先日の立ち聞きを根に持っていてやり返されたのかと思った。もう態々紹介しなくてもわかるだろう。エスカレーターの方から姿を覗かせたのは
松方だ。
「どっ…え? どっどど」
「教習終わって上の本屋に」
滝汗。最早『ど』と『え』しか発せられてないあたしの暗号をいとも簡単に解読して、短く簡潔に答えまで導く松方は流石としかいいようがない。流石の極みだ。何だこいつ。彼氏か。今日もスマートだな。
そうっだ教習所この駅が最寄りって言ってたわ…!!
漫画だったら今あたしの頭の上には3tと描かれた岩が乗っていることだろう。漫画じゃなくてよかった。首折れるわ。じゃなくて。
「エスカレーターで降りてよかった、竹永さん見えて幻覚かと思いました」
あたしの幻覚多発しすぎなんだよ。病院行こうって。
「でも、西村さん? …珍しい組み合わせですね」
名前を呼ばれてビクゥと肩を跳ねさせた凛様。鏡を見ているようだ。恐らくあたしたちはお揃いの蒼ざめた顔をしている。
しかし、あたしは兎も角本来なら凛様までそんな焦る必要はない。堂々としていればいい。何なら竹永の買い物に付き合わされたんだくらいのチクリをかましたっていいのに、一緒になってこれは松方にバレたら恥ずかしぬやつだと隠そうとしてくれるなんて。やっぱり、なんだかんだ優しいな。
凛様は「どうやって嗅ぎつけて来んだよ…」と呟いた後、改めて口を開いた。
「お、おー松方…。偶然ここで会ってな」
「ね、ねー」
「ここで?」
おまえは探偵なのか。何故か引っ掛かったらしく拾われたそのワード。松方は繰り返し、一瞬真っ黒な視線をあたしたちの背景にあった下着屋さんの方へ向けた(ように見えた)。
「西村さんはここに何の用が?」
「ここ…っつうか通過点? だよ」
それから、あたしの指先を見つめる。
「っ」
焦って、指先に引っ掛けた紙袋をお尻の後ろへ持って行ったが見られてしまっただろうか。
気付かれてしまっただろうか。
松方は何も言わない。
それを見ていた凛様の指先が、あたしから紙袋を掻っ攫った。
「悪ぃな。俺が
は……?
見上げた彼は真っ直ぐ松方を捉えている。
やっぱり松方は何も言わなくて、「違う」と口を開きかけたあたしを続けて遮った。
「まーちょっと付き合ってもらっただけだから。
丁度用も済んだ所だったし邪魔者は退散するわ」
「上で熊さんに会いましたけど」
「エ?」
今の驚きは、あたしの口からだ。「凛ちゃん先輩…?」と覗くと、「…この後合流予定でな…」と気まずそう〜な呟きが返ってきた。
そういうことだったか——!
「えっなら尚更それ、」
「ばか黙ってろ」
小声で若干あたしを庇うように立ってくれているが、これは何の他意もない黙らせるためなのだろう。
その時、何処かからバイブ音が聞こえた。凛様がグレーのワイドパンツのポケットに紙袋を持っていない方の手を入れて、発信源を知る。
「……」
スマホの画面を見つめたまま動かなくなった彼に、松方が「出ないんですか?」と問うた。
ちなみに、悪い顔をして。
「出るよ。
——ナナ?」
ヒィ。このタイミングで、着信を入れたのはくまっちゃんだったらしい。完全にあたしの所為で、この紙袋の中のたった一着の下着を巡って巻き込んでしまった凛ちゃん先輩に多大なるご迷惑をお掛けする事態に陥ってしまった。
「あぁ、…今?
今、は、何階っつうか…や、外ではない」
これ絶対今何階にいるか訊かれてるよな?
そりゃそうだよな、訊くよな、あああ凛ちゃん先輩…ごめんなさい…全部あたしの所為にしてくれ…!
「いいからそこで待っ「あ! おーい」
「……」
「……」
再びあたしたちは沈黙を作った。
スマホ越しじゃない、明らかな声のした方へと反射的に顔を向けると上の階からエスカレーターで降りてくるくまっちゃんの姿が捉えられた。スマホを耳から離して、ちょっと驚いたような表情であたしたち三人に手を振っている。
何かを考える暇もなくくまっちゃんは「竹永まで。どうした揃って。松方も待ち合わせしてたの」と問うた。
「はい」
えっ、はい?
あたし松方と待ち合わせしてたっけ?
イヤイヤイヤ。だったらその待ち合わせ前に下着買おうなんて思わないわなぁ?
「そーだったんだ。で、凛。その紙袋、何?」
松方の後凛ちゃん先輩に向き直り、こてんと小首を傾げたくまっちゃんの眼は完全に彼が掻っ攫ってくれたあたしのニュー下着入り紙袋をロックオン。
あ、無理だ、これ。逃げられねぇ。
そう悟ったあたしは、心の臓から沸き上がる熱そのままに、右手を真っ直ぐ天井に向かって挙げ、高らかに宣誓、からの紙袋を心優しき偽りの童貞・凛ちゃん先輩から掻っ攫い返した。
「スミマセン…! こちらの紙袋は、私、竹永の購入品でございます…! 西村パイセンは一切何の関係もございません!! ただ居合わせただこの軽い
「あっ、バカこら」
「そーなんだ」
くまっちゃんが再度そう繰り返し頷き、あたしは凛ちゃん先輩に目だけで『拙者の対松方の下着というトップシークレットを守ってくだすっただけで大大大感謝祭ですぜ』と礼の念を送った。
凛ちゃん先輩は最後まで赤いあたしをバカを見る目で見ていたが、さっさと松方に向き直る。
「か帰ろうか、松方」
「…はい、竹永さん」
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