転生龍は食べ盛り!

ハトサンダル

第1話 ワイルド・オードブル

まどろみの中、ふらふらと歩く…

雲が無いにも関わらず、白い空の下には地平線の

先まで続く川…そして、一隻の舟に人影がある…


「…おや…こんな場所に客とはな…まあいい…

誰であれ…歓迎するぜ…ようこそ…死の世界へ…

死の体験は初めてか?」


分厚い外套に頭巾を深く被った老人だった。


「多分ね…アンタは死神か何か?」


「まあ…そんな所だ…」


「…案内料とかいる?あの世の沙汰も金次第って

言うじゃない。…千円くらいは持ってたはず…」


「おいおい…儂らはそこまで守銭奴じゃあないさ…

…金に困ってはおらん…乗りな…向こうまでは

そんなにかからんさ…」


舟に乗り川を渡る…所謂三途の川だろう…実在

したそれには桜と紅葉が共に有り、季節の花々が

共に川岸に咲いている。


「それにしても…薄れてるとはいえ、記憶がある

奴なんて久しぶりに見るぜ…死んだら自分の

名前すら思い出せなくなってくるもんだ…

新しい生命となって生まれるのに前世の記憶は

邪魔になるからな…」


「…名前は…鬼花きばなれん

他に覚えてる事と言ったらいつも腹ペコだったことくらい…今も腹が減ってるよ…死んでるのに…」




「お前さんは…膨大な力を持つ魂に身体がついていけなかった様だな…死してなお、生前の形を留める程の力を持つ魂では人間の身体は器として小さく、

釣り合わない魂の出力に耐える為に無理矢理に

身体を変化せざるを得んだろうな。結果として

エネルギーの消耗が激しく常に飢えていたん

だろうさ…ほら…見えたぞ。」


目的地の向こうにあったのは扉だった… 

「お前さんの第二の生へ繋がる道だ…お前さんでも生きていける程に無法な世界さ…厳しいだろうが、達者でな…」  


「世話になったね、死神のオッサン…」


「オッサンは余計だよ…全く…」


扉を開け、内側に踏み込み…暗い世界に意識が

呑まれ、下へ下へと落ちていく。




……目覚めた場所は真っ暗で狭い。

壁に触れると、そこからパラパラと壁が崩れる。

自分は卵から産まれた様だ…緑溢れる森の中、

鏡の様に透き通る卵の殻に自身の姿が映る。

花のような朱色の鱗に大きな角、退化した翼が

まるで鉤爪の様に伸びており、大型犬程の体躯。

恐竜の様でありながら、荘厳な姿。恐らく想像上の生命とされていたドラゴンだろう。


「グオォ…?」


一人で感嘆の声を出したが言葉にはならず、獣の

様な唸り声が響くだけだ。…当然だろうが、言葉を

話せない様だ…


(それについてはまあいい…しかし腹が減った…)


死神曰く、前世でも飢えていた原因は人が器に

適さなかったからだそうだ…だが今も同じ様に腹は減る…


そこに…巨大な猪が向かってくる…槍の様に

鋭い牙を向け、咆哮してこちらを威嚇する。

しかし煉は猪を食料としか見ていない…


(…猪は結構美味かった記憶がある…)


目の前の猪に飛び掛かり、頭に翼爪を突き立て、

前脚を叩きつける…頭蓋が砕ける音と共に、

猪は地面に力なく倒れる。


(思っていたよりも脆い…前世では金槌で何発も

殴る必要があったが…どうやらドラゴンは

とてつもない怪力の様だ…)


死体を解体し、可食部を取り分ける……


(…これは…)


本能にが己の身体と感覚をやるべき事知っている。考えずとも身体は炎を自在に操り…手足を動かす様に、喉の奥から炎を吹く…


(おお…!まさか炎が吹けるとは…!今までにない

感覚だが…本能では何とか理解していたか…)



そうして完成したのは味付け一つ無い単純な

猪の丸焼きだ…処理も雑だが、獣臭さの内に 

香ばしい肉本来の香りが食欲をそそる。

本能のままに齧り付く。こんがりと焼けた肉は

野生的な風味だが、あとひく旨みと抜群の

噛み応えについつい口を動かすのが速くなる。


(腹が少しは満たされた…満足感は低く、まだまだ

食い足りない…!次の獲物を探すか…)



この森は素晴らしい食物に溢れていた…

みずみずしく甘酸っぱい果実。舌を焼く様に辛い

植物…バターのように濃厚な味わいのキノコに

臭みのない兎や鳥といった小動物…

まだ見ぬ食事に思わず涎が垂れる…


(しかし、満腹とは言い難いな…)


満腹への道のりは遠く、完全に満たされる事は無いままに喰らい続けた。数日が経つ頃には身体が

ダンプカーの様に巨大に成長し、食事量が多くなり木々の間を通るのも一苦労だ…


(しかし…あの猪が一番の大物だったとはな…

焼いただけでも中々美味かったが、調理すれば更に

美味い事だろう…あれよりでかい奴をまだ食っていない…あれよりも満たされる美味い大物が食いたい…)


前世では体験しなかった満足感を知り、食らう渇望

により飢えていた。


そこへ…ドスンと足音を鳴らして大物が現れる

…それはあの大猪の群れだった…

前に倒された猪の数倍で、自動車の様な図体だ。

それが群れが陣形を組んでいる様子はまるで

軍隊の行進を思わせる。しかし煉にとって猪達は

美味そうな大盛りの肉だ。



(フフフ…鴨が葱を背負って来たぞ…!!)


小躍りしそうな気分の煉とは打って変わって猪達の空気は張り詰め、まるであのはぐれ猪の弔い合戦

でも始めそうだ。


(喰ってやるぞ!)

「グガガガアアアァ!!」


………


「ここ最近…この森から魔獣が降りてくるそうだ…

今の時期は植物も育ちやすいし、魔獣が降りてくる様な時期じゃないのに加えて…数日前には縄張り

意識の強いランサーボアが逃げてきたって情報も

ある…あそこは町から近いし、薬品の材料も豊富

だから近寄れないと商売上がったりらしい…」


「大方、縄張り争いに負けた大型魔獣が外から

来てるんでしょうね…この辺りの魔獣は階級クラスが低めだし…」


「いや…そうとも限らニャい…」


「何よテト?盟獣めいじゅうの勘って奴?」


「今日はニャんだかヒゲがムズムズする…

こういう時は碌ニャ目に合わニャいのニャ…」


「そんなのいつものことでしょ…高価な素材が

期待できないからってサボるつもり?…まあ、報酬は安いけど、偵察依頼にしては悪くないわよ?」


「まあ運が悪いのは確かだと思うよ、リーダーは

寝ぼけてたコレットに尻尾を踏まれてたからね…」


「そういう事じゃ無ぇニャ…キャディン…全く、

僕の尻尾はデリケートゾーン ニャんだぞ?コレットは猛省すんだニャ!」


「はいはい…ちゃちゃっと済ませましょ!」



…森に立ち入ってすぐに二人と一匹が異変を感じ

取るのは難しくは無かった…


「…静か過ぎる…ハイエルフよりもアタシらの耳はいいけど…今回は静かすぎて自信が無いわ…

風と落ち葉の音以外何も聞こえてこないわ…」



「…ダークエルフのコレットでも

生物の音が一つ聞こえないなんて…」



(森の中だってのに…虫の声すら響かないなんて…

明らかに異常な状況だが…ここまで魔獣一匹すら

見ていない…これほどに数が少ないとは…)


「うーにゃ…ん?…」


「何かあった?」


「何だか美味そうな匂いがするんだニャ…

舌が焼ける様なフランペッパーとそれを包む優しいミルキノコの芳醇な香りがするんだニャ…!

こんな場所で一体誰が…」


「ご飯に関してはテトの嗅覚は間違いないからね…

もしかして…お尋ね者が隠れ家にしてたのか?」


テトの嗅覚が示す方に自分たちも着いていく…


「これは一体…ッ!?」


踏み込んだ足下にあったのは夥しい数の

魔獣の骨だ…どれも高い熱に焼かれた焦げ跡が付いており、採れたばかりのキノコや植物が

並べられている…


「これは…人間に出来る量じゃないわ…」


「そうだニャ…む!二人とも、足音だニャ…!

遠くから近づいて来てるにゃ…しかもとてつもない

大群ニャ…!」


「…これは王者ロードクラスもあり得るね…危険なら躊躇せずに撤退した方が良いだろうね…姿隠クロークしを使うよ!」



………


(アレは…ファランクスボアの大群!?)


「千年近く生きてきたけど…あんな数の群れは

初めて見るニャ…鑑定してみたが、どいつもレベルが100を超えている化け物集団ニャ…

こいつらが元凶と見ていいだろうニャ…

しかしまずいニャ…」


「何が…?ウチのギルドを集めれば討伐だって…」


「町にボア種が降りてきてたってキャディンが

言ってたニャ…恐らく奴らの子供だったんだニャ…

奴らは群れの行動を共有するスキル[通信網]を

所持してやがるニャ…子供を殺した報復を

するに違いないニャ…でも血気盛んなこいつらが

何で森に留まっているんだニャ…?

それにあの骨だらけの巣は一体…」


「何であれ…アタシ達だけじゃ流石に厳しいね…

一旦撤退して対策を…」


「!?まて…!何かが向かって来るニャ…!」


地を揺らす足音が一瞬でこちらまで迫り来る…

そして姿を現す…


「グガガガアアアァ!!」


「あれは…恐竜ダイナソーか…!?で、でかい…!なぜこんな

場所にあんな化け物が…!?」


「な…なにあれ…テト…鑑定出来る?」


「まだ何とか…さぁ…正体を見せるニャ…」


(結果は…ッ!?これは…!)


テトは目に映った情報を疑った…


(種族…真龍ドラゴン!?レベルは…記載が

無い!?どういう事だ…ステータスも俺達とは

桁が五つも離れてやがる…!)


「どうした…!テト…」


「ドラゴンだ…」


「え…」


頂点テンペストクラスは間違いない…数千年に一度居るか居ないかの化け物だ…」


「グガアアアウゥオオオ!!!」


陣形を組んだ猪達が咆哮する龍に突進する。

城壁すら破壊する突進を龍は正面から受け止めても

傷一つ無く、突進した猪の牙がへし折られていく…

更に槍の様な翼爪による一突きで大量の猪を葬り、

前脚を叩きつければ地面を容易く抉り、百を超える

猪達は瞬く間に死体の山と化す。


「グギュガアアァァ!!」


「ひ…」


コレットは恐怖に限界が来たのだろう…溢れ出した恐怖に耐えられず…声にならない程に小さな悲鳴を上げた。


「………グガァ…?」


(龍と…目が合った…?)


「まずい見つかった![撤退エスケープ!!]を使う!!」


光に包まれ、町に戻って来た…異常な雰囲気の

自分達を見た顔馴染みの門番兵の様子から察するに

自分達はさぞ酷い顔をしていたのだろう…そりゃ

そうだ…厄災が眼の前に迫っているのだから。


続く

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