第9話 思い出の隠し味は一匙の涙

煉はスタットの町に飛んでいた…


「ん?おい…中になんかバケモンがうじゃうじゃといるんだけど…」


「む…確かに魔獣達が…それにこの寒気は…」


「なんか分かった?」


「キーケがあそこにいる…」


「あー…仲直りまでは距離置いとく?」


「いや…このままあそこに向かってくれ…

明らかに何か様子がおかしい…」


近づくにつれて、嫌な情報が見えてくる。

魔獣達には体の一部が人のものとなっており、

セドナの様な混魔人キマイラとされる者だろう…しかし、

どの生物も人と獣の要素が独立して混じらずに

存在している。片腕だけが人の形をしていたり、

肥大化した骨が体を突き破って剥き出しに

なっている者もいる。


「うわぁ痛そう…キマイラって皆こうなの?」


「いいや…これは…外的な要因で体に獣の要素が

捻じ込まれている…すぐに死ぬ事は無いだろうが…一体何故こんな…む?」


「お、お前達は…何故…ここに…」


話しかけてきたのは体から茶褐色の体毛が生えた

狼の様な魔獣だった。


「えっと…この声…確か…キャメルだ!」


「…光栄だね…龍に名を覚えられるとは…」


「これはどういう状況なんだ?」


「キーケが…狂ったのさ…今までずっと抑えていた大罪が解放され…住人を魔力で歪めているのさ…

あんたと…セドナと同じになる為だと…」


「余計な事を言わないで…ギルド長…」


キャメルが喋らなくなると共に石のように

動かなくなる。


「セドナ…会いに来てくれたのね…ふふふ…でも

まだ…準備の途中なの…少しだけ待ってほしいの…私も…もうすぐであなたと同じ混魔人キマイラになるの!…ふふふふふ…!」


笑うキーケはもはや別の生物だった… 

雪の様な白い髪は炎の様に赤く染まり、腕から翼が生え…猛禽類の鋭い爪を持つ脚が靴を突き破って

いる。


「でも…セドナみたいに綺麗に繋げるのはとっても

苦労したの…あとは仕上げの化粧だけ…

焼ける苦しみと傷跡さえあれば…」


「私は…お前をここまで狂わせてしまったのか…

済まなかった…キーケ…」


「???何も謝ることなんて無いわよ?セドナが

間違った訳では無いのだから…そこの龍が

いなければ全部済んだんだから!分かってるわ!

今ならあなたの怒りも私の過ちも…」


「違うさ…キーケ…」


「何が…違うの?」


「…気づいたんだ…私はな!お前を憎む様な

自分自身に怒っているんだよォ!」


「なんで…?どうして…あなたがそんな風に自分を責めるの…あぁ…やはりあの龍が…あいつが…!」


「私を見ろ!目ェ逸らすんじゃない!言っただろ…

逃げるな!本当の私を見ろ!これは!紛れも無い!

私の意志だ!それだけは伝えておく…!」


「…なんで、なんでなのよぉ!どうして…!

…あなたは私にないものばかり…私は…ずっと

置いていかれたままで…なんで…なんで…

なんでなんでなんでなのよッ!!」


いよいよ姉妹喧嘩の火蓋が切って落とされる…

キーケは翼で飛び上がり、セドナは魔術の水流で

空を泳ぐ…そして互いの力を解放する。

セドナの爆発の如き、怒れる氷の魔術。対して

キーケは蛇の様に歪んだ暗い炎の魔術。

二人が魔術を撃ち合う度に余波が巻き起こり、

外れた魔術が人々に降り注ぐ。


「クソッ…動け…!俺の体…!」


キャメルは獣と人の結合した体が言う事を聞かず…

動く事すら出来なかった…しかし、降り注ぐ冷気と熱波は意外な者に防がれる。


(全く…私が連れてきたとは言え…喧嘩は迷惑の

掛からないとこでやって欲しいもんだ…)


「…何故、俺達を助ける?」


「そもそもここにはセドナが欲しがってたチーズがあると思って探しに来たからね…このまんまじゃ

チーズが吹き飛ばされちまう…」

  

「…は?」


「んだよ…文句あんの?…あぁそっか、アンタも

食べたいのか?」


「え…あ…」


「何だぁ?頭からハテナが出たような顔してるぜ?うおっと…!危ない…」


(魔力の塊を…喰らっている…!?)


「何だか…どろっとしてて舌触りが最悪だぜ… 

この魔術…こっちは…ひんやりしてるのにヒリヒリするな…案外悪くない感じだな…」




「なんでよ…なんで!?分からないよ!

あなたの全てを再現しても…貴方の心は

動かせない…私とあいつのどこに差が

あったのよ!?」


「…お前が助けに来ると思って待ち続け…それでも

来れなかったお前を私は怒り憎んだ…けどな!

もういいんだ…!下らない恨みに何千年も執着した末に出来たのがこんな惨状なら…そんなものは

馬鹿馬鹿しいって気付いたんだよ!」


「なんで…私を責めないの…こんな事をしたのに…本当に…私に無いものばっかり持っていて…!

どうして私の思い出から離れていってしまうの!

ただ…あの時の様に儚いあなたが隣にいて

欲しいだけだったのに!どうして!?あなたは

一人で立ち上がれてしまうの!?どうして…!」


口論の激化に合わせ、空を埋め尽くす魔術の規模は

更に広がっていく。


「私は…ずっとアンタが羨ましかった!どんなことでも私より優れて!本当の家族がいて…!

心をありのままに打ち明けてくれる子だった…」


「私だってそうだった!純粋な人間で!歪みのない綺麗な存在で!全てが私とは違う人間だった!!

だから…お前をこんな風に歪ませたのが…

どうしようもなく嫌なんだ…!!

私のせいで歪んだキーケなど見たくはなかった…

今でも…ただ共に笑いたかっただけなんだ!」


「………あ…」


叫ぶセドナを妬みの炎が貫く…

それと同時に、記憶が脳に蘇る。


────────


[ねえ…セドナ?]


[なぁに?キーケ!]


[もしここから出られたら…何をしたい?]


[キーケといっしょにわらえればいいかな!]


[いいの?もっと楽しいことだって…]


[だって…キーケがいないとわたしさびしいの!

でもね!キーケもさびしがり屋さんで、わたしが

いなくなっキーケもさびしくなっちゃうと思うの。

私がいなくなったせいでキーケがさびしくて

悲しいのはいや!だからね!ここから出たら

いっしょにくらそう!やくそく!]


[…ありがとう、セドナ。]



(セドナは…あの頃の約束を…何千年も前の約束を

忘れていなかった…変わっていっても…

ずっとその日を待っていたんだ…)


「あぁ…ごめんなさい…セドナ…ずっと…独りに してしまって…ずっと一緒だと言ったのに…

私は…あなたのいない…この世界を見るのが

怖くなった…だから…大罪の力に逃げた…

そして皆を巻き込んでしまった…ごめんなさい…

ごめんなさい…セドナ…」


「げほっ…ふふふ…やっと…思い出したのか…

全く…気づくのが遅いよ…キーケ…」


続く



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