第17話 心失くして踊り食い

色欲の力なのか…街中に原型を無くして蠢く肉塊達によって埋め尽くされる…


「さぁ…私の子達…行きなさい!」


魔力で浮き上がり、こちらを見下ろすマリネアが

氷の魔術を乱れ撃つ…それと同時に肉塊達も

魔術を放つ…狙いも精確で、本人が全て操っているようだ…


「こいつらは…一体何なの…!?」



「これは…魂こそ無いがマリネア自身だニャ…!

新しく産まれるとはこういうことか…!」


「…複製の失敗作を操っているのか…!」



セドナ達が波の様に押し寄せる大量の肉塊を氷漬け

にして侵攻を食い止め、キーケは氷の結界で魔術を防ぐ。煉は涼しい顔で魔術を受け止め、反撃の炎で

蹂躙する。しかし、いくら消しても湧き出てくる

マリネアの分体と本体の洗練された魔術によって

テトを護るキーケとセドナが消耗してきている。


「くっ…未だに腕は衰えていないみたいね…!」


(…あの人はセドナの親だから殺すべきではないか…全く…面倒で腹が立つ…こっちは早く帰って

飯が食いたいのによ!)


「どうして!どうして私の在り方を否定するの!

同じ大罪を宿すなら…欲望を抑圧されるのがどれだけ苦痛に満ちた物なのか!分かっているでしょう!

無欲な人間達は家畜の様に苦しむ事無くのうのうと生きて!私達だけを抑えつける!何でよ!?

それを知っていながらなんで否定できるの!?」


「知っているからこそ!それが歪みだと分かったんだよ!有りもしない感情に支配されて自分自身が

歪んでいくなんか要らないんだ!」


「……もういいわ…言葉で分からないなら…力で

分からせるしか無いようね!使いたくは…

無かったけど…!」


マリネアが力を解放し、魔力の陣を展開する。

それと同時に辺りが赤く照らされ、全員の欲望が

疼く…


「ううっ…!?こ、これは…急にマタタビが欲しくなってきたニャ…!?」


精神が歪み、止め処の無い感情が狂った様に

溢れ出す。キーケの嫉妬が心に絡まって締め付けて本心を覆い、セドナの憤怒が理性を焼き尽くそうとする。そして煉の飢えた暴食が檻を壊さんばかりに暴れ狂う…


「どう?色欲の誘惑は…抑える事なんて馬鹿らしいでしょう…あなた達の心は欲望に耐える事を苦痛と認めているのよ…!大罪を受け入れれば苦痛などないのよ……!」


独り歩きした感情によって理性が崩され、渇望に

狂わされる。



「グオオオォウゥ…!!!」


「あはは…♪我慢する必要はもうないのよ…

己の欲に従って…!」


煉は飢餓の苦痛が頂点に達し、理性の檻から暴食の怪物が解き放たれる。


「グアァガアアァ…!!!」


「だ、駄目だ…!やめてくれ…母さん…!」

 

「…これが、あなた達の本来の姿なのよ…歪みなど無い真の姿…」


病的な飢えで満たされた龍は欲を解放した自由などない。むしろ飢餓が苦痛と怒りへ変貌して、己の

意志を蝕む苦痛にもがいている…


「さあ…あなたの欲望を見せて…!?」


マリネアは煉の欲望と大罪に触れる…その欲望は

暴食の大罪に起因していない…飢餓の苦痛だけが

大罪の生み出す物だった…そこに解放された欲望は一切無く…ただ病による苦しみからの救いを望む

小さなかすれ声だけが響く。


「な、何で…?何故苦しいの…!?」


苦痛を感じ取り、動揺によって操っていた肉塊達の動きが止まり、煉が大地ごとマリネアの肉塊達を貪る。慟哭する龍の力によって街を覆う程の数がいた肉塊達がみるみると減っていく。だが、飢餓は収まらない。そして遂には肉塊全てが食い尽くされた。獲物がいなくなり、目に

映ったマリネアを喰らおうと飛び掛かる…


「ひ…」


マリネアは逃げながらも魔術を解除する…

皆が平静を取り戻すが、煉が理性を取り戻す様子は無い。マリネアは存在としての死が何故、恐怖の

根源に根付いたのか…それにようやく気付いた。

今までずっと苛まれてきた恐怖はいつも自分に囁いた…自分が消えるのが恐ろしい事だと…だが今はただ目の前の龍を恐れた…大罪の囁く恐怖より、眼前の怪物は己の消失などよりも恐ろしかった…


「止まるんだ!レン!」


キーケとセドナがマリネアの前に立つ…


「グオオウゥ…!!」


煉の心は飢餓を抑えつける苦しみに耐える為か…

身体中を爪で引き裂き、腕に牙を突き立てて

傷だらけになる…しかし、それでも飢餓が皆を獲物と認識させる…


「もう…どうしようもないのか…」


その時…キーケの手から光が溢れ出す…


「こ、これは一体…!?」


「むむ…!?これは…レンの恩寵ニャ!」


「え!?効力は無いんじゃ…」


光が煉に還っていき、傷が修復されていく…


「……あ…す、少し楽になったぞ?一体何が…」


「いやいや、自分で何とかしたんじゃニャいの?」


「そもそも恩寵て何よ…私はそんなの知らんよ…」


「恩寵は神の御業だぞ…無意識にあんなことやったのか…あいつは…」


「…まあ、それはいいとしてだ…ほら!あの人は

どうすんの?連れてくのか?」


「え…?」


「え?じゃないよ、私は腹が減ったんだ…やる事が済んだならちゃっちゃと帰りたいんだよ。まあ…

次、邪魔したら殺すけど…」


唖然としているマリネアは答える…


「…あぁ…何でこんな風になったかな…結局私達は罪の清算をしなきゃならないのね…」


「別に…私達は罪も何も受けちゃいないだろ?

まえ行くって事で決定な?飯を食えば少しは気が

晴れるぞ?ほら!行くぞ!」


「はぁ…」


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