第25話 社会人オーケストラに入団
佐伯は、知り合いの紹介で社会人オーケストラに入団することになった。音楽に触れるのは高校を卒業して以来だったが、最近の夢や桜子との出来事が彼に新たな刺激を与え、再びトランペットを手に取るきっかけになった。
オーケストラは、同じように仕事を持ちながら音楽を楽しむ大人たちが集まる場所で、練習は週末に行われていた。最初は少し緊張していたが、メンバーたちの温かい雰囲気と音楽に対する情熱に触れることで、次第にその不安も和らいでいった。
ある日の練習後、佐伯はトランペットをケースにしまいながら、ふと昔のことを思い出していた。高校時代、トランペットを吹くことが自分の表現手段だった。大学に進学してからは忙しさに追われてやめてしまったが、再び音楽に触れることで、自分の中に眠っていた何かが動き始めているのを感じた。
「やっぱり、音楽っていいな…」彼はトランペットの口元をなぞりながら呟いた。
周囲のメンバーも、佐伯が久しぶりに楽器を演奏する姿を見て、温かく迎えてくれた。練習が終わった後、団員の一人が声をかけてきた。「佐伯さん、久しぶりにトランペットを吹いたんですか?すごく上手ですね。」
佐伯は照れくさそうに笑い、「ありがとうございます。昔は吹いてたんですけど、しばらく離れてて…。でも、またこうして演奏できるのが嬉しいです」と答えた。
「音楽って不思議ですよね。一度離れても、またこうして戻ってきたくなるんだから」と、別の団員が微笑んだ。
その言葉に佐伯も深く頷いた。「本当にそうですね。なんだか、また音楽と向き合うべき時が来たのかもしれません。」
佐伯は、オーケストラに入団した後、休みの日や仕事帰りに積極的に練習に通うようになった。最初は久しぶりに楽器に触れることでぎこちなさを感じていたが、毎回の練習で少しずつ感覚を取り戻し、団員たちとの交流も深まっていった。
ある金曜の夜、仕事を終えてオーケストラの練習に向かう途中、佐伯は駅のホームでトランペットのケースを肩にかけながら、なんとも言えない高揚感を感じていた。社会人になってからは、仕事以外の趣味に時間を割くことが少なくなっていたが、オーケストラでの練習は自分を取り戻す時間となっていた。
練習会場に到着すると、すでに何人かの団員が集まっていた。明るい声が会場に響き渡り、各々が楽器の準備をしながら談笑している。
「佐伯さん、お疲れ様!今日も仕事帰り?」と、ヴィオラ奏者の高橋が声をかけてきた。彼は会社員として働きながらオーケストラ活動をしており、佐伯とは同じく仕事帰りに練習に来る仲間として話すことが多かった。
「お疲れ様です。はい、今日は少し早く上がれたので、そのまま来ました」と、佐伯は笑顔で返事をした。
「すごいなあ。仕事の後にトランペットって、結構体力使うんじゃない?」と、フルート奏者の田中が冗談めかして言う。
「確かに、体力的には少しきついですね。でも、音楽をやるとリフレッシュできるんです。不思議なもので」と、佐伯は肩をすくめながら答えた。
「その気持ち、すごくわかる。音楽って、疲れてても不思議とエネルギーが湧いてくるよね」と、指揮者の吉村がにこやかに笑いながら声をかけてきた。
練習が始まり、オーケストラ全体が一つの楽器のように響き渡る。佐伯は自分のトランペットの音色が合奏に溶け込む瞬間を感じるたび、心が満たされていくのを感じていた。音楽の流れに身を委ねながら、かつて感じていた高校時代の情熱が蘇ってくる。
練習が終わると、みんなが楽器を片付けながら、自然と会話が弾んだ。
「佐伯さん、トランペットの音が最近すごく安定してきましたね。高校の時やってたって聞いたけど、ほんとに久しぶりには見えないよ」と、バイオリンの木村が褒めてくれた。
「ありがとうございます。でも、まだまだブランクを感じますよ。皆さんについていくのが精一杯です」と、佐伯は謙虚に答えながらも、心の中では嬉しさがこみ上げてきた。
「でも、ブランクがあったとは思えないほどの上達だよ。やっぱり昔からやってた経験が生きてるんだね」と、ホルンの坂口が付け加えた。
「いやいや、皆さんが上手いからですよ。本当に感謝してます」と佐伯は微笑みながら答えた。
その後、佐伯たちは近くのカフェに移動して、軽くお茶をしながら雑談を続けた。
「休みの日もオーケストラの練習に来るなんて、ほんとに熱心だね」と、クラリネットの宮本が感心したように言った。
「いや、今はトランペットを吹くのが本当に楽しくて。仕事のストレス発散にもなりますし、何よりみんなと演奏するのが嬉しいんですよ」と佐伯は語った。
「そうだよね。仕事だけの生活だと、なんだか息が詰まっちゃうし、こういう趣味があるとリフレッシュできるよね」と、田中も共感したように頷いた。
その後も、オーケストラの練習は続き、佐伯は次第にトランペットに対する自信を取り戻しつつあった。オーケストラの仲間たちとの絆も深まり、練習後の会話や休日の練習が彼にとって大きな楽しみになっていった。
その影響なのか佐伯もまた、桜子と同じように夢が変わってきたことに気づいていた。最初は曖昧で不確かな印象しか残らない夢だったが、最近はその夢の光景が鮮明に浮かび上がり、以前よりも具体的な場所や人物がはっきり見えるようになっていた。
彼が夢の中で見ていたのは、古びた洋館の長い廊下や玄関の様子が主だったが、今ではもっと内部まで進むようになっていた。夢の中の佐伯は、廊下を抜け、リビングのような場所へと足を踏み入れていた。そこには暖かい光が差し込み、古い家具や装飾が整然と並べられていた。暖炉の前に小さな椅子があり、その傍らには、大人の男性と幼い男の子が立っていた。
以前はシルエットだけだったその二人が、徐々に形を帯び、顔まで見えるようになっていた。しかし、二人の顔はどこか遠い記憶の中にあるような懐かしさを感じさせるものの、誰なのかははっきりとわからなかった。彼はその二人を見て、不思議と心が安らぐ一方で、なぜか胸の奥にわずかな痛みも感じていた。
夢の中で、幼い男の子が楽しそうに笑いながら走り回り、大人の男性がその子を優しく見守っている。その光景は、まるで家族の一場面のようだったが、佐伯にはどうしてもその二人とのつながりがわからなかった。
ある晩、再びその夢を見た佐伯は、リビングの奥へと進んだ。そこにはピアノが置かれており、その姿に心を奪われた。ピアノは使い込まれているようで、ところどころ古びてはいたが、その佇まいには優雅さがあった。ピアノの上には古い楽譜が置かれており、佐伯は思わずその楽譜に手を伸ばそうとした。
しかし、その瞬間、夢の中で何かが変わった。リビングの空気が重くなり、ピアノの音が遠くから響いてくる。まるで誰かが弾いているようだったが、その旋律は切なく、どこか悲しげなものだった。佐伯は、その音楽が自分に何かを伝えようとしているのを感じ取ったが、何を伝えたいのかまではわからなかった。
目が覚めた後、佐伯はベッドの中で深く考え込んだ。「なぜ、この夢が変わってきたんだろう…?」彼は心の中で呟きながら、夢と現実が交錯するような感覚に戸惑いを感じていた。なぜか突然に桜子のことを思い浮かべ、彼女も何か同じような経験をしているのではないかという直感が湧いた。
「確信はないけどもしかして、桜子も同じ夢を見ているのか…?」そんな疑念が頭をよぎり、佐伯はますます夢の意味が気になり始めた。
彼はセドナの言葉を思い出し、再び占いの館「星辰と月夜の部屋」を訪れるべきだと考えた。この夢が何を意味しているのか、桜子との関係にどう影響するのかを知りたい気持ちが、彼を次の行動へと駆り立てていた。
「今度こそ、答えを見つけるために行動しなければ…」佐伯は強い決意を抱き、夢の中で見た光景が自分と桜子にどんな影響をもたらすのかを確かめようとしていた。
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