第11話 佐伯の夢

その夜、佐伯は自宅で疲れた体をベッドに横たえ、窓の外に広がる冬の星空を見上げていた。冷たい夜風がカーテンをわずかに揺らし、遠くの星々が静かに瞬いている。彼は深い息をつきながら、満天の星空に目を奪われていた。


「今日は特に星が綺麗だな…」佐伯は小さくつぶやいた。寒い夜空に輝く星たちは、まるで何かを伝えようとしているかのように彼の心に語りかけてくるようだった。


部屋は静かで、唯一の音は時計の針が刻むリズムだけだった。彼は、セドナに占ってもらった時のことを自然と思い出していた。


「佐伯くん、君の心の中には迷いがあるね。けれど、星やカードは君に進むべき道を示している。大事なのは、怖がらずにその道を歩む勇気を持つことだよ。」


セドナが占ったときに引いたタロットカードが、まるで彼の心の中を覗いているかのように、佐伯の不安定な心を指摘していた。カードに描かれた「運命の輪」の象徴が、何か大きな決断を迫られていることを暗示していたことも思い出す。


「僕は…どうしたいんだろう?」


佐伯は自分に問いかけた。桜子に対して自分がどう感じているのか、どう行動すべきなのか、それが全く分からないまま時間だけが過ぎていた。


セドナの言葉が再び脳裏に浮かぶ。


「桜子さんとの関係は、君にとって今大事なテーマだ。だが、進むか留まるか、すべて君次第だよ。星やカードは道を示すが、実際に動かすのは君の意志だ。」


その時、佐伯は頷くことしかできなかったが、今こうして一人で考えていると、セドナが言っていた「動かすのは君の意志」という言葉の意味が心に響くように感じていた。


「僕が桜子をどう思っているのか…」


佐伯はその問いを何度も繰り返しながらも、まだ自分の気持ちがはっきりと見えていないことに苛立ちを覚えた。彼女の笑顔を思い出すたびに心が温かくなる。それは確かだ。しかし、それが恋愛感情なのか、仲間としての尊敬なのか、いまだに自分の中で整理がつかない。


「もっと、素直に自分の気持ちと向き合わないと…」


彼は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして眠りについた。


気がつくと、佐伯は見知らぬ古びた洋館の中に立っていた。高い天井には繊細な装飾が施され、壁には年代物の絵画やタペストリーが飾られている。窓から差し込む淡い光が、埃を舞わせながら廊下を照らしていた。


「ここは…一体どこなんだ?」佐伯は驚きと不思議な感覚に包まれながら、周囲を見渡した。初めて訪れる場所のはずなのに、なぜか懐かしさが胸を締めつける。


足元の木製の床は古いが、しっかりと磨かれていて、歩くたびに心地よい音が響く。廊下には古風なランプが等間隔に設置され、柔らかな光で道を照らしている。壁紙は淡い色合いで、ところどころに花の模様が描かれている。


「この感じ…まるで昔の映画に出てくる洋館みたいだ。でも、どうしてこんな場所に?」


佐伯は戸惑いながらも、引き寄せられるように廊下を進んでいった。すると、遠くから微かなバイオリンの音色が耳に届いた。繊細で哀愁を帯びたメロディーは、彼の心に静かな波紋を広げる。


「この音楽…どこかで聞いたことがあるような…」


彼は音の方向に目を凝らし、無意識のうちに足を進めていた。バイオリンの音色は徐々に大きくなり、その美しい旋律が彼の胸に深く染み込んでいく。曲名は思い出せないが、懐かしさと切なさが入り混じった感情が湧き上がってくる。


「なぜだろう、心がこんなにも揺さぶられるなんて…」


廊下の角を曲がると、薄暗い光の中に一人の男性のシルエットが浮かび上がった。背の高いその男性は、窓から差し込む逆光で顔が見えない。彼は静かに立ち尽くし、佐伯の方を向いているようだった。


「あなたは…誰ですか?」


佐伯は声をかけるが、男性は何も答えない。ただじっと彼を見つめている。その無言の姿勢が、何か重要なメッセージを伝えようとしているかのようだった。


「一体、何を伝えたいんだ…?」


彼は一歩前に進もうとするが、なぜか足が重く、前に進むことができない。焦りと戸惑いが胸に広がる。


その時、廊下の奥から軽やかな笑い声が聞こえてきた。振り向くと、幼い女の子のシルエットが見えた。彼女は白いワンピースを着て、楽しそうに廊下を走り回っている。


「君は…誰なんだ?」


佐伯は手を伸ばそうとするが、やはり体が動かない。ただ、その無邪気な姿を見つめることしかできなかった。女の子の笑顔は純粋で、見ているだけで胸が温かくなる。


「この感覚…どこかで感じたことがあるような…」


バイオリンの音色と女の子の笑い声が重なり合い、洋館全体に響き渡る。懐かしさと切なさが一層強まり、彼の心を揺さぶった。


「これは…過去の記憶なのか?でも、こんな場所に来た覚えはないし…」


佐伯は必死に思い出そうとするが、具体的な記憶は浮かんでこない。ただ、この場所とこの二人のシルエットが、自分にとってとても大切な存在であるように感じられた。


「お願いだ、何か教えてくれ…」


心の中でそう叫ぶが、シルエットたちは何も答えない。代わりに、バイオリンの音色が次第に遠のき、視界がぼやけ始めた。


「待ってくれ!まだ何も分かっていないんだ!」


佐伯は声を張り上げるが、その声も届かず、周囲の景色はゆっくりと薄れていく。最後に見えたのは、遠ざかっていく二人の後ろ姿だった。


目が覚めると、佐伯はベッドの上で大きく息を吸い込んでいた。心臓は激しく鼓動を打ち、額には冷や汗が滲んでいる。窓の外を見ると、まだ夜明け前の暗闇が広がっていた。


「あの夢は…いったい何だったんだ?」


彼はベッドから起き上がり、深呼吸をして心を落ち着かせようとした。夢の中の洋館、バイオリンの音色、そして二人のシルエット。それらはあまりにも鮮明で、まるで現実の出来事のように感じられた。


「なぜ、あんな夢を見たんだろう…。あの場所には何か意味があるのか?」


佐伯は窓辺に歩み寄り、外の暗闇を見つめながら考えた。心の中で渦巻く疑問と、不思議な懐かしさ。


「そうだ…もしかしたら、あの夢には何かメッセージが込められているのかもしれない」


彼の頭に、以前訪れた占いの館「星辰と月夜の部屋」のことが浮かんだ。あの場所なら、この夢の意味を解き明かす手がかりが得られるかもしれない。


「もう一度、星辰と月夜の部屋に行ってみようか…」


佐伯は静かに呟き、決意を固めた。夢の中で感じた感情と、心に残る謎。それらを解き明かすために、彼は再び動き出すことを心に誓った。


「きっと、あの夢は僕に何かを伝えようとしているんだ。それを知るためにも、行動しなければ」


彼は夜明け前の静かな空気の中、自分の鼓動を感じながら、新たな一歩を踏み出す準備を始めた。

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