第2話 食い患いの怒髪天

「グルルヴォアアアァ!」

(ハハハハ!肉が大量!食い放題だ!…ん?)


「ひ…」


木陰から自分を覗いていた人影と目が合った…

自分とは比べ物にならないほど小さく…

恐怖に満ちた表情で震えていた。


(これは…確実に化け物扱いされるな…元人間

だった訳だし…敵対はしたく無いんだがな…

まあいいや…そんな事より!飯だ!!)


肉の処理を終えたらすぐ近くの寝床から調理量を

持って来て調理を開始する…


(材料は…狩った猪の肉に、脂っこいキノコと

火の様に辛い唐辛子、植物油の取れる木の実…

こんな時の為に作っておいた秘密兵器がようやく使える…)


取り出したのは…岩を溶かして形成しただけの雑な鍋だ…鉄製の鍋と違って熱が伝わりにくいが

かなりの強火で熱しても溶けない丈夫さで、

今は直接火を吹けるから熱に耐える器なら問題は

無い。


( 森で採れた激辛唐辛子を潰してペースト状に

したら肉に練りこんで臭みを取り、熱で溶けた

キノコの脂と植物の油を絡めて混ぜる。

仕上げに果実の葉で爽やかな香りを付け、チーズ風キノコソース絡まる激辛猪焼きの完成だ!

ついでにフルーツを搾ったミックスジュースも

添えれば完璧だ!)


そこには百近い猪が全て調理されて旨そうな匂いを

漂わせていた。


(これだけの食材を用意する事も…大量の数を

一匹一匹調理するのは手間がかかった…しかし

これは期待が持てるぞ!)


大きく口を開け…肉に齧り付く…口の中に一瞬で

燃える様な辛さと溢れる旨みが広まり、後から

ソースの溶ける様な味わいが辛さを和らげ、

より味に深みが増す!その余韻を残しながら喉に

ジュースをかっ込むと全神経が空腹を満たす喜びと味覚に注がれ、理性すら押しのけてしまう。煉は今

目の前の食事をただひたすらに貪る獣となった。


(……あれ?)


理性を取り戻す頃には肉は喰らい尽くされ

最後の一匹…長い食事もついに終わりが来た…


(あぁ…満腹とは…この様な気分なんだな…)


初めて体験した感覚に自然と涙が溢れた。

そして…


(眠い…食ってからすぐに寝ると牛になるっ

ていうけど…今はもう牛でもいいや…

また…満腹まで満たされるかな?)


「………zzz」


…………一方森近くの町では…


「…テト、援軍を呼んだとは聞いたけど…

ウチみたいな辺境のギルドに龍と戦えるぐらい

強い知り合いのツテなんてあるの?」


「安心するニャ!彼女はハイエルフきっての

天才だニャ、大船に乗ったつもりでいるといい!」


「はぁ…それにしても、ハイエルフか…コレット

達みたいなダークエルフとは犬猿の仲って

聞くけど…」


「そんなの中の悪い長老達だけよ…外には伝わり

にくいから知らないんだろうけど…ウチの長老の

娘がハイエルフの長老の息子と付き合ってるのに

キレたのよ…」


「えーと…」


「くっだらないでしょ?それに孫ができたら

随分と丸くなって孫にどっちがすごいかの

パフォーマンスみたいな事ばっかり…親世代の

ゴタゴタをいつまでも引きずるなんて

馬鹿らしいとは思わない?」


「俺ら人間もそうやって割り切れたらなぁ…」


その時、会議室の扉が開かれる。


「はじめまして…今回、ハイエルフを代表して

龍討伐隊に参加させて頂くキーケです。」


援軍としてやって来た、雪のような白髮の

ハイエルフに皆がざわついていた…


「久しぶりだニャ、白冬しらふゆの魔女キーケ…また背が伸びたニャ…」


「あ、ママ…」


!?


「ニャァ!?くすぐったいニャ…!ニャハハ…!

ていうか僕はどっちかって言ったらパパだニャ!

性別は雄ニャんだぞ!?妻も子供もいるんだニャ!

こらっ!吸わないの!うみゃあ〜!」


(冷徹な伝説の英雄と呼ばれた魔女キーケが…

猫吸ってる…事実は伝説よりも奇なりとは

この事か…)


「すぅ~…そろそろ…本題に…むふぅ〜…」


(…結構愉快な人なんだな…)


「三千年前の真龍討伐やった人だよね…?

テトはそんな前から生きてるの…?」


「あぁ…二人は知らニャいのか…僕はキーケより

かなり長生きしてるニャ。」


「そう…なんだ…」



「…今回の標的は頂点級のドラゴン…前回の頂点級魔獣も同じドラゴンだけれど、肉の無い骨格だけの鋭い翼に朱色の鱗で食に貪欲…生態から姿まで、

特徴全てが全く異なる事から…血縁による復讐は目的では無いと考えられます…ふすぅ…」


「いい加減吸うのやめニャさい…」


「…はい…」


猫吸いは止まったが…撫でる手は止まっていない…


「ええとそれでだ、対象は未知の固有ユニークスキル、龍特有の魔術を使わない肉弾戦主体の

戦闘を行っているニャ…魔術の扱いが未熟な幼体によく見られる傾向ニャ…でもあれは成体として

見ても巨大な部類に加えてステータスも桁違いだ

ニャ…」


「でも…私なら傷を付けることは可能な筈です…」


「龍と戦える戦士は少ないし、その上ここは

本来なら危険度の低い地帯だから、最前線の

強者たちは集まっていないニャ…倒せなくとも、

痛手を与えて、援軍を呼ぶ時間を稼げれば

いいのニャ…」


「それでは…いきましょうか…」


………煉の巣にて


「ぐぅ…」


「…呑気に寝てやがる…」


「それでは…行きましょっか…!」


キーケが杖を掲げ、スキルを発動し始める。


消音ミュート存在隠蔽ロストエグジスタンス…各員配置に!

魔力練成マナクリエイト…!魔力合成マナフューズ…!

凍結活性フリーズグロウ…!生奪付与エンチャントデス…!」


「す…凄い…どんどん魔力が高まっていく…!」



「ハアァッ…!熱源を全て断て!

リジェクション・ヒート!」


キーケの魔術が銀世界を築き上げ、命を奪う氷が

大地へと突き刺さる。それはまるで災害の様な力

だった。


「な、なんて魔術だ…!」


「……も、もしかして勝った!?」


「警戒を解くな!対象から目を離すな!」


……


(……嫌な感触だ…まるでずぶ濡れの服に体が

包まれたままギチギチの満員電車に詰められた挙句に…蚊が耳元を飛んでいるような不快感だ…!

全く最悪だ…満腹まで満たされたというのに…!

ふざけやがって…!自分が覚えている限りこんな

最悪目覚めは無かった…!こんなんじゃ腹の虫が

収まんねぇぞ…!)


不機嫌に感触への怒りで腹を立てながら起きた煉は

状況を理解できずにいた。


(なんで辺り一面が凍ってる!?雪が降ってる…?何で人間が俺を攻撃してくる…!そして何より!)



[何で!!残ってた食い物が!!無くなってる!!]

「グルルルオオォ…!!!」


(……ああ、そうか…!こいつらの攻撃で空腹に

耐えながらせっせと集めた食い物は吹き飛ばされ、私の努力は霧散した訳だ…!!)



「馬鹿な!?無傷だって…!?あり得ない…!」


「グオオ…グアァアァヴァアアアァ!!!!」


怒りの叫びを浴びせ、腹の底から炎が溢れる。

余波の熱風で辺り一面の銀世界が瞬く間に

焼けていく…


「私の魔術を…いとも容易く…!」


天に向かって吐き出された火が森を焼き尽くす雨となって降り注ぐ。


「無茶苦茶だ…こんなの災害そのものだ…!」


怒り狂う龍の目がこちらを睨みつける…


「なっ!?認識阻害が効いてない!?」


(人様の寝込みを襲う様な強盗共が…!満腹だった余韻を台無しにした挙句食い物まで…!

人じゃ無かったら確実にぶっ殺してたぞ…!)


「グウオオォォ……」


煉は大きく息を吸い込み…咆哮の構えを取る。


「や、ヤバいニャ!!」


「ギイィアアア!───


その怒声はエルフの鋭い聴覚を破壊する。

大地を揺るがす咆哮は、木々を砕く破壊の奔流と

なってキーケ達を襲う。


(あぁ…少しも気分が晴れないぞ…!!)


「がは…げふっ…」


「キーケ!しっかり…するニャ…!!うぅ…」


「テ…ト…」


「ひ…あ…おえっ……うぇ…何も聞こえないよ…」


「コレット!…畜生…!化け物が…!」


(言葉が話せん以上、脅して帰らせる他無いか…)


「なっ…キーケに近寄るな…うぐぅ…」


「うあぁ…!があぁ!」


キーケは指二本で虫のように掴まれ、骨が軋む…

龍の憤怒の宿った真っ赤な瞳に睨みつけられ

動くことが出来ない…


[次は殺す…!]


「…あ…」


キーケには声が聞こえた…怒りに満ちた龍の怒声…聴覚を破壊されてなお頭に響くそれは警告だった…それを聞いた時には龍の手から解放されていた…


「げふっ…おえっ…はぁ…はぁ…」


四人とも状況を飲み込めない中…龍は背を向けて

歩いていく…倒れた木から不機嫌そうに果実を

毟り…溜息を吐きながらそれを噛み潰した…


「見逃された…のか?一体何故…」


「キャディン…撤退だニャ…僕らの完敗だ…」


「うん…」


町へと逃げ帰り…傷だらけの英雄の姿に全ての

民衆は絶望に打ちひしがれた…龍が町に来る事は

ないが…災害の如き怪物がすぐ隣を闊歩しているのだから…


続く

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