第15話 「この夢は何なんだろう…」

佐伯は、仕事に追われる毎日の中で、どうしても桜子のことを忘れられなかった。プロジェクトで彼女と接する機会が増えたものの、二人の関係は表面的で、仕事の枠を超えるものではなかった。それが彼にとっては焦燥感を引き起こし、心の中で大きな葛藤が生じていた。


セドナに占ってもらった言葉が、彼の心の中で何度も反芻された。


「自分の気持ちに素直になって、行動を起こすこと。それが最初の一歩だ。」


佐伯は、その言葉を思い出すたびに「そうだ、自分が動かなければ何も変わらない」と心に決意するものの、いざ行動に移そうとすると、何かが彼を引き留め、前に進めなくなってしまう。桜子に対して自分がどう思っているのかは、もうはっきりしていた。彼女のことが好きなのだ。だが、彼女にその気持ちを伝えることへの恐れが、彼を動けなくしていた。


「もし、今の関係が壊れたら…」という不安が彼を縛っていた。


オフィスで桜子に声をかけようと思っても、彼女の笑顔を見るたびに心臓がドキドキと鳴り、言葉が喉に詰まる。「ただの同期として仲良くしていれば、このままでいいんじゃないか」という言い訳が頭を過るたびに、彼はまた何も言わずにその場を離れてしまう。


ある日、仕事の帰り道、佐伯は街のイルミネーションを見ながらため息をついた。寒い夜風が彼の頬を撫で、吐く息が白くなる。そんな中、桜子のことを考え、再びセドナの言葉を思い出していた。


「行動を起こすんだ。それが怖くても、動かない限り何も変わらない。」


頭では分かっているのに、体が動かない。彼はそのジレンマに苛立ちを感じていた。心の中で何度も「今日こそは桜子に話しかける」と決意しても、実際に目の前に彼女がいると、胸が締め付けられるような感覚が襲い、何も言えなくなってしまう。


「なんでこんなに臆病なんだ…」佐伯は、また一人でつぶやいた。自分自身に腹が立ち、情けない気持ちが募っていく。


数日後、佐伯は夢を見るようになった。その夢の中では、見覚えのない古びた洋館が現れる。初めて見るはずの場所なのに、どこか懐かしく、安心感を覚えるその洋館。木の廊下を進むと、窓から月の光が差し込み、柔らかな光が床に影を落としている。遠くから聞こえるバイオリンの音色は切なく、彼の心を揺さぶる。


夢の中で彼は廊下を進んでいくが、目の前に現れる大きな扉の前でいつも足が止まってしまう。扉を開けたいのに、手が動かない。「この扉の向こうには何があるんだろう…」そう思いながらも、怖くて手を伸ばせない。まるで現実の自分と重なるかのように、夢の中でも彼は立ち尽くしていた。


そして、その夢にはいつも、ぼんやりとしたシルエットが現れる。高い背丈の男性と、無邪気に遊ぶ幼い子供。彼らは何かを伝えようとしているかのように見つめてくるが、彼にはその意味が分からなかった。


「どうしてこんな夢を何度も見るんだろう…」佐伯は朝目覚めた後、夢の内容を思い出しながら考え込む。夢の中でも、現実でも、彼は立ち止まっていることに気づき、そのことがますます彼を苦しめた。


「このままじゃ、何も変わらないのに…」そう思いながらも、行動に移せない自分が情けなかった。


ある夜、ベッドに横たわりながら再びセドナの言葉を思い出した。「行動を起こすんだ。心の準備をして、動くことが大事だよ。」彼の言葉が今も耳に残っているが、その行動に移せない自分がいる。


「どうして俺はこんなにも臆病なんだ…」佐伯は一人、ベッドの上でため息をついた。頭では理解している。自分が動かなければ何も変わらない。それでも、行動を起こす勇気が湧いてこない自分に、嫌気が差していた。


再び夢を見ると、今度は夢の中で廊下の奥にいるシルエットが少しずつ近づいてくる。だが、顔ははっきりと見えず、ただ手を差し伸べているように見える。佐伯はその手に応えようとするが、やはり手を伸ばすことができない。恐怖と不安が彼を縛り、何もできずに目が覚めてしまう。


「また動けなかった…」夢から目覚めた後、彼は再びその場に立ち尽くす自分に悔しさを覚えた。夢の中でも現実でも、彼は同じように動けない自分がいる。それがますます彼を焦らせ、心を追い詰めていった。


「このままじゃ、何も変わらないのに…」そうつぶやきながら、彼は再びセドナに会いに行くことを決意した。自分一人では解決できないことを感じていたからだ。


「今度こそ、行動を起こさないと…」彼は静かに決意を固めたが、まだ心の中に迷いが残っていることに気づいた。それでも、次こそは勇気を持って一歩を踏み出すつもりだった。


ある日の仕事帰り、『星辰と月夜の部屋』の前に立ち尽くしていた。夕方雨が降ったせいか人通りは少なくなっていたためぽつんとしてしまっている自分がいるの実感できる。「これはもう何度目だろう」つぶやくほどこの場所に来るたびに、胸の中がざわつき、重い決断を迫られているかのような感覚に襲われる。それでも、彼の足はいつも扉の前で止まってしまう。


周りはすでに夜の闇に包まれていたが、街のイルミネーションがぼんやりと辺りを照らし、遠くからは人々の笑い声が聞こえてくる。冬の冷たい風が頬をかすめ、コートの襟をぎゅっと握りしめるたび、彼は寒さではなく、自分の心の中にある葛藤を感じた。扉のステンドグラスから漏れる優しい灯りが、彼を招き入れているように見えるが、その光がまるで彼の迷いを映し出しているかのように感じられた。


「どうして、こんなにも躊躇してしまうんだろう…」佐伯は心の中で何度も自問自答する。


この扉を開けば、今まで抱えてきた答えが見つかるかもしれない。セドナに再び相談することで、何かが変わるかもしれない。それは分かっているはずなのに、なぜか足が前に進まない。まるで、目の前にある扉が見えない力で押し返してくるような感覚すらあった。


「入れば、きっと何かが変わるかもしれない。でも…変わってしまったらどうしよう。」


佐伯の心には、現状を壊すことへの恐れが根付いていた。もし、桜子との関係がこのまま平行線のままで終わるなら、それでも仕方ないと思える日が来るかもしれない。しかし、変わることで何かを失う可能性があるなら、今のままでも良いのではないかという消極的な気持ちもあった。


夜風が、彼の背中を押すように吹いてくる。だが、その風はただ冷たく、彼を動かすどころか、心をさらに固くするようだった。彼はポケットに手を突っ込み、視線を落としてため息をつく。


「俺は、いったいどうしたいんだろう…」


その言葉が心の中で響く。彼の足元には、風で運ばれた枯葉が静かに積もっていた。足を踏み出すべきか、このまま引き返すべきか、頭の中では考えが巡るが、結論は出ない。街灯の明かりで照らされた水たまりに映る自分の姿が、まるで自分を嘲笑っているかのようだった。


部屋の中から漏れる温かい光は、まるで彼を誘うようだった。セドナなら、きっと何かしらの答えを見つけてくれるだろう。それでも、自分の中の迷いが拭い去れない。「扉を開けることさえできない自分がいる…」その思いが、ますます彼の心を押し潰していた。


彼は、再び息を吐き出し、決心できない自分に失望するように肩を落とした。


「また、次の機会にしよう…」そうつぶやきながら、彼は星辰と月夜の部屋の前から、静かに背を向けた。


暗くなった街道を一人歩き出しながらも、星辰と月夜の部屋の灯りは、彼の背中を見守るように優しく揺らめいていた。

冬の夜空を見上げながら、佐伯は冷たい風に吹かれ、星々の輝きを見つめた。その光が自分を導いてくれることを信じ、再び占いの館の扉を叩く日を待っていた

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