第12話 いつもの日々

浜松の中心部にあるバルの一角で、天樹、小鳥遊和樹、そして鈴木康人の三人は、ビールやカクテルを片手に賑やかに話していた。この場所はかつて賑わっていた商業施設の一部だったが、時代の流れとともに空きテナントが増え、今では一つの広いバルになっている。自由に行き来できる店が点在し、様々なスタイルの料理やお酒が楽しめる。そんな開放的な空間で、三人の会話は自然と盛り上がっていた。


天樹と和樹は長い間バイク仲間としてツーリングを楽しんできた仲で、康人もその仲間の一人。普段はそれぞれ忙しくて会う機会は少ないが、こうしてたまに集まっては、お互いの近況や趣味の話に花を咲かせている。


「そういえば、最近どこか面白い場所にツーリング行ったのか?」康人が興味深げに天樹に問いかけた。


天樹はグラスを持ち上げ、一口飲んでから微笑んだ。「ああ、つい最近、和樹と一緒に富士五湖に行ってきたよ。富士山を眺めながら走るのは最高だったな。」


和樹も頷いて「うん、あの時のツーリングは本当に良かったよ。久しぶりに走れて気持ち良かったし、富士山もバッチリ見えた。空気が澄んでて、特にこの季節は景色が映えるんだ」と続けた。


康人は興味津々で「富士五湖か…いいなあ。俺も行きたかったけど、あの時は仕事でどうしても休めなかったんだよな」と残念そうに言いながらも、「で、どうだったんだ?詳しく聞かせてくれよ」と期待に満ちた表情を浮かべた。


天樹は笑いながら「まあ、そんなに大層な話じゃないけどさ…」と言いつつ、ツーリングのエピソードを話し始めた。


「朝早くから出発してさ、まだ薄暗いうちにバイクを走らせたんだ。冬の冷たい風がすごくて、走り出した瞬間は『なんでこんな寒い日に出かけたんだろう』ってちょっと後悔したけど、エンジンが温まってくると、その寒さも心地よくなってきたんだよ。俺たちは高速道路を使って一気に山梨まで向かったんだ。バイク仲間とのツーリングはいつも楽しいけど、富士五湖は特別だったな。」


「そうそう、最初は寒かったけど、走っていると体が慣れてきて、気持ちよくなったよな」和樹も懐かしそうに思い出しながら、話に加わった。「特に富士山が見えてきたときは、すごく感動したよ。空気が澄んでたから、いつもよりクリアに見えたんだ。あの瞬間がたまらなくてさ、なんだか疲れも吹っ飛んだ感じだった。」


康人はその話を聞いて、羨ましそうに頷いた。「やっぱり、富士山か…それは良いなあ。バイクで走りながら、そんな絶景を見られるなんて最高だろうな。ツーリングの醍醐味って、そういう瞬間だよな。風を感じながら、景色を楽しむってさ。」


天樹はさらに話を続けた。「道中、山道に入った途端に紅葉が広がってさ。真っ赤やオレンジの葉っぱが風に舞っているのを横目に、カーブを切ると目の前に広がるのは富士山。思わず声を上げたくなるぐらいの絶景だったよ。で、途中で湖畔に停めて一休みしたんだが、そこでまた、富士山が湖に映り込んでるんだよ。自然の美しさに圧倒されたな。」


和樹も頷いて「休憩中、あの湖の静けさがすごく心にしみたんだ。走り続けた後の休憩って、また特別なんだよ。景色をゆっくり眺めながら、ぼーっとしてるだけで気持ちがリセットされる感じがする。音楽で演奏してる時とは違った種類のリフレッシュだよ。」


康人はビールを飲みながら笑った。「お前ら、本当にバイクが好きだよな。走ってる時は、いろんなことが整理できるとか言うけど、俺にはまだその感覚が完全にはわからないな。走るのは好きだけど、そこまで深いことを考えたことがないからさ。」


天樹は微笑みながら「バイクは、俺にとっては人生と似てるんだ。道を選ぶのも進むのも自分次第だし、時には迷ったり、引き返したりすることもある。でも、走り続けるしかないんだよ。走ってるうちに、いろんなことがクリアになってくる瞬間があってさ、それがまた楽しいんだよな」と、真剣な表情で語った。


和樹も同意するように頷き、「そうだな。音楽もバイクも、それぞれ違うけど、どちらも自分自身と向き合う時間が持てるところが好きなんだ。演奏の時は観客がいるけど、バイクに乗っている時は完全に一人だ。だからこそ、余計なことを考えず、今この瞬間に集中できるんだ。」


康人はその言葉に少し感心した様子で、「なるほどな。そう考えると、俺ももっと深くツーリングを楽しんでみたくなるかもな」と呟いた。


「そうだよ。ツーリングって、ただの移動手段じゃなくて、自分を見つめ直す時間にもなるんだ。そういう意味では占いとも似てるかもしれないな」と天樹が笑いながら付け加えた。


「占いとツーリングが繋がるなんて、お前らしいな」と康人が笑いながら言った。


「確かにな、ツーリング中は頭がクリアになる。風を感じるってのは、音楽とはまた違う自由さがあるよ」と和樹が頷くと、康人も「俺も走ってるときは自分と向き合う時間って感じがするよ」と同意した。


三人はバイクの話題でしばらく盛り上がったが、次第に日常や仕事の話に移っていった。


和樹はオーケストラに所属しており、全国を飛び回る忙しい日々を送っている。時にはソロコンサートも行い、地元浜松にいる時間は短いが、ツアーが終わるたびにバイクでのツーリングを楽しみにしている。康人は、地元浜松に多い「鈴木」姓を嫌い、「康人」と名前で呼ばれるのが常だった。大企業での出世街道を捨てて、楽器作りの職人として現場に戻った彼は、今の仕事を心から楽しんでいる。


「和樹、最近オーケストラの仕事どうだ?全国ツアーって相当大変じゃないのか?」と康人が尋ねた。


「まあ、確かに大変だな。毎日リハーサルして、ステージに立つときには全力を出さなきゃならない。でも、ステージに立つとその疲れはどこかに吹っ飛ぶんだ。やっぱり音楽っていいもんだよ」と和樹は少し目を細めて答えた。


「それに、ツアーが終わるとすぐにバイクでどこかに走りに行きたくなる。音楽と違って、自由にどこでも行けるからな」と続ける。


「お前らしいな。音楽とバイク、二つの世界を行ったり来たりしてるなんてすごいよ」と天樹が笑いながら言った。


康人はビールを一口飲み、「俺はいつも思うんだが、こうやってたまに二人と会って話すのが一番楽しいんだ。現場仕事が好きで、今の会社に転職したのは正解だったよ」と言った。


天樹はその言葉に感心し、「それにしても、お前が何の躊躇もなく大企業を辞めたのはすごい決断だよな」と感心した。


「やりたいことをやらないと意味がないだろう?」康人は肩をすくめ、「今の会社で楽器を作れるのは幸せだよ。現場で自分の手で作る喜びって、やっぱり特別なんだ。でもさぁ、機械化が進んで、手作りの部分が減ってきてるのがちょっと残念だな」と、いつもの愚痴をこぼす。


天樹は笑いながら、「康人、お前の愚痴を聞くとこっちまで職人気分になるよ」と冗談を言い、グラスを持ち上げた。


康人は照れくさそうに笑いながら、「まあ、仕事は楽しいけど、こうやってたまに飲むのもリフレッシュになるよな。お前らとは話してると、本当にリラックスできるんだ」と言った。


「ところで、天樹、お前はどうなんだ?占い師としての仕事、順調か?」と康人が尋ねた。


天樹は笑みを浮かべて、「ぼちぼちだな。占いっていうのは奥が深くて、人の心に寄り添うのって簡単じゃないんだ。星や九星気学、いろんな要素が絡み合って一つの答えを導き出すから、毎回新しい発見があるよ」と言った。


「へえ、占いってそんなに深いもんなんだな」と康人は興味を示し、和樹も「お前が占いを真剣に話すのを見るのは、いつも面白いよな」と笑った。


天樹は肩をすくめて、「まあ、真面目な話ばっかりじゃなくて、こういう時間も大切なんだよ。占いもバイクも同じように好きだから、どっちも大事にしてるってだけさ」と答えた。


「占いって、やっぱり人の運命とか未来とか、そういうのを見てるわけだろ?」と和樹が尋ねると、天樹は少し考え込むようにしながら答えた。「そうだな、占いは未来を予測するものだけど、それだけじゃない。人がどう生きていくか、どんな道を選ぶかを手助けするものなんだ。答えを教えるんじゃなくて、道を示すって感じかな。」


康人は感心したように頷き、「お前がそんな深いこと考えてるとは思わなかったよ。もっと軽いノリでやってるのかと思ってた」と笑った。


「まあ、軽く見られることも多いけどな。でも、占いっていうのは人の人生に触れる仕事だから、責任も大きいんだよ」と天樹は少し真剣な顔で答えた。


「そりゃあそうだよな。占いって、一歩間違えたら人の未来を変えちゃうかもしれないもんな」と和樹が言うと、天樹は頷き、「そうなんだ。だから、いつも慎重にやってる。でも、それが面白いんだよ。答えが一つじゃないからこそ、毎回違う結果が出るし、それにどう向き合うかが重要なんだ」と語った。


三人はしばらく無言でお酒を飲み、賑やかな店内の音が心地よく響く中、それぞれの考えにふけっていた。


和樹がふと思い出したように、「天樹、この前相談した洋館の夢のことだけど、まだ気になってるんだ。また占ってもらうかな」と言った。


天樹は微笑み、「いつでも相談に来てくれよ。夢の意味って、時間が経つと変わってくることもあるし、また新しい答えが見つかるかもしれない」と答えた。


康人も「俺も今度、占ってもらおうかな。仕事のことでちょっと悩んでることがあってさ」と冗談めかしながら言った。


「いつでも受け付けてるよ。俺の占いが必要なら、いつでも呼んでくれ」と天樹は笑いながら答え、三人は再びグラスを持ち上げて乾杯した。


夜は更け、店内の賑わいも徐々に静かになっていったが、三人の会話は尽きることなく続いていた。それぞれが自分の人生を語り合い、笑い合い、時には真剣な話を交えながら、彼らの絆は深まっていく。


「また近いうちにツーリングに行こうぜ。冬でも走れるルートを探しておくからさ」と和樹が提案すると、天樹と康人も同意し、「次はどこに行こうか」と次の冒険の話に花を咲かせた。


それぞれが日々の忙しさの中で、こうして集まる時間が貴重であり、心のリフレッシュになることを感じていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る