第10話 空腹は最高のスパイス
…………
(…あらら?魔術が来ねぇな…?)
光の内から…力を使い果たした二人が飛行を維持
出来なくなる…
(あ!?危なあああああい!!)
落ちかけた二人をキャッチするが…そのままの
勢いで頭から広場に墜落する…
「あっぶねぇ…全くヒヤヒヤしたわ…ん?」
地面から頭を引っ張り出し、安堵したのも束の間…両者の傷が深い事が見て取れる。特にセドナは
脇腹を貫かれた事で血が溢れ出している…
「ああ…どうしよう…どうしたら…」
「オイ!回復の呪文とか無いのか!?」
「無理よ…回復魔術はあくまで再生を急速に
促進するもの…!今の状態で使ったら体力が
持たずに死んでしまうわ…!」
(えぇ!?えええ!?…待て待て、落ち着け…!
どうすれば…ん?)
凄まじい足音が迫って来ている事に気付く…
(こ、このプレッシャーは!?まさか!)
「ゴルアアアァ!!!今が夜中だと知ってこの私の眠りを妨害したのかテメェらアアアァァ!!」
メーヴルが怒声と共に門を蹴破り、こちらに
向かって来る…
「メーヴルだ!丁度いい所に!」
「朱いの!なんでド派手な花火大会がここで
開かれてんだい!やるのはいいけど夜中だぞ!?
気分良く寝てたってのに…!主催者はどこの
どいつだ!ケツに百発蹴り入れてやるぞ…ん?
ぬあぁっ!?」
傷だらけのセドナにようやく気がつく…
「さっきのどんちゃん騒ぎでセドナが重症なんだ!何か回復出来る能力とかないの!?」
「…全く…何をやったんだか知らないが、そこの
赤髪鳥モドキが原因か…まあいい!これは貸しに
しとくよ!」
メーヴルが空間に穴を開けてそこから何かの結晶を取り出して砕く。淡い赤色の光が放たれ、セドナの傷が塞がっていく…
「なにコレすげー!」
「…古代ランチスに存在した伝説の秘薬…
[エリクサー]だよ…貴重過ぎて使い所に悩んでは
いたが…貴重なんだぞ?」
「女王…!キャメルです…!いるのですか…!?
メーヴル女王…!!」
向こう側から毛むくじゃらになったキャメルが
のそのそと慣れない体で歩いてくる…
「…………あ……?」
どうやらキーケの魔術でキマイラとなった人間を
初めて見るらしい…暫く動きが停止する…
「ギャアアアッ!?キャメルがキモいイヌに!?
なんじゃあこりゃあ!?…」
「私は途中参加した身なんで…詳しい事情は
ワンちゃんになっちゃった人に聞いてもらって…」
─────────
「というのが今回の事件の概要です…」
「キーケが大罪を解放して…住民も本人も
どういう拗らせ方したらそんな考えに辿り着く!?はぁ…!そんで!キーケはどこ行った!?」
「ずっとここにいるけど…」
「………」
「……おい朱いの、まさかと思うけどさ…そこの
羽の嬢ちゃんって…まさかキーケなのかァ!?え!?は!?原型が無い!?あっ…でも顔は
元のまんまだね…」
「…ごめんなさい…メーヴル…私は結局大罪を
抑えられなかった…」
「…悔やんでる暇があったら、こいつらをさっさと治す方法を考えな…」
「…混ぜられちゃった人達はスキルで何とか
戻したり出来ないの?」
「今のこいつらは魂と肉体の繋がりを歪められてる状態を魔力で固定しているのさ。固定された魔力が凝縮されて毒性が強くなり分解が出来ない…」
「なんか難しい話はじまったよ?」
「聞いときな…そもそも全ての生き物は原型となる肉体に形の異なる魂が入り込むことで全く別の生物
として誕生する…それが今の生物学の定説さ。
この事から、私達は魔獣になる為の要素を
持っているということになるのさ。」
(つまり…味噌とか醤油とか豆腐とかにも
原型となる大豆があるという感じに考えれば
いいのか…?)
「しかし…こんなのは前例がない…元々が
混じり合っている
こいつらは元人間だ…」
(つまり…味噌と醤油が混じった様な状態…?)
煉の腹が鳴る…
「こんな時に腹空かしてる場合かい!?
全く…魔力を分解するのが一番早いが…魔力が
強すぎてこいつらの能力では無理だ…!」
(ん…そういえば…セドナが言ってたな…)
[魔力とは…本来毒となるもので…それを分解する
というのは理論上出来るというだけだ!
さすがのお前でも無理だよそんな事…]
「……あのー?もしもし?ちょっと考えが…」
「何だい…あっと驚く治療法でも?」
「私の血を血清にしようと思うんだけどさ。」
「なんだいそりゃあ…自分が魔力を壊せるとでも
思っているのかい?」
「うん、でも効力があるか分かんないからね…
実験体になってくれる人を探したいんだけど…」
「本気で言ってるのかい…?」
「…俺が受けよう…このままの状態が続けば
どうせ死ぬなら…皆が治る可能性が欲しい…!」
「…肉体の状態は私が鑑定で見よう…」
「ありがとう、それじゃあやろうか!」
爪で比較的に防御力の低い胸を少し裂いて
血を出し、キャメルに少しづつ与える…
「うーん…どうだろ…」
「これは…驚いた…魔力による侵食が遅れている…
ただ、分解は出来ないね…一応延命処置としては
機能するけど、アンタの血液も無限じゃないし…
完治には程遠いよ…」
(えー…強めのは無いかな……)
「えーと…お…そうだ。」
突然煉は自分の角を根元からへし折った…
「ぬああぁ!?何してんだお前ェ!?」
「いや…、鹿の角を漢方の薬にしてたって話を
思い出したんでね…龍の角でも出来んじゃない?」
「お、お前正気か!?そんなにさらっと!?」
「まあまあ…落ち着きなよ…」
角をパルメザンチーズの様に削り、ちまちまと
与えて検証する。
「こ、こいつは…!?侵食がみるみる
浄化されてる!?」
「おー…これは希望が見えたんじゃないの〜?」
「ど、どうして…無関係の俺達のために
ここまで…」
「あれ…言ってないっけ…チーズを食いたいって。
あれは人しか持って無さそうなんでね。
治したんだし多少は奢ってよ?……角を削る工程がチーズを細かくしてるみたいで腹減ってきたな…」
「うえぇ…?」
「あ、はいこれ…皆にあげといてね…」
煉は持っている角を半分に折ってからメーヴルに
投げる…
「のあああぁぁぁ!!!こんな貴重なもん
投げんなぁ!!」
「大丈夫だよ…岩盤くらい削れたし、ちょっと
落としたくらいじゃ割れないよ。」
「そっちじゃない…!やっぱり変だコイツ…!」
角の効力もあって、歪められた人々は多少
毛深かったり牙が鋭いままだったりしたものの
元の姿を取り戻していった…
「ふぃ〜…何とかなるもんだね…」
「…角を折ったとは聞いていたが…本当になんで
そんなあっさり折れるんだ…!」
「別にあっても無くても強さは変わんないよ?
人間の髪の毛みたいなもんでしょ…
それに、片方だけ折れてるってのもちょっと
カッコイイ感じがするよ?」
「?????」
「ああ…頭にハテナが…」
「……うぅ…んん?」
「あっ、セドナが起きたよ!」
起き上がったセドナをキーケが抱きしめる…
「…全く、手の掛かる子たちだよ…」
「セドナ…!良かったよぉ…!!」
「私も、お前を正気に戻せて良かった…」
「二人が仲直り出来て良かったニャ…」
「それにしても…ここの連中は甘ちゃんだねぇ…
事情アリとはいえ、キーケの事を許すそうだ…」
「え?なんで?」
「そりゃお前…キーケよりアンタの方が百倍は
嫌われてたからに決まってるだろ?」
「え!?何で!?」
「…アンタね…あの子はアンタにボコボコにされて
呪われた挙句に何千年も会ってなかった妹は自分を拒絶してたんだぞ?大罪を抑えてたなんて情報も
加われば同情するのも当然だよ!」
「あー…そうだね…」
「それに比べてアンタはみんなのマスコットであるテトを傷だらけにした上に、森で大火事を起こした恐ろしい奴だと皆怖がってたんだよ!今回の
角折りの件でようやく好感度がゼロに戻ったくらいだよ?」
「…チーズは諦めたくなかったんだがね…この様子だと食えそうに無いな…」
「当たり前だよ…全く…龍ってのは…」
「因果応報か…まぁ…仕方ない…そんじゃ、
私は腹が減ったんでね…そろそろ行くよ。」
「え?いいのかい?」
「セドナは目的を果たしたみたいだしね…
私の目的はただ食べる事だけだよ…悪い空気の中で食べる飯は冷えた飯と同じさ…それに、
もうここの奴らが飯に見えてくるんだ…
一応…人間は食べたくない…もし食べたら…
後戻り出来そうに無い…」
「そうかい…」
「じゃあね…セドナが見ていない内に帰るよ…あ、
セドナの傷を治してもらった借りは角でチャラに
しといてよ?」
巨体に見合わぬ静かな足取りで煉は独り去って
行った…
─────
(あぁ…飯…は何処にいる…?友達のセドナの為
とはいえ、時間をかけ過ぎた…夜は獲物が見えん…あぁ…奪ってでも食うべきだったか…」
人里から遠く離れた樹海の中…煉は動く者を
手当たり次第に喰らう…どれもこれも
味わうことすらせずに呑み込む勢いだ…
[足りない…足りない…腹減った…]
もはや理性は消えかけで…食らった者が何者かすら分からなくなってくる…偏食家の龍には生肉は
口に合わず…腹も満たされない…しかし…
それを処理する為の理性は飢餓の前に消え失せた…
───────────
「…喰らわば飢えて狂うとはのう…不運な性を
背負ったものじゃ…あの龍は…さて…どうした
ものかのう…まぁ…その時が来たらでよいかの…」
続
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