・ ・ ・
き、気まずい……。
最近、恥ずかしい事続きの竹永である。事の元凶(?)、この前の事務所立ち聞き事件の帰り道もそうだった。そそくさとその場を後にして、こうして松方と並んでいる。
今度はがっつりご一緒した凛ちゃん先輩に碌に礼も伝えられないまま下りのエスカレーターに飛び乗り、他愛ない話をして(多分)(必死すぎて朧げ)、帰りの電車に揺られている。
「……」
扉を背に、ちら、と目の前であたしを覆うようにして立っている松方を見上げる。
これ…確実にバレただろうな。松方、聡いし。
何となく未だ隠すようにして持っている紙袋。
「竹永さん、席空きました」
「だいじょーぶ…松方座りなよ」
休日の電車はおでかけの民で溢れていて、席の方を振り返っていた松方が俯くあたしに視線を戻した。
目の前の松方からはいつも通りの良い香りがして、ドキドキしっぱなしの心臓に反して心は落ち着く。頭の中では松方家の立派な洗面所とハンドソープが思い出される。あのハンドソープも相当良い匂いだったけど、この香りとはまた違う…
「竹永さんが生まれたのって何時頃ですか?」
「エッ?」
脈絡なさすぎる話題に思わず顔を上げて聞き返す。答えを待つ松方と目が合って、あ、これ、気を逸らそうとしてくれてるのかなと思った。
「確かもう少しで
言いながら、松方の背景で松方に向けられる視線とヒソヒソ話に目が泳いだ。そうだよな…気になる、よな、
「竹永さんのお母さん。どんな方ですか?」
「え…えぇ? どんなって。んー…、顔は、ハルが似てるよ」
「そうなんですか。お綺麗な方なんですね」
「自分の親だしよく分からんけど…あたしと美枇姉は父親似かもな、どちらかというと」
だからといってあたしと美枇姉が似ているかというとそうでもない気がするから不思議だ。
「竹永さんとハルも少し似ていると思いますが」
「そ? こういうのって自分で思うのと他人に言われるの、違うよな」
「そうですね」
頷く松方。松方と千里くんも——…系統が違うのに何処か似ている気がするのはそういうことなのだろう。でもどっちも顔が綺麗だから嘸かしご両親は美形なのだろうな。
「お父さんは」
松方に問われて、そういえばこういう話、した事なかったかと気付く。
「あー…見た目厳ついかな。身体大きくて、スキンヘッドで。背中に刺青入ってて」
「刺青?」
「そー。あ、別にその…自由業?の関係とかじゃないんだけど。友だちが彫り師になって練習台になったとかで…本当かどうかはあたしにも分からん」
松方がどういうつもりでこの話を振ったのか、これを聞いてどう思うのかなんて考えもせずにありのままを伝えた。…本当は、松方が何と返すのか試したのかもしれない。
松方は、ただ「ご友人想いなんですね」と返した。
ご友人想い。
そんなこと、初めて言われた。
この話は別に隠しているとかでもないし訊かれたら同じように言ってきたと思うけど、そんな風に言われたのは初めてだ。
「竹永さん?」
「あ、いや…。昔、小学校の頃とか、授業参観にお父さんが来ると毎回話題になってたなって思い出して」
『育美ちゃんのお父さんって怖いね』
そんなストレートな言葉を掛けられるより自分の父親のことを『あの怖いお父さん?』と一括りに揶揄される方が悲しくて、すぐに反論もできなかった小学生の頃。
どこから漏れるのか、刺青が入っているというだけで“怖くて関わりたくはないけど興味本位には聞いてみたい”という心情を向けられていると感じたこともたくさんあった。
あたしは、お父さんの広くて、両腕いっぱい伸ばして抱きしめても腕は回らないけど、いつも必ず受け止めてくれる背中が大好きだったから。お母さんも、姉弟も同じように大好きなお父さんだということを知っていたから余計に友情を犠牲にしてでも言い返すことのできない自分が情けなくて仕方なかった。
「そう…お父さん、友だち想いか」
有り得ない事だけど。もしもその場に松方がいたら、情けないあたしの代わりに訂正してくれたのだろう。泣きそうになるあたしの手を握ってくれたのだろう。
「はい、」
その妄想が伝わったのかと思った。松方はあたしの冷たくなった指先を掬って、
「僕の、竹永さんの好きなところが生まれたルーツですね」
理解できないことを口にした。
「好きなところ…? …あたしも松方のそういうところ、好きだよ」
意味がわからなくなっている。けど、今のこの、松方に対する感情が『好き』一択だということはわかる。
「いっつも、予想してなかった答えが返ってくる。
今もそんなこと初めて言われた」
好きだなぁって。繰り返し、繰り返し、思ってる。
「あ。着いたよ」
あたしたちは電車を降りた。
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