第18話 同期たちと初詣に行くことになったふたり

年末年始はいつもと変わらず過ぎていったが、桜子にとって一つだけ変わったことがあった。会社の同期たちと初詣に行くことになったのだ。行き先は法多山、目当ては甘酒と厄除け団子。遠州の人たちは初詣には温かい甘酒を飲むのは好きだ。  

法多山の厄除け団子も名物であり、当たり前のように買っていくようになっていた。


夜中、浜松の会社の駐車場に集合し、同期たちは何台かの車に乗り込んだ。

浜松は車社会のため、皆で乗り合うことが暗黙の了解になっている。

佐伯はミニバンに乗っているため、車を出してくれることになったために、なぜか桜子は自然な流れで助手席に座ることになり、後部座席には他の同期たちが乗り込んだ。


「峰木、シートベルトしっかりしておいてくれよ。夜中だし、何があるかわからないからな」と、佐伯が少し冗談混じりに言いながら、車のエンジンをかけた。


「うん、ありがとう。準備できてるよ」と、桜子は軽く微笑んで返事をした。エンジンの音が低く響き、車がゆっくりと走り出した。


桜子と佐伯が同期たちと初詣に行くことになったのは、偶然と少しのお節介から始まった。


年末が近づいた頃、職場では新年会や忘年会の話題が飛び交っていた。桜子は特にイベントには積極的ではなかったが、クリスマスが終わると同僚たちがあちこちで「どこの神社に初詣に行く?」という話をしているのを耳にしていた。そんな時、ふとしたことから、佐伯が桜子に声をかけてきた。


「峰木、初詣の予定とかある?」いつもより気軽な雰囲気で、佐伯が尋ねてきた。


桜子は驚きつつも、少し戸惑ったように首をかしげた。「初詣?あんまり考えてなかったけど…家族と行くか、それとも一人で行くかぐらいかな。」


実際、桜子は大人数で出かけるのが得意ではなく、毎年、初詣もこぢんまりとした神社に静かにお参りするのが好きだった。だが、佐伯がその話を持ちかけてくるとは思っていなかったので、少し驚きながら返答した。


佐伯は笑いながら、「そうか。でも、今年はどうかな、みんなで一緒に行くのも楽しいかもしれないよ。実は、同期の何人かが誘ってくれてさ。せっかくだから、初詣にみんなで行こうって話になったんだ。峰木もどうかな、参加してみない?」と言った。


その言葉に、桜子は少し考え込んだ。実は、佐伯とは最近プロジェクトで一緒に仕事をすることが多くなり、以前よりも少し親しくなっていた。そのせいか、彼が自分を気にかけていることが嬉しかったが、一方で大人数で行動するのに少し不安も感じていた。


「うーん、大勢で行くのはちょっと苦手なんだけど…」桜子がためらいを見せると、佐伯は笑顔で軽く肩をすくめた。


佐伯はニッと笑い、「大丈夫だって。みんなで楽しく初詣に行こう。それに、新しい年の運気をみんなで分け合うってのも悪くないだろ?」と自信満々に言った。


それから、桜子は同期たちとの初詣に参加することになった。集まりは自然と盛り上がり、みんなで初詣の計画が具体的に進んだ。桜子も、最初は不安だったものの、佐伯や他の同期たちが気軽に誘ってくれたことで、少しずつその不安が和らいでいった。


こうして桜子と佐伯は法多山に同期たちと一緒に向かうことになった。彼女にとっては、いつもとは少し違う新年の始まりだった。


道中は夜中ということもありスイスイと順調に進んでいたが、法多山が近づいてくると道は駐車場待ちの大渋滞だった。車は進んだり止まったりの繰り返しで、思った以上に進まない。フロントガラスの外には、たくさんの赤いテールランプが連なっていた。


「思った以上に混んでるな…。法多山、やっぱり人気だな」と、佐伯が前方の車列を見つめながら呟いた。


「うん、毎年すごいって聞いてたけど、こんなにとは思わなかった。初詣って特に車が集中するし、仕方ないね」と桜子は答えながら、外の景色をぼんやりと見ていた。


後部座席では、他の同期たちが楽しそうにおしゃべりしていたが、しばらくすると一人、また一人と眠り始め、車内に静寂が戻った。今では、佐伯と桜子だけが起きている。


「後ろ、みんな寝ちゃったな。まあ、さっきまでお酒を飲んでいた人もいるしこの時間だし仕方ないか」と、佐伯が小さく笑いながら言った。


「そうだね、みんな疲れてたんだと思う。佐伯くん、大丈夫?眠くない?」桜子は気遣いながら尋ねた。


佐伯は一瞬、真剣な顔で桜子をちらりと見て、「俺は大丈夫だよ。眠気が来たら、話し相手になってもらうから」と答えた。


桜子はその言葉に少し安心して、「いつでも話すよ、眠くならないようにね」と微笑んだ。車内の静かな空気が、二人の距離を少しだけ近づけたように感じた。


「峰木、こんなに混んでると、いつ到着するかわからないな」と、佐伯が少し苦笑いを浮かべながら言った。


「本当だね。でも、こうやって話してると時間が過ぎるのが早く感じるかも」と、桜子は静かに答えた。


佐伯は少し黙った後、「峰木って、こういう混んでる道とか、待つの苦手なタイプ?」と、ふと尋ねてきた。


「んー、どっちかというと、そんなに得意じゃないかも。でも、気にしないようにしてる。何かに集中してると、気が紛れるから」と、桜子は答えた。


「そっか。それは偉いな。俺は結構イライラしちゃうタイプだから、こういうとき話し相手がいてくれると助かるよ」と佐伯が言うと、桜子は少し笑った。


「じゃあ、私でよかったね。少しは役に立ててるなら嬉しいよ」と、桜子が軽く冗談を言うと、佐伯は「ありがとう、峰木。おかげで眠くならないし、イライラもしないで済んでるよ」と、真剣な表情で答えた。


その言葉に、桜子は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。自分が誰かのために役立っている感覚が、彼女にとっては嬉しかったのだ。


その後、二人は会社での出来事や、同期たちのことなど、様々な話題で会話を続けた。仕事の苦労や、プロジェクトでのエピソードなど、いつもはあまり深く話さないことを、車内の静かな空気の中で自然に語り合っていた。


「峰木最近、仕事どう?」佐伯がふと聞いてきた。


「まあ、忙しいけど、やりがいはあるよ。みんなと一緒に頑張ってるし、何とか乗り切れてる感じかな」と、桜子は答えた。


「そっか、偉いな。俺ももっと頑張らないと」佐伯は少し遠くを見るような視線で呟いた。


「佐伯くんもいつも頑張ってるじゃない。あのプロジェクト、一緒にやったときも、すごく頼りにしてたよ」と桜子が言うと、佐伯は少し驚いた表情を見せた。


「そうだったのか?そんなふうに思ってくれてたんだな、嬉しいよ」と、佐伯が笑顔を見せた。


その笑顔に、桜子は心が少し温かくなるのを感じた。「うん、だから、無理しないでね。佐伯くんが頑張ってるの、ちゃんとみんなわかってるから」と、桜子は続けた。


「ありがとう、峰木。お前、そういうふうに気を使ってくれるから、助かるよ」と、佐伯が静かに言った。


二人の会話が続く中、車は少しずつ進んでいた。法多山までの道のりはまだ長いが、二人の間には静かで温かな空気が流れていた。やがて、後部座席から聞こえていた寝息のリズムが車内の空気に溶け込み、まるで二人だけの空間が広がっているように感じられた。


「これが続くと、なんだかこのままずっとこうしていたくなるな」と、佐伯が冗談交じりに呟いた。


「そうだね。でも、みんなが起きたらまた賑やかになるよ」と、桜子は微笑んで答えた。


道はまだ混んでいたが、二人だけの静かな時間がゆっくりと流れていった。桜子は、佐伯の隣で過ごすこの特別な時間が、心の中にそっと刻まれていくのを感じた。


駐車場に着くころには一人また一人と目を覚ましていた。冬の冷たい空気が身にしみる中、山門へ続く道は参拝客で賑わっており、屋台や提灯が新年の祝福ムードを盛り上げていた。


桜子は、佐伯を含めた数名の同期と一緒に歩いていたが、いつもとは違う賑やかな雰囲気に少し緊張していた。普段は一人で静かにお参りするのが好きな彼女にとって、この大人数での初詣は新鮮だったが、少し心細くも感じていた。


「寒いな。でも、こうやってみんなで来るのも悪くないよな」と、佐伯が隣で軽く笑いながら声をかけてきた。


「そうだね…ちょっと慣れてないけど、楽しいかもしれない」と桜子は笑みを返しながらも、まだ少し緊張していた。


本堂に着くと、長い列が参道に続いており、同期たちと一緒に並びながら、桜子はお賽銭を準備していた。賑わいの中でも、寺院の雰囲気は神聖で、清々しい空気が漂っていた。桜子は、深呼吸をして気持ちを整えながら、自分の中で何を願うべきかを考えていた。


「何をお願いするの?」と、佐伯が横から冗談めかして聞いてきた。


「うーん、秘密だよ」と桜子は照れくさそうに笑い返した。「でも…今年はもっと自分に正直に生きられたらいいなって、そんなことを考えてるかも。」


佐伯はその言葉に少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔に変わった。「いい願いだな。俺も、今年はもっと大事な人たちとの関係を大切にしたいって思ってるよ。」


桜子は、その言葉に少しドキッとしながらも、彼がどういう意味で言っているのかを測りかねていた。


仏像に手を合わせ、それぞれが自分の願いを込めた後、同期たちは自然とおみくじを引く流れになった。


「おみくじ、どうしようかな…」桜子は少し迷いながら、おみくじの箱に手を伸ばした。


「せっかくだから、運試ししてみたら?きっといい結果が出るさ」と佐伯が笑顔で勧めてきた。


「そうだね。じゃあ、引いてみる!」と桜子は決心し、箱から一本のくじを引き出した。そっと広げると、そこには「中吉」と書かれていた。


「中吉か…まぁまぁかな?」桜子は少し安心した表情で結果を見て、くすっと笑った。


「悪くないじゃん!」と、佐伯が嬉しそうに声をかけてきた。「俺なんて、大吉だぞ!」と彼はくじを見せてきた。


桜子は驚きながら、「え、本当?」と彼のくじを覗き込んだ。「すごいね、さすが佐伯くん。」


「これで今年は運がいいってことだな。桜子も、中吉ならこれからどんどん良くなっていくんじゃない?」と、佐伯は嬉しそうに笑った。


桜子はその言葉に、少しだけ心が軽くなったような気がした。おみくじの結果も悪くなく、何より佐伯との楽しいやり取りが、彼女にとっては新年の良いスタートを感じさせていた。


「今年はいい年になるといいな…」と、桜子は小さく呟いた。


「そうだな。今年は何か良いことが起こりそうな気がするよ。」佐伯はそんな彼女の呟きに同意し、二人は神社を後にした。


初詣の帰り道、桜子はふと、自分の願いが叶うのかどうかを考えながら、佐伯との距離感についても少しずつ考えるようになっていた。そして、彼とのやり取りが、これからの一年に何か新しい変化をもたらすのではないかという予感が、彼女の心に広がっていった。

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