第10話 ふと目に入ったのは占いの館

佐伯は仕事帰りに、何気なく街を歩いていた。冬の寒さが肌に染み、吐く息が白くなる。


通りを歩きながら、ふと目に入ったのは占いの館「星辰と月夜の部屋」の玄関だった。




ステンドグラス越しに見える暖かな光が、彼の心を引き寄せる。


「何だろう、ここは…」佐伯は立ち止まり、扉の向こうから感じられる温かさに心が惹かれるのを感じた。


普段なら通り過ぎてしまうだろう場所だが、その日はなぜか足が動かなかった。




しばらく迷った末、彼はまるで引き込まれるように扉を押した。


木製の扉は青や緑、赤の色とりどりのガラスが幾何学模様を描いている。


光が差し込むと、そのガラスに透けて、床に柔らかな光の模様が浮かび上がり、訪れる者を幻想的な世界へと誘うような雰囲気を醸し出す。


館内には古びた石油ストーブの香りが漂い、エアコンでは得られない柔らかな温かさが感じられた。


どこか懐かしい、そして安らぎを覚える空間だった。


館内には静かな空気が漂い、奥からはかすかに人の声が聞こえてくる。


佐伯は少し戸惑いながらも、なぜここにいるのか、自分でもわからないまま足を進めた。


辺りを見渡すと、奥の方から軽やかな足音が聞こえ、一人の男性が現れた。 「いらっしゃいませ。ようこそ、星辰と月夜の部屋へ。」セドナはにこやかに微笑み、佐伯を迎えた。


彼は、落ち着いた声とリラックスした雰囲気で話しかけてくるセドナに、少し緊張した雰囲気をだしながら顔や体をこわばらせてしまった。


「ありがとうございます。すみません、突然お邪魔してしまって。」佐伯は恐る恐る頭を下げた。


セドナは佐伯の緊張した姿を見て、緊張をほぐすためなのか自分の顔の前で手を振りながら、「気にしないで。通りかかったんだね。それもきっと何かの縁だよ。今日は僕しかいないけどいいかな??」。


佐伯はセドナの雰囲気に気圧されるように「はい、お願いします」と返事をした。


「ではどうぞ、こちらへ。」と、軽やかに佐伯を鑑定室のソファへと案内した。


佐伯が席に座ると、セドナはタロットカードを取り出し、テーブルに広げた。




「何かお悩みかな?それともただ寄ってみた感じ?」 佐伯は少し考え込むようにしながら、


「実は…会社の同期のことで相談したくて…」と切り出した。


「彼女の名前は峰木桜子と言って、ずっと気になっているんです。でも、どう接したらいいのか、わからなくて。」


セドナは目を輝かせながら、「ほう、恋愛の相談だね?」とにっこり微笑んだ。




「それで、彼女とはどんな関係なの?」 「桜子とは同期で、入社したばかりの頃は同じ部署にいました。


彼女はすごく頑張り屋で、控えめだけど芯の強い人なんです。でも、最近プロジェクトで再び一緒になってから、


彼女に対して自分がどう思っているのか、わからなくなってきて…」佐伯は言葉を探しながら話した。




セドナはうなずきながら、「なるほど、桜子さんに対して特別な感情があるのかもしれないと感じ始めたんだね。


でも、それがどういうものなのか、はっきりと掴めていないんだ。」


「そうなんです。」佐伯は少し困った表情で続けた。




「彼女がどう思っているのかも気になりますし、自分がどう接していいのかも迷っていて…。


今はただ、彼女と過ごす時間が心地よくて、それ以上を求めるのが怖い気もするんです。」




セドナはカードをシャッフルしながら、「それは自然なことだよ。彼女との関係が大切だからこそ、


進展させるかどうかを慎重に考えているんだね。でも、時にはその迷いや不安が、


逆に心の中での本当の気持ちを示していることもある。」と語った。




セドナはカードを引き、「このカードは『運命の輪』だ。二人の関係は、今まさに変化の時期に差し掛かっているようだね。このカードは、変化が避けられないこと、そしてその変化が良い方向に進む可能性があることを示している。」と、


解説を始めた。




佐伯はその言葉にじっと耳を傾けた。「変化…ですか。僕と桜子の関係に、何か変化があるということなんでしょうか?」 セドナは頷き、「そうだね。でも、その変化がどうなるかは、君の行動次第なんだ。


運命の輪は、動き始めたら止まらない。だから、心の準備をしておくことが大事だよ。」と穏やかに答えた。




「それに、もう一枚引いてみよう。」セドナは再びカードをめくり、そこには「恋人」のカードが現れた。


「これは面白いね。恋人のカードが出たよ。これは君が桜子さんとの関係を深めるべき時期が来ているということを示している。でも、このカードはただ単に恋愛関係を指すだけではなく、心の通じ合いや絆が深まる時期を示しているんだ。」




佐伯はその言葉に少し驚いた。「桜子と…もっと関係を深めるべき時期、ですか。でも、どうやって…?」


セドナは微笑みながら、もう一度カードをシャッフルして、慎重に一枚を引き抜いた。


「さて、次のカードは…」と呟きながらテーブルにカードを置くと、そこには「節制」のカードが現れた。




セドナはカードを指さしながら説明を始めた。「この『節制』のカードは、バランスと調和を意味するんだ。


君の中で、桜子さんとの関係について何かしらの葛藤や不安があるかもしれないけど、


まずはその気持ちを落ち着かせて、自分自身とのバランスを取ることが大切だというメッセージなんだ。」




佐伯はカードをじっと見つめながら、「バランス…つまり、自分の気持ちを整理することが大事ということですか?」と尋ねた。 「そうだね、そしてこのカードは、物事を焦らず、自然に進めるようにというアドバイスでもある。


君と桜子さんの関係は、ゆっくりと育てていくことで、より深くて強い絆が生まれるはずだよ。」


セドナは優しく微笑み、「心の中で、彼女に対してどう感じているのか、


まず自分自身がその気持ちに素直に向き合うことが大切だ」と続けた。




「でも、どうしたら…」と戸惑う佐伯に、セドナは「大丈夫。まずは小さな一歩からでいいんだ。


焦る必要はない。星やカードは道を示してくれるけど、最終的にその道をどう進むかは君次第だ」と優しく語りかけた。




「自分の気持ちを整理し、怖がらずに桜子さんとの時間を大切にしながら、少しずつ心を開いてみるといい。


お互いを知るためには時間が必要だけど、その時間が君たちにとって意味あるものになるように、


まずは自分を信じて行動してみてほしい」と締めくくった。




佐伯は少し考え込んだ後、「ありがとうございます。なんだか、少し気持ちが軽くなった気がします。」と、笑顔で答えた。




セドナは、「それは良かった。いつでも相談に来てくれて構わないから、気軽に寄ってくれたら嬉しいよ、


いつでも君の味方だから、また困ったときはいつでも相談に来てね」と笑顔で軽やかに肩を叩いた。




佐伯は軽く礼を言い、、館を出ると、冬の冷たい風が再び彼の頬を刺したが、心の中には不思議な温かさが広がっていた。




セドナの言葉が、彼の心を少しずつ解きほぐしてくれたように感じ、歩きながら言葉を思い返す。




カードに示された「運命の輪」と「恋人」と「節制」の意味。


今、自分が向き合っている感情が、本当の意味で桜子との関係に影響を与えるのかもしれない。


彼は、自分が何を恐れていたのかに気づき始めていた。変化が怖かったのだと。「まずは、心を開いてみる…か」佐伯は自分に言い聞かせるように呟いた。




「きっと、今のままでは何も変わらない。自分から動かなければ…」

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