第7話 心の奥にある記憶

桜子は目を閉じ、夢の情景を思い返すようにして話し始めた。「洋館の中には、見知らぬ男性のシルエットがいるんです。顔ははっきりと見えないんですけど、彼が私に手を振っているんです。その手が、とても優しげで、でも何かを訴えかけているような…彼が誰かはわからないんですけど、不思議と彼を知っているような感覚があって。」


スピカは少し身を乗り出して、「その男性、どんな雰囲気ですか?何か特別な印象を受けますか?」


桜子は首を少し傾け、「彼は、寂しさを抱えているような感じなんです。でも、彼の存在は不安を与えるわけではなくて、逆に安心感があるんです。彼がそこにいると、私は何かを守られているような気持ちになるんです。でも、その反面、何か大事なものを失いそうで…」


スピカは静かに頷き、「その感覚、すごく興味深いですね。もしかしたら、その男性はあなた自身の中にある感情、あるいは過去の象徴かもしれません。彼が何かを伝えようとしているのかもしれませんが、それをはっきりと理解するには時間が必要かもしれませんね。」


桜子は少し不安げに、「最近、夢の内容が少し変わってきたんです。前はただの静かな場所だったんですが、最近はその男性の周りに霧が立ち込めるようになって、光が少しずつ弱まっていくんです。光が消えると、彼の姿もぼやけてしまって…その時、どこからともなくバイオリンの音が聞こえてくるんです。とても切ない曲で…それが、なぜか心を締めつけるんです。」


スピカは優しく微笑みながら、「その音楽、何か思い当たることはありますか?」


桜子は首を振り、「いいえ。でも、どこかで聞いたことがあるような気がするんです。夢の中で流れるその曲は、いつも同じメロディーで、特に最後の部分がすごく印象的なんです。だけど、目が覚めるとその音が何だったのかが、どうしても思い出せなくて…」


スピカはしばらく考えたあと、「夢に出てくる音楽や場所というのは、心の奥底にある記憶や感情が具現化していることがあります。その音楽が何を意味しているのか、それがあなたの今の状況とどう結びついているのかは、もう少し探ってみましょう。特にその男性、彼が現れるたびに何かを訴えかけているような気がするなら、それは重要なメッセージかもしれません。」


「メッセージ…そうかもしれません。最近、佐伯くんが私に話しかけるタイミングと、この夢を見始めた時期が重なっているんです。偶然かもしれないんですけど、どうしても気になってしまって…彼が何か関係しているのかなって思ってしまうんです。」


「それと、夢の中で登場する男の子がいるんです。その子は、洋館の中で無邪気に走り回っているんですけど、なんだかその子がすごく懐かしくて、楽しい気持ちになるんです」と桜子は、少し微笑んで言った。「だけど、その男の子の顔も、思い出せないんです。知っているようで知らないような、そんな不思議な感覚なんです。」


スピカは桜子の言葉に耳を傾け、静かに微笑んだ。「その男の子が現れるとき、どんな感情が湧いてきますか?」


「懐かしさと楽しさを感じるんです。まるで、ずっと昔に一緒に遊んだことがあるような気がして。でも、現実ではそんな記憶はなくて…だから、その子が誰なのかがわからなくて、とても不思議なんです。」桜子は困惑した表情を浮かべた。


スピカはしばらく黙った後、「その男の子は、あなたの心の中の象徴かもしれませんね。過去の記憶か、あるいはこれから訪れる出来事を暗示しているのかもしれません。夢の中の人物が持つメッセージは、私たちが気づいていない心の声を伝えていることがよくあります。」と語った。


「それにしても、その男の子と一緒にいると本当に楽しくて、無邪気に遊んでいる自分がいます。けど、その楽しさの中に、何か切ない気持ちが混ざっているんです。まるで、彼とは長く一緒にいられないというような、そんな感覚があって…」桜子は不安げに言葉を続けた。


スピカは桜子を見つめながら、「その切なさは、心の奥底で感じている何かの感情かもしれません。夢は私たちの無意識や感情を映し出す鏡のようなものです。特に、その男の子があなたに与えている感覚が強いなら、彼はあなた自身の内面や、過去の記憶を象徴している可能性がありますね」と優しく語りかけた。


「過去の記憶…でも、私はその男の子を知らないはずなんです。でも、知っているような気がしてならないんです。」桜子は不安と戸惑いを滲ませながら、スピカに問いかけるように話した。


スピカは落ち着いた声で答えた。「夢の中の人物は、私たちが忘れてしまった大切な感情や、見逃してきたものを象徴していることがよくあります。夢が何を伝えようとしているのか、これから少しずつ解き明かしていきましょう。佐伯さんとの関係も含めて、夢と現実がどのように繋がっているのかを一緒に探っていきましょうね。」


「星占いを使って、夢の意味を探っていきましょう。星たちがあなたに何を伝えようとしているのか、一緒に見ていきましょうね。」スピカは優しく語りかけ、指先を軽く動かしながらノートPCの操作を始めた。


桜子は、少し緊張しながらもスピカの優雅な動作に目を向けていた。スピカはいつも落ち着いていて、彼女の動き一つ一つにどこか神秘的な雰囲気が漂っている。画面に現れたホロスコープをじっと見つめ、スピカは深く息を吸い、桜子に説明を始めた。


「桜子さん、今の星の配置を見てみると、あなたの金星が双子座にあり、そして土星がそれに対して影響を与えています。この時期、感情の整理や過去の記憶との向き合いが必要になることを示しています。そして、夢の中の男の子は、もしかするとあなたの無意識の中で重要な役割を果たしている存在かもしれませんね。」


スピカは言葉を選びながら、桜子にそっと語りかけた。「ホロスコープは、過去、現在、そして未来の繋がりを示すことがよくあります。この夢は、桜子さんがこれまで見逃していた大切な記憶や感情を表している可能性がありますよ。特に男の子に対して感じる懐かしさと楽しさは、過去の桜子さん自身の一部かもしれません。」


桜子はその言葉に、少し考え込むように頷いた。「確かに…あの男の子に感じる懐かしさは、どこかで自分に繋がっているような気がします。でも、それが何なのか、まだはっきりわからなくて…。」


スピカは画面を見つめながら、慎重にホロスコープの他の配置にも目を通していった。「あなたの月が蟹座に位置していることも、この夢に影響を与えていると思います。蟹座の月は、感情的な繋がりや過去との絆を強く意識させる配置です。男の子の存在は、幼い頃のあなたや、忘れていた感情を象徴しているのかもしれません。」


スピカは画面を指で軽くスクロールしながら、「そして、今は変化の時期に差し掛かっていることが見て取れます。特に、木星があなたの人生の新たな方向性を示す位置にあります。この夢は、桜子さんが過去と未来のバランスを取りながら、新しい道を模索する時期にあることを伝えているのかもしれませんね。」


桜子はその説明を聞きながら、少しずつ自分の中で何かが繋がっていく感覚を覚えた。「じゃあ、あの夢は、私がこれから進むべき道に関係しているってことですか?」


スピカは頷きながら、「そうかもしれません。夢の中であなたが感じた懐かしさや楽しさは、過去の自分との繋がりを再確認するためのサインかもしれません。そして、それがこれからのあなたの選択や行動に影響を与えるでしょう。」と語った。


桜子は深く息を吐き、少しだけ心が軽くなったように感じた。「この夢の意味をもっと知りたいです。そして、どうして佐伯くんが私に話しかけてくるのか、それも関係しているような気がして…」


スピカは静かに桜子を見つめ、「佐伯さんとの関係は、今あなたにとって大切なテーマのようですね。夢が現実とリンクしていることはよくありますし、特に佐伯さんがこの夢の中に関わっている可能性もあります。」


桜子はその言葉に驚きながらも、「佐伯くんが…でも、私たちの関係はただの同期で、そんな深いものじゃないはずなんです。けど、彼が私に話しかけてくれるたびに、この夢のことが頭に浮かんでしまうんです。何かが変わり始めている気がして…」


「夢と現実の繋がりを解き明かすためには、まずは自分の気持ちと向き合うことが大切です。佐伯さんとのやり取りや、この夢の内容があなたに何を伝えようとしているのか、少しずつその糸を紡いでいきましょう。」スピカは穏やかに話を続けた。


桜子はその言葉に頷きながら、「でも、私が佐伯くんにどう思われているのかも、まだわからなくて。私は彼に対してどう思っているんだろう…その答えが見つからないから、何も行動に移せなくて。」


スピカは微笑んだ。「その迷いも、星たちの導きの一つかもしれません。星の動きを見れば、今はあなたの人生に大きな変化が訪れる時期です。佐伯さんとの関係も、その一つかもしれませんね。夢があなたに何を伝えようとしているのか、それが現実とどう繋がっているのかを一緒に探っていきましょう。」


桜子はスピカの言葉に励まされ、深く息を吸った。「ありがとうございます、スピカさん。私、もう少しこの夢と向き合ってみます。もしかしたら、何か大切なことに気づけるかもしれないから…」


「その気持ちを大切にしてくださいね。夢は無意識の声でもあり、未来の扉でもあります。あなたがその扉を開く準備ができているなら、きっと道は見えてくるはずです。」スピカは優しく桜子の手を包み込み、その目に確信の光を宿していた。


夢と現実が交差し始めている日々の中で、桜子は少しずつ自分の心の声に耳を傾ける決意を固めつつあった。

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