第13話 小鳥遊和樹の記憶
和樹は、グラスを持ちながらぼんやりと昔のことを思い返していた。店内の喧騒が遠く感じられ、まるで自分だけが時間の流れから切り離されたような感覚に包まれる。焼き鳥の香ばしい香りや、賑やかな笑い声が混じり合う中で、酔いが回ってきたせいもあるが意識は過去と夢の境界に揺れ動いていた。
一瞬考え込み、少し口を開きかけたが、何かを飲み込むように一度黙り込んだ。
康人が横から「おいおい、今日は何だか元気ないじゃないか。お前らしくないぞ」と、グラスを掲げながら軽く笑った。
和樹はその言葉に応えるように小さく微笑み、グラスを机に置いた。「いや、別に元気がないわけじゃないんだ。ただ…最近変な夢を見るんだよ。」言葉の終わりがどこか曖昧で、まるで話すべきかどうかを迷っているようだった。
天樹はその様子を見て、眉をひそめながら「どんな夢なんだ?」と真剣な表情で尋ねた。
和樹は深く息をつき、一瞬遠くを見つめた。「昔、俺が住んでいた家が出てくるんだよ。以前話したことあるよな、駅の北側で坂を上がったところにある、あの古い一軒家。数十年前、あそこに2年ほど住んでたんだ。」
「おお、あの話か。お前はすごく気に入ってたって話していた家だよな」と康人が、懐かしそうに笑顔を浮かべて頷いた。
「そう、あの家だよ。でもさ、夢の中の家は現実とは少し違っててさ…夕暮れの薄暗い光が差し込んで、どこか現実離れしてるんだ。まるで異世界にいるような、不思議な感じがするんだよな。」和樹は言いながら、グラスを持ち上げ、ゆっくりと口に運んだ。
店内の騒がしさが少し遠のいたかのように感じた。天樹と康人は真剣な表情で和樹の話に耳を傾けている。
「その家の中では、誰かがいるような気がするんだけど、顔が見えないんだ。ただ、声が遠くから聞こえるような気がする。でも、言葉ははっきりと聞こえなくて…夢から覚めると、全部が霞んでしまうんだよ。何かを伝えようとしてるみたいなんだけど、俺にはその意味がさっぱりわからないんだ。」
和樹の話を聞きながら、天樹は顎に手を当て、少し考え込むような表情を見せた。「それは、ただの夢じゃないかもしれないな。夢の中で感じる光景や声が鮮明だってことは、潜在意識が何かを伝えようとしてるのかもしれない。」
康人も腕を組みながら、頷いた。「確かに、夢ってのはただの現象じゃないって聞くよな。特に、お前が気になってるってことは、それがただの記憶の断片ってわけでもなさそうだし、もしかしたら本当に何か言いたいことがあるのかもな。」
和樹は少し困ったような表情を浮かべ、グラスの中身を見つめながら肩をすくめた。「そうかもしれないけど…何が言いたいのかがさっぱりわからないんだよ。何度もその夢を見るたびにモヤモヤするだけでさ。」
天樹は、軽く笑いながらも真剣な眼差しを崩さずに言った。「それなら、もう一度その夢に向き合ってみるのもありかもしれないな。夢の意味を知るために占いを頼るのもいいだろう。俺の店で見てやるさ、いつでも来いよ。」
康人は「おいおい、また商売の話か?」と冗談っぽく笑い、天樹は「いやいや、友達価格にしてやるよ」と返し、三人で笑い合った。
和樹は笑いながらも、真剣な表情に戻り、「それはありがたいけど、占いで何がわかるかな…」と呟いた。
天樹は真剣な目で和樹を見つめた。「星辰と月夜の部屋にはいろんな人が来るけど、夢の意味を探りたいって人も結構いるんだ。俺も夢占いには多少の知識があるから、試してみてもいいと思うぞ。」
康人は、「確かにな、何かに頼るのもいいかもな。俺だって現場で行き詰まったときには、昔の職人の知恵を借りたりするし。それと同じだろ。」と軽く肩をすくめた。
和樹は二人の言葉に、ふと心が軽くなるのを感じた。彼はもう一度グラスを持ち上げ、微笑みながら「ありがとう、お前らと話してると気が楽になるよ。こうして集まって、昔の話をするのも悪くないな。」と語った。
「じゃあ、次回もまたこんな感じで飲もうぜ!」康人が笑い、天樹も「もちろん、その時は新しいバイクの話でもしてくれよ」と冗談を交えて言った。
和樹はふと、夢の中の一軒家の光景が目に浮かんだ。暗い廊下、柔らかく差し込む夕暮れの光、その静けさの中に漂う懐かしさ。しかし、その懐かしさの裏側には、何か大切なものが隠れているような感覚があった。
「そういえば、天樹、お前に前にこの夢のことを少し話した時も、同じこと言ってたよな。なんか大事なことを思い出そうとしてるのかもって。」和樹は思い出すように天樹に話しかけた。
天樹は軽く頷き、「ああ、確かに言ったな。その時はまだ軽く考えてたけど、今でもその感じは変わらない。夢の中で何かを伝えようとしているなら、それはお前の人生に関わる重要なものかもしれないんだ。」と真剣に答えた。
和樹はその言葉に少し考え込んでいた。「でも、何だろうな…。俺の人生で、そんなに大事なことって何があったんだろう…」
康人は、「何か思い出せないことがあるんじゃないか?普段の生活や仕事で忘れかけてるけど、潜在的には心の奥に引っかかってるようなことがさ」と和樹の考えに同調した。
和樹はふと考え込みながら、グラスを手のひらで回し始めた。「確かに…でも、今はその手がかりが少なすぎるんだよな。ただ、夢の中で感じるあの懐かしさは、ただの懐かしさじゃない気がする。まるで、何か大事なものを取り戻すための感覚なんだ。」
天樹は、「お前がそう感じるなら、それはきっと重要なことなんだろう。占いでも、感じたことが一番大事だと俺は思ってる。だから、その感覚を大事にしてみろ。お前自身が気づくまで、急がなくてもいい」と励ました。
和樹は頷きながら、再びグラスを持ち上げた。「ありがとう、お前ら。本当に助かるよ。次にまた同じ夢を見たら、もっとしっかり記憶しておくことにするよ。何かヒントがあるかもしれないしな。」
康人は、「それじゃ、また次回の飲み会でその話の続きを聞かせてくれ」と笑顔を見せ、三人は再び乾杯を交わした。
和樹は、夢の中で感じる不思議な感覚が現実とどこかで繋がっているような気がしていた。それがどんな意味を持つのか、彼自身もまだはっきりとはわからない。しかし、こうして仲間たちと話し、支えられることで、少しずつその謎に向き合う勇気が湧いてきた。
再び店内の賑やかな雰囲気が三人を包み込み、和樹は、目の前の二人との時間を大切に感じながら、今夜のひとときを楽しんでいた。
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