、血痕を拭き取り、消毒して、袋を持っていく。

「え?!え?!誰、この人たちぃ???!!!てか、それ、私の仕事ぉ!!!」

「いーよいーよ、その人たちが業者だから。普段は全部任せてるんだけどね、料金ぼられちゃうから。後片づけだけってことにしとけばお得だからね。」


てきぱきてきぱき、

バタバタバタバタバタ

バタン、ブロオオオオオオオオオ

あっという間に帰っていった。

何ということでしょう。死体も血痕もさっぱりきれいに。凄惨な現場は、ただ穴だらけで瓦礫まみれで窓が全壊しただけのオフィスへと変貌しました。

「穴とかはそのまま、なんですね?」

「あの人たち、人が死んだ形跡だけを消すプロだからね。それ以外はそのまんまだよ。」

「でもいつもこれだけ壊してたら、それだけで社長って分かりません?」

「そーなんだよねぇ、サカって良くも悪くも派手だから…色々証拠消してるけど、指名手配されるのも時間の問題だよねぇ。あ、こないだの停電も僕がやったんだよ。あの会社、オートロックとか防犯カメラとか、小賢しくそこそこあったからね。」

「あぁそれで!社長がやったっていってましたけど、あの頭じゃできそうにないって、思ってたんですよぉ!!!」

「言うねぇ。それでヒナさん、さっさと逃げないと。サカの代わりに捕まっちゃうよ?道具は元のロッカーに入れておいてね。」

サカはいつの間にかいなくなっていた。

「えぇ?!社長ひどぉーーーーい!!!!退勤するなら一声かけてくれればいいのにぃぃぃ!!!!捕まるの嫌ですぅ!!!人殺しなんてしてないのに、それにお給料もまだもらってない、のにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

バヒュゥン

自慢の足腰を活かして現場から消え去る。


そして場面は最初に戻る。


「えぇ~?社長ぉ、昨日暴れたばっかりじゃないですかぁ。それに御社の、あいやもう違うか、元御社の先輩たちで稼いだお金も、いっぱいあるでしょお?」

「そうそう、僕も色々買えたしね、これだってそう。」

ヒィーーーーーー

部屋の中を小さなドローンが飛び回る。

「今までスマホ越しで不便も不便だったからね。これでもっと色々できるよ。」

ヒュンヒュンヒューーーン

「ソートさん楽しそう、良かったですねぇ。」

「はあん、クソニートにゃあ過ぎたおもちゃだぜい。ほれえ、女湯でも覗いてこれい。」

「あのねえ、この小さな身体にどれだけ機能を詰め込んだと思ってるの?機動性と両立させるの、どれだけ大変だったか、知らないの?」

「しっっっるぅわけぇ、ないぬぅぇえええええ???せいぜいそんな羽虫でマスかいてろぉい、ボケがあ。」

ピピッ

プシューーー

「あ???!!!げぇっ!!!っあっっっにすんだあ、ごらああああああああ!!!!!」

「あ痛い???!!!目、いたあい!!!!!ちょっとちょっと、私にもかかってる、かかっちゃってますうううううう!!!!なにこれえええええええ???!!!!」

「カプサイシンMAXの催涙スプレーだよ。暴れん坊にはちょうどいいでしょ?ほら、辛いでしょ???」

サカは目を見開き、

「ちぃぃぃっっっげえええええええよおおおおおおお!!!!!ティィィラミスにぃ、かかったじゃねえええええええかあああああああああああ!!!!!!んやろぉ、ぶっちおとしてやらああああああああああああ!!!!!」

ティラミスにほんのり赤い層ができていた。

「うっわ。きかないのマジか。とんだバケモンじゃん。」

「げほっごほっ、もう、二人ともぉ!!!やめてくださいよおおおぉぉぉ!!!換気、換気しますからねええええ!!!!」


もわぁ~ん

部屋から赤い毒気も失せたころ。

「あばぁーーーーーー暇だぁ。たかが数十万ぽっちのやつじゃあ、俺のバットも俺のバット?も、やる気だしゃあしねえぜえぇ、なぁ?」

顔を下に向けながら呟く。

「暇なら掃除してくださいよぉ。こんなに散らかってたら、他の階の人に怒られちゃいますよぉ。こらーって。」

死体の腕をぶらぶら振る。

「あー大丈夫大丈夫、このビル全部サカのだから。」

「そーそー、何してもええのんよぉ。」

「あ、そうなんですか?やっぱ儲かるんですねぇ、この仕事!!!」

「いや?元の持ち主をサカが殺っちゃったから、勝手に使ってるだけだよ。そんな物件がいくつもあるんだ。こんな仕事してるから、アジトはいっぱいあった方が都合がいいけど。」

「むしろぉ、『お、ここ雰囲気良いな、住みてえー』って思ったとこの近くでえ、ちょーーーどいい悪いの探してぶっ飛ばして、家ぶんどってるって感じだぜえ。俺の方が有意義に使ってやれるからなあ。」

「えぇー、たちの悪いジャイアンみたい。」

「いくら悪人相手とはいえ、人として終わってるよねぇ。」

「うるっっっっっっっっっせええええええええええあああああああああああああああ!!!!!!!!俺に食わせてもらってる、ぶんっ、ざいっ、でえええええええええええええええええ!!!!!!!!仕事、仕事しごとしごとぉ、なんっかぁ、さがっしてっ、こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああいいいいいい!!!!!」

「ひええええぇぇぇぇ!!!私、まだ食わせてもらってないんですけどぉぉぉ!!!」

「女の情緒不安は可愛げがあるけど、男のそれは恐怖しかないね。近寄らんとこ。」


ピピッ

「ん?…おお、あはあ、ちょうどいいじゃあん。サカ、テレビ見てみてよ。」

はあー、はあー

「あん?テレビだぁ?おいヒナ、スマホでテレビってどうやって見んだあ?」

「もぉー、おじいちゃんですかぁ?今いくつなんですか?」

「二十七だあよ。」

「え、うっそおおおおおおおおおお???!!!七つも上えええええ???!!!見えなぁーーーーーーい!!!!なんなら高校生に見えちゃうぅぅぅぅぅ!!!!!

「おいおい、そんなかあ?照れちゃうぜい。」

「いちゃついてないでさっさとして。そのアプリ開けばすぐだから。」

「でも二十七歳にもなってそんな感じなのってイタイですよね。あ、テレビ映りましたよ!!!」

「聞こえてんぞ?クソアマ。」


『繰り返し、臨時ニュースをお伝えしまあああああす!!!東京郊外の、えー、日々阿呆独身でいだらぼっち駅で、駅が、『日本大賢者党』を名乗る者たち五名に、不法占拠されましたああああああああ!!!!それと、えーと、ちょうど遠足中のクソガキ、違う小学生様たちが十数人、人質になってるみたいどぅええええええええええええすううううううううううう!!!!!!ひょおおおおおおおおおおおあああああ!!!!メシウマだぜええええええええええええええええええ!!!!!!!!!

(ドタドタドタ…ちょっとあんた、何言ってんの!)

ああ?何だよお前らぁ!!!俺の言論の自由を侵害する気かよおおおおおおおお???!!!!させっかよおぉ、禁止用語いいいーーーーーーっぱいい言っちゃうもんねえええええ!!!!うんこ!!!!!しっこ!!!!!おちんちん!!!!堕胎、』

『しばらくお待ちください。』


「日本大賢者党ですってぇ。知ってます?」

「知るわっきゃない。国民一斉にマスでもかくんかあ?しっかし、不法占拠、ねえ。悪い匂いが、プンプン、するぜえ…?」

サカの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。


パッ

中継映像に切り替わった。

屋外の駅。電車が一台止まっており、周囲は野次馬でごった返している。

目出し帽を被ってスーツに肩パッドをつけた男が複数人、銃を持っている。

一際大柄な男が野次馬の前に立つ。

「お前らあああああああああああ!!!!!近寄るんじゃあ、ねええええええええええええええええ!!!!!!子供たちがぁ、怖がるだろうがああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「さすがっすアニキィ!!!自分が怖がらせているとは微塵も思わない、その傲慢さにしびれるうううううぅぅぅぅ!!!!」

電車の中に子供たちがいて、怯えた様子で縮こまっているのが見える。

「俺たちの要求はぁ、この大納言醍醐範だいなごんだいごはんをぉ、総理大臣にすることおおおおおおおお!!!!!俺がこの世を、日本をぉ、変えるのでぃりゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!アニキィィィイイイイイイイ!!!!!!!決まったああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!名前がダッセえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

野次馬が騒ぎ出す。

「何だあいつは?!名前がダサいぞ?!」

「総理大臣なんて、何を考えてるんだ!名前がダサい!」

「子供たちはどうなるんだ!名前がダサいの!」

「ダサくない!!!だ、い、な、ご、ん、だ、い、ご、は、ん!!!!!俺はこんな特徴的な名前をつけてくれた親に、感謝しているうううううううぅぅぅぅぅ!!!!」

「さっすがアニキィィィ!!!!!絶対酔ったノリでつけた名前に違いないのに、それで親を恨まない鈍感さに憧れるうううううううううう!!!!!」

「ふざけんのもいい加減にしろー!!!お前が総理大臣になったところで、どうするんだぁー?!」

「お、いい野次が飛んできたな?そう!俺が総理大臣になった暁にはぁ、」

「にはぁ?」

「にはぁ?」

すうっ

「水曜日を休みに、週休三日にするううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「「「「「いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっゆぅぅぅぇぇぇえええあああああっっっっっっっふぅぅぅおおおおおっっっっっっっっふぅああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

「ぃぃぃやっっったっ、ずぅぅぅええええええええええええええええ!!!!!しゅう、みぃっ、かあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「働くの四日ぁ、休むの三日ぁ、ちょ~~~~~~~~~お、バランスぃぃいいいいいいいえええええええああああああ!!!!!」

「しかもぉ、水曜ってのがぁたまんねぇ、昨日か明日は、常に休みぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!効率アップゥ、間違いなっしぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」

野次馬たちはブチ上がり、熱狂のフロアと化した。

「どいてどいて、ほらどいて!警察、警察です、ほらどけって、警察だって、言っっってんだろおがああああああ!!!」

「っっっっっせええええええよおおおおおおおおおお!!!!クッッッソプォリ公がああああああああ!!!!!」

「俺たちはなぁ!!!新時代の首相の誕生をぉ祝ってんだあよおおおおおおおおお!!!!!邪魔すんじゃねええええええええええ!!!!!!!!」

「うるっせえええええええええ!!!!ただの馬鹿だろおおおがああああああああああああ!!!!!!!おい、お前かぁ!!!こんなふざけたことしてんのはああああああ!!!!ふざけんのは名前だけにしとけやああああああ!!!!!」

「ほう、警察さんか。ちょうどいい、ここで公務員に対するマニフェストも宣言しておくかぁ。」

「な、なに?」

「何だ?」

「名前ダサいのに?」

すうっ

「公務員の人員と給料を二倍にするううううううううううう!!!!!!!その中でも特に、警察さんは大変だから、給料三っばっいっだあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

「大納言首相ばぁぁぁああああああんんんんんっっっっっっずぅぅぅううううううあああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

「おいあんたぁ!!!逮捕しにきたんじゃねぇのかよおおお!!!!涙まで流しやがってぇ!!!!!ちゃんと仕事しやがれえええええ!!!!!税金泥棒がああああああ!!!!!!!」

「rrrrrrrrrrrrっっっっっっっっっっっっっっっすぅぅぅううううううううううううううううええええええええええええああああああああああああああああ!!!!!!!!!!があああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!てめぇらっ、俺ら警察が、どんっなっ思いで、仕事してっかぁ、しらねぇだろおおおおおおがああああああああああああ!!!!!!!毎日毎日ぃ、暑い日も寒い日も重装備で立ち尽くしてぇ、ちょっとコンビニで休憩しようもんならぁ、『警察の怠慢』『周囲を怖がらせる』って匿名で叩くんだろおおおおおおおがあああああああああああああああ!!!!!!それにくだらんことでうじうじうじうじ通報なんてしやがってえええええええええ!!!!!『夜の散歩が怖いんですぅ、ついてきてくださぁい』って、舐めてんのかああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!こえぇぇぇぬぅうあああるぅぅぅううううあああああああっ、そっとっ、どぅぅぅううううぇぇぇえええんじゅぅぅぅぁぁぁあああああああぬぅぅぅううううううええええええええええええあああああああああああ!!!!!!!!!んでぇ、それでぇ、遅くまで仕事してぇ、やっっっと!の思いで、家に帰ったら、帰ったら、なあああああああ?????」

ぽわんぽわんぽわわ~~~ん

回想に入る。


**********

「た、ただいま。」

「…」

妻はそっぽを向いたまま、こちらを振り向こうともしない。

「優斗は?もう、寝たか?」

「寝たよ、とっくに。」

「そ、そうか。大変だったな。」

「大変って、何?何が?」

「いや、ほら、何というか…」

はあー

長い溜息。

「何も知らないよね。夜泣きがひどいのも。好き嫌いが多くて、ご飯のときは毎回泣いて暴れて大変なのも。」

「そう、か。いや、ごめん。大変、いや、苦労させるな。」

はあ

「昇進は?そろそろなんでしょ?」

「あ、いや、そうなんだけど、思ったより上が詰まってて、もうそろそろ、試験受けられそうなんだけど、もうちょっとかかる、うん、かかるかも…」

無言の視線が刺さる。

「でもほら、同期では結構早いから!こないだ家に来た堀田なんて、もうぜぇんぜん、受けれそうにないって!全く何してるんだか、なぁ!」

はぁ

「これから幼稚園探して、それから小学校、中学校まで、どんどんお金かかるんだから。ちゃんとしてよね。」

「う、うん、しっかりするから、頑張るから、大丈夫。」

「大丈夫…?」

はっ

「ご飯、チンして勝手に食べて。食器ちゃんと洗って拭いてよね。最近濡れたまま放置してるの、嫌だったから。」

「そうか、ありがとう。ちゃんと拭いたつもりだったんだけどな、はは。」

「それと、テレビ見るのも止めて。シャワーも静かにして。結構音聞こえるから。優斗が起きちゃう。」

「はは、いやぁそうだったか。うるさかったか、いやぁ。」

「私、もう寝るから。」

スタスタスタ

自分の横を通り過ぎる。一瞥もくれることなく。

スタスタ…

「いい父親になるって言ったよね?嘘じゃないよね?」

背中から声が滲んでくる。

「それは、もちろん、嘘じゃない、絶対。」

「…どうだか。」


キィ

バタン


リビングに一人、取り残された。


チッ、チッ


秒針が時を刻む。

明日も仕事があるんだ。急がなきゃ、動かなきゃ。


チッ、チッ


俺は大黒柱なんだ。頑張らなきゃ、頑張らなきゃ。


チッ、チッ


愛する妻も子供もいる。そのためなら、何でもできる。


チッ、チッ


できる、はずなのに。


チッ、チッ


動かなきゃいけないのに、身体に力が入らない。力が残っていない。

俺は今、どうやって立ってる?


チッ、チッ

チッ、チッ

チッ、チッ


妻と子供の顔が浮かんでは消えていく。

やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ。


動き出す。

疲れているのか、引きずるように歩くことしかできない。

冷蔵庫を開けようと、扉に手をかける。


タン

冷蔵庫に拳を押し付け、項垂れる。

「……………なぁ。美香ぁ、優斗ぉ、父ちゃん、頑張るからぁ、幸せにして、やるからぁ、だからぁ、あぁ……………」

言葉が続かない。


チッ、チッ、チッ


秒針は時を刻む。残酷に、虚しく。

**********


ひっく、ひっく

グスッ、グスッ

うぅっ、ずびっ、ずびっ

ふぇっ、ふぇっ、はぁっくしょーーーい、ぶぁぁぁっくしょぉぉぉーーーい

野次馬にもらい泣きの輪が広がる。

「あんた、大変だったんだなぁ。分かる、分かるよぉ。俺にも家族がいるからぁ。つらいよなぁ、父親ってぇ。」

「うんうん、誰も分かってくれねえよなあ!!!自分の時間も部屋も無いのに、毎日朝早くから夜まで働いてさあ!!!それで家にいたら家のこともやれって、無理に決まってんだよなあ!!!俺らはスーパーマンじゃあねえんだよお!!!」

「でも家族のせいじゃないんだよな。家事って意外と大変だし、子供は一生懸命生きてくれてるだけで十分なんだよな。そこに負担かけたくなくて、一人で抱え込んで、うう、うおおおおおおおおおん!!!!!」

「うぅ、ありがとう皆んなぁ。俺のために泣いてくれてぇ。でもあれ?ただくしゃみしただけのやついなかった?」

「そう俺は、こんな人を救いたいいいいい!!!!!自分を犠牲にして努力する人たちが、それにふさわしいだけの見返りを手にする、そんな社会に、国に、日本に、するっ、のだっっっしゃぁぁぁおおおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

「「「「「「うううおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!大納言首相ぉぉぉぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!びぃぃぃぃぃぃいいいいいああああああああんんんっ、じぃぃぃぃぃぃぇぇぇぇぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!日本大賢者党ぉぉぉおおおおおお、ぶぅぅぅぅぅううううううううああああああああああああんんんっじゅぅぅぅあああああああああいいいいいやいやいやいやいやいやいやいやいいいいいいいい!!!!!!!!!」」」」」

野次馬は信者となり、大きな円を作った。


「いいなぁ、週休三日、いいなぁ!!!給料三倍、いいいーーーーなああああああ!!!!ねぇ社長!!!このご飯くん、良いこと言ってますよぉ!!!」

「へーいへい。それでえ?ソートォ、こいつら、いくらになってるかあ?」

「なかなかすごいよ。どんどん値上がりしている。わ、もう三千万円超えたよ。」

「えぇ???!!!三千万???!!!すんごいぃぃぃ!!!社長ぉ!週休三日よりもお金ですぅ!!!!さっさとぶっ飛ばしちゃいましょうよお!!!!」

「待て待て素人があ、早い段階で食いつくのは三流も四流よお。上りどき、いっっっちばあん、熱いときぃ、それを待つんだよお。」

値段はどんどん上がる。

¥40,000,000

¥50,000,000…

「調べてみたけど、人質の小学生たち、いいとこの坊ちゃんみたいだね。聖マヌカハニー学園、親はみーんな官僚とか議員、会社の役員とかだよ。多分親たちが値段上げてるんだ。誰でもいいからさっさと、我が子を救えってさ。」

「いいねぇ、人と人の醜いところが沸々と煮えたぎって集まってきやがる。」

¥60,000,000

¥70,000,000…

にっっっいぃぃぃ

「何も考えず都合のいいことばかり並べる政治家気取りの偽善者ぁ、甘い言葉に騙されて足並みを変えまくる無知蒙昧の民ぃ、金で何でも解決できると信じ込んでる亡者ぁ、それとぉ、最後は親が何とかするっつー考えが抜けなぁい、蒙古斑の残った猿ガキィ…」

¥80,000,000

¥90,000,000

「踊れや踊れえダボハゼどもぉ、お前らの勘違いぃ、ずぅえーーーんぶぅ、最後に俺ちゃんがぁ、ぱっくり☆いただいちゃるから、よおおおおおおおお???!!!」


¥100,000,000


ドドドドドドドドド

ビルを勢いよく駆け降りる。

「ぃぃぃいいいいいいーーーーーーっっっしゃあああああああああああ!!!!!!!!来たぜ来たぜ来たぜえええええええ!!!!!ひんさしぶりぃの、超超ちょ~~~~~~~~~お、ビッッッッッッグゥゥゥ、ウエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエブゥゥゥウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!これを逃す手はあるだろうかぁ???!!!いやいや、ありませぬぞおおおおおおあああああああああ!!!!!!」

「行きましょおおおおおお社長おおおおおおおお!!!!!!ボーナスアップ、ボーナッスアップゥゥゥーーーーー!!!!キャアーーーーー!!!!」

「はいはい、ハイになる前に。場所は遠いよ。急いで車で行かないと、治安に先を越されちゃうよ。」

「チッチッチッ、俺ちゃんを見くびってもらっちゃあ困るぜい。ちゃあんと足は、あるんだから、よおっ!!!!これだああああああ!!!!!」

ババーーーーン

やけに車高の低い、真っ赤なスポーツがそこに。

「きゃあーーー!!!くわぁぁぁっっっこっ、いいいいいいぃぃぃぃ!!!!!さあっすがシャッチョォ、色男おおおおぉぉぉぉーーーーー!!!!!」

「ぎぃぃぃっっっはっはっはっはああああああああ!!!!いぃーーーだろぉ、これえええええ!!!!こないだぶっ飛ばしたやつがたんまたんまぁ持ってたから、もらってやったぜええええええ!!!!!」

「あ、社長のセンスじゃないんだ。それもそっか。」

「ごちゃごちゃうるっせええええええああああああ!!!!!乗れえええ!!!!!」


「中は結構狭いんですねぇ、んしょ、んしょ!」

「てかサカって、運転できたっけ。怖いから窓開けとくね。逃げれるように。」

ドローンからアームが伸びて窓開閉スイッチを押す。そんなことできたんだ。

「んよっしゃあああああああ!!!!!!!シートベルト締めろよおおおお!!!!交通規則ガン無視ツアーーーアアアーーーーーアアアアアアア!!!!!行くぜええええええええええ!!!!!」

「おおおーーーー!!!」


勢いよくエンジンをかける!

キンッ

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


真っ赤な光、弾ける閃光

爆炎、爆音と共に、車が大破した。

ドオオオン

ガラガラッ

パチパチパチッ

ドオン

横転して燃え盛る車は連鎖して爆発が起こり、黒煙が絶えない。


「いやさあ?事故るとは思ってたけど、最初からこんなこと、あるう…?サカはともかく、ヒナさんは…死んだだろうな…南無…」


えーん

えーんえーん

近くの瓦礫から、誰かの声がする。泣いてる?

「え、嘘?!」


「えぇ~~~ん、社長のばっかああああああ~~~~~~なああああんでぇ、爆発するのおぉ~~~~~髪の毛がぁ、チリチリにぃ、なっちゃったぁ~~~~~~」

泣きじゃくるヒナがいた。

ほっ

「生きてたんだ、良かったよ。」

「よくないですよぉ~~~~~~~せっかく東京にくるのに、パーマァ、かけてきたのにぃ~~~~~~~髪の毛ぇ、大事にしてたのにぃ~~~~~襟足が、ダメージ加工に、なっちゃったぁ~~~~~~」

「その程度のダメージで済んでるのが驚きだよ…展開上仕方ないかもだけど、都合が良過ぎない?で、あれ、サカは?」

「じらないでずぅ~~~~あ~~~~~」

「ったくよぉ、毛先だけでピーピーピーうるせぇやろうだあよ。これだから女は頼りねえし頼りがいもねえんだよなあ。」

サカが普通に立って歩いてきた。服がちょっと焦げたくらいで、何のダメージも無さそうだ。

「今時そんなこと言ったら方々から叩かれるよ。とにかく、無事でよかった。」

「はあーあ、なんでい、あの車ぁ、ちょっとガソリンが無えからって、ニトロと灯油と軽油、それからみりんと砂糖と酒と醤油にだしをちょっと入れてじっくりことこと煮込んだだけだってえのによお。死にかけのセミみてえに軟弱な車だぜい。」

「肉じゃがでも作るんですかあ~~~~今度作ってください~~~~~~」

「誰が作ってやるかああああ!!!!!ママから一子相伝で受け継いだレシピを、にゃあーーーーんで見ず知らずのおみゃあーーーーに作ってやらにゃあ、いけないんでぇいいいいいい!!!!!帰れ帰れ!!!一昨日きやがれいいい!!!!!」

「ヒグッ、ヒック…私社員ですからぁ、見ず知らずじゃないでぇーーーす。」

「まぁまぁ、ヒナさんも泣き止んで?それでサカ、どうすんの?早くしないと間に合わないよ?諦める?」

「馬鹿がよお、俺がこんの程度諦めるわきゃねえだろ?代わりがあらぁなぁ!!!!待ってろいぃ!!!」

スタコラサッサー

ビルの一階に入っていった。

「何が出てくると思う?僕自転車。」

「私、ボブスレーで。」

「うん、車輪ついてなかったらさすがに縁切るかな。」


グォォォォォン

ブシュゥゥゥゥゥ


ダッダッダッダッダッダッ


「お?エンジン音がしません?一応車みたいですね。」

「…嫌な予感がするから、玄関の前、空けておこっか。」


ダダダダダダダダダダダダダダダ

ババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ


「なんか音、おかしくない?」

「すっごいうるさいですぅ!」


「ィィィイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッハアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

ズドッガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

何かが入り口を破壊して飛び出てきた!


ズッガアアアアアアン!

ギイイイイイイイ…

ズ、ズズン

ドッドッドッドッドッドッドッ


勢いそのままスポーツカーの亡骸を吹き飛ばし、車輪を上げながら方向転換してきて、目の前に根を下ろしたそれは、鋼鉄の、化け物のごとし。

人の胴の太さはあろうかという車輪が二つ。

轟音を吐く灼熱のエンジン。

生き物さながらに煙を吹くマフラー。

赤く輝く装飾の数々。

その車体は見るものを釘付けにする。


「どうよぉ、俺ちゃんがいつの日か改造してすっかり忘れてたぁ、『デストロイ☆マスタング号』はぁ!!!!!いい味してんだろおおお???!!!」

「これは…バイクか。よくもまあこんなに刺々しくしたもんだ。」

「おっきーーーい!!!かっこいぃーーーーーーい!!!ですます号、くぅわっっっこぉぃいいいいいーーーー!!!!!」

「そこで略すんじゃねええええええ!!!ミョーにダサくなんじゃねえかあああ!!!!やめれい!!!!!」

「とにかく、これで行くんだね?ガソリンは大丈夫?変なの入れてない?」

「まぁまぁご託はいいぜぇ、さっさと行くぞおおおらあああああああああああああ!!!!!!」


ブゥブゥブゥブゥブゥブゥン!


「待って!待って!私、どこに乗るんですか?シート、社長の分しかなくないですかぁ?!」

「ああ、お前か。お前はなぁ…こーこ♡」

バイクの左を指す。

「?もう一台バイクあるんですか?でも私、運転できな…」


ボロォーーーン


左には、

ボロッボロのサイドカーが、ぐっちゃぐっちゃの強引に取り付けられていた。というか貼ってあった。ガムテープで。


こ、こ♡


「しぃぬぅぅぅううううううううう!!!!!!むぅーーーりむりむりむりむりムリ無理!!!!!絶対!!!ずぅえぇぇぇっっっつっっっぁぁぁいぃ、すぃぃぃいんじゃぁいますっ、っっってえええええええええええええええええ!!!!!!」

「ぃぃぃいいいーーーーーやいけるね!!!!!スリーエムの接着剤も三本使ってくっつけたんだぁ!!!天地に誓って大丈ヴイ!!!!それに俺はお前のぉ、ご都合主義ポテンシャルを信じてるぜえ、な☆」

「そんなぁぁぁああああああ!!!!!」

よいしょ、よいしょ

「限度がありますってええええええ!!!!!」

カチャカチャ

「もおおおおおおお!!!!!」

ベルトビシーーー!

「そう言いつつ乗るんだ、ちゃんと。まぁあの爆発耐えたんなら大丈夫でしょ。」


バババババババババババババババババババババ


「っっっしゃああああああ!!!!!行くぜイクぜ逝くぜえええええええええええああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「うるっさ!!!エンジンうるっさぁ!!!それに、顔の横熱っっっつぅぅぅぃぃぃいいい!!!!あと、げほごほ、煙も、直でかかるぅぅぅ!!!」

「エンジンかかってるし、変なのは入れてないみたい、安心したよ。」

「俺ちゃんを舐めんなあ???まぁでも、」

ポチ

ガッシャコン

「ニトロモードは、あるけどなぁ???」

「は?」

「はえ?」

ポチ


ドッッッッッッッッッッッッッッッボオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

瞬間、とんでもない爆風が道路の舗装を全てひっぺがし、バイクが、姿を消した。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「ひぃぃぃいいいいいいいあああっっっっっふうううううううおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!!!これぇよ、これええええ!!!!!!やんっぱぁのりもんはぁ、風になぁるがぁ、ぃぃぃいいいいっっっっちぃいいいいいぶぁぁぁああああああんどぅぅぅぁぁぁぜぇぇぇええええええええええええああああああああああああああああっっっっっっっはああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「ぅげええええええええええええ!!!!!しゃちょっ、これぇっ、ぐらついてますうううううう!!!!超超ちょーーーーーうぅ、ぐらついちゃってますううううううううううう!!!!手で押さえてるからぁぁぁあああああああ!!!!!!!なんとかなってますけどおおおおおおおおお!!!!!!これえええええええ!!!!!!!剝がれちゃいますうううううううう!!!!!!ホントにしぬううううううううううううううう!!!!!!!!!!!」

「押さえてなんとかなってるの異次元だなぁ。もうそういう星の下なんだよ、諦めて。」


赤いバイクに不格好なサイドカー。

弾丸のように八王子を翔けるそれは、誰の目にも止まらぬうちに郊外の彼方目がけて消えていった。

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ビバ!マイ・ジャスティス @kamulo

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