第21話 三人目の予言

和樹はようやく年末年始の忙しさから解放され、久しぶりの休日を迎えていた。年末年始は全国各地での演奏会が立て込み、リハーサルや移動で慌ただしい日々が続いていた。ようやく手に入れたこの休息の時間に、彼は深いため息をつきながらソファに身を沈めた。


「やっと休みだ…」と、和樹は独りごちた。


彼は普段、クラシック音楽の演奏家として忙しい日々を過ごしている。オーケストラに所属しながら、ソロ公演も行う彼にとって、演奏会のシーズンは特に過密になる。特に年末年始は特別なイベントが多く、休む暇もなくスケジュールに追われていた。しかし、音楽を愛し、その演奏を人々と共有できることが何よりの喜びでもあるため、疲労を感じても後悔はない。


また週末にはアクトタワーでコンサートがある。

地元での演奏会なので長距離移動や連日の宿泊などの煩わしさがないのが救いだ。


ただ、ここ最近、彼の心には少しだけ引っかかるものがあった。それは、以前から気になっている記憶のことだ。年末年始の演奏会が続く中でも、その記憶がふと頭をよぎることがあり、和樹はその感覚に悩まされていた。


和樹は、再び「星辰と月夜の部屋」の前に立っていた。前回、天樹に洋館の夢について占ってもらったものの、その後も夢は繰り返され、さらに不思議な感覚が強くなってきた。和樹は、どうしてもその意味を知りたくて、もう一度天樹を訪ねることにした。


扉を開けると、いつものように柔らかな光と温かな空気が彼を迎えてくれた。天樹は和装姿で、落ち着いた表情を浮かべて奥から現れた。「おや、和樹。また来てくれたんだな。前に話した夢の件、まだ気になるか?」


和樹は頷き、「ああ、あの後も何度も同じ夢を見るんだ。前回の占いで色々と話を聞いたけど、どうしても引っかかるんだよ。だから、もう一度お願いできないか?」と真剣な表情で頼み込んだ。


天樹はその言葉に少し考え込んだ後、微笑んで「もちろんいいとも。こうして何度も同じ夢を見るのには、きっと大きな意味があるんだろう。今回はもう少し深く掘り下げてみようか」と答え、和樹を鑑定室に案内した。


和樹が席に着くと、天樹は棚から九星気学の書を取り出し、和樹の生年月日と星の配置を再度確認しながら占いを始めた。「前回も言ったけど、今年はお前にとって『再生』の年だ。そして、過去の出来事が今に影響を与える時期でもある。夢に出てくる洋館が、その象徴だと考えられるが…今回はもう少し細かく見ていくぞ。」


天樹は慎重に和樹の運勢を読み解き、星の方位と九星気学の要素を組み合わせていった。「この洋館が示しているのは、どうやらお前の『過去の決断』だな。過去に何か重要な選択をして、その影響が今の夢に現れているのかもしれない。」


和樹は天樹の言葉に耳を傾け、天樹が棚から取り出す小さな金属製の羅針盤に目を向けた。普通の羅針盤とは異なり、それは古めかしく、異国の秘術を感じさせる不思議なオーラを放っていた。針の部分は通常の羅針盤のような直線的な形ではなく、蛇のようにくねくねとした曲線を描いている。まるで生き物のように、ゆっくりと揺れ動いていた。


「この羅針盤は、ただの方位を示すものじゃないんだ。時間と空間、さらには魂の流れを読み取るための道具だ」と天樹は説明した。金属の表面には、見たこともないような象形文字のような模様が浮かび上がっており、その紋様は、光の加減によってまるで生きているかのように形を変えていく。


天樹が羅針盤を手に取り、慎重に回しながら調整すると、針は一瞬ピタリと止まり、次の瞬間には奇妙な音を立てて再び動き出した。その動きは通常の磁石のような引力に従うものではなく、何か見えない力に引かれているようだった。和樹は、まるでその羅針盤が自分自身の運命に反応しているような、不可思議な感覚を覚えた。


「この羅針盤は、方位や星だけではなく、お前の魂の記憶と共鳴し、過去と未来の交差点を探り当てることができる。お前の夢に出てくる洋館が何を意味するのか、この羅針盤がその道を示してくれるかもしれない」と天樹は続けた。


羅針盤の針は、再びゆっくりと動き出し、何かを探り当てようとするように細かく振動し始めた。金属部分が微かに光を反射し、その光が部屋の壁に奇妙な影を映し出す。和樹はその様子に目を奪われ、息を呑んだ。


「この羅針盤が反応している…」天樹は目を閉じ、深い呼吸をしながらその動きに集中していた。「どうやら、お前の過去の選択が影響を及ぼしている場所があるようだ。夢に出てくる洋館、それが再びお前に重要な出来事を示している。」


羅針盤はまるで意思を持つかのように、急に方向を変え、その針先が一点を指し示した。和樹は、針が向いたその方向が、過去に彼が住んでいた洋館と重なる方角だと直感的に感じた。その瞬間、部屋の空気が変わったような気がした。何か見えない力が動いているかのような、異様な緊張感が漂っていた。


「羅針盤が示す方向は、お前にとって重要な意味を持つ。これからの三ヶ月間で、その場所に行き、誰かと再会することになる。その時に再び過去の選択と向き合うことになるだろう」と天樹は低い声で告げた。その声には、普段の軽妙さとは異なる、深い真剣さと神秘が宿っていた。


和樹は天樹の言葉に神妙な面持ちで頷き、羅針盤の動きを見つめ続けた。それは、単なる占いの道具ではなく、運命の糸を解きほぐすための鍵であるかのようだった。


和樹は驚いた表情を浮かべ、「再会…?それって誰と?」と尋ねたが、天樹は首を振り、「名前まではわからない。ただ、その人物が過去のお前の選択と深く関係していることは確かだ」とだけ答えた。


「さらに、この羅針盤が示しているのは、お前が再びその洋館に戻る機会があることだ。夢の中で感じた不思議な感覚、あれは単なる記憶ではなく、未来の出来事が過去と重なり合っていることを示している。洋館そのものが、過去と未来をつなぐ架け橋となっているのかもしれないな」と、天樹は言葉を続けた。


和樹はじっと羅針盤を見つめ、「その洋館に戻る…でも、俺はもうそこには住んでいないんだ。何が起こるっていうんだろう」と、さらに困惑した様子だった。


天樹は羅針盤の針を見つめながら、「ただ、その洋館が何を意味しているのかは、これからの行動次第だ。過去にそこに住むことを選んだお前の理由を思い出し、今の自分がどう向き合うかで、未来が大きく変わるだろう。再会する人物が、その答えを握っている可能性が高い」と真剣な表情で告げた。


和樹はその言葉に黙り込み、しばらく考え込んだ後、「わかった。俺、その洋館に戻って、自分の過去と向き合ってみるよ。そして、その再会が何を意味するのか、確かめてみる」と、決意を固めたように言った。


天樹は優しく微笑み、「それでいい。羅針盤が示す道筋は、お前自身が歩むべき道を明らかにしている。お前がその夢を見続ける限り、それは何かを伝えようとしているんだ。しっかりとその意味を掴んで、次のステップに進んでくれ」と励ました。


和樹は天樹に感謝を伝え、館を後にした。冷たい冬の風が頬をかすめる中、彼はこれからの未来に待ち受ける出来事と、再会する人物が誰なのかを考えながら、歩みを進めた。そして、過去と未来が繋がる洋館へと、再び向かう決意を新たにした。

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