「あと、この前も。お見舞いに来てくれてありがとうございました」


優しく捕られた指先がするりと交わる感覚に後退りしそうになった。

そんな指先とは相反して、見上げる松方からはあたしでも解るくらい『好き』を全面に押し出した視線が降り注がれる。


「憶えてるの?」


「はい。夢かと思ったので、正確には思い出したが正しいですが」


「まぁ最後倒れたようなもんだからね…

そりゃ起きて夢かと思うか」



そうか。

憶え——思い出したのか。



それは、あれも…?



「竹永さん?」


「ぁ、いや…何でもない」


視線を下ろして、首を左右に振る。夢だと思うくらいだから、憶えてはないだろうな。変に訊いてこれ以上松方にその方面を気にしていると思われるのはつらい。


その時の松方の表情は見逃してしまったが、その後特に追及されることもなく松方は「竹永さんに感染らなくて本当に良かった」とこの話を締め括った。



「それで、この駆け落ち券はいつ使えますか?」


いつの間にか手にしていたその小さなしわしわの紙切れを、大事そうに手の平に乗せて問われる。


「うーん、ゴールデンウィークはバイトだから——」



ハッ!?


ゴールデンウィークはバイト…? ってあたし、松方がいるのに、彼氏である松方に何の相談もなく当然のようにこの大型連休をバイトで埋め尽くして…本当どうかしてるな!?


たった今気付いてしまった事実に蒼ざめた顔を恐る恐る松方へと向けると、ま〜だ駆け落ち券に対し嬉しそうに大きな尻尾を振って見える松方が「その後ですかね」とフツーに返してきた。


「ぁ、うん…? その、ゴールデンウィーク…」


「? 竹永さんバイトだと思ったので、僕は教習所に通いながらバイト先に竹永さん迎えに行きます」


「いや迎えはいらな——え? 教習所?」


松方は松方で勝手にあたしの行動を予測して予定を立てていて流石だが、聞きなれない単語に耳を疑った。


「はい。18になったので車の免許取りたくて。高校卒業前から合間合間に通ってます」



わ〜〜〜〜…。



松方って、ちゃんと(?)18歳なんだな、と何だか感慨深い。



「連休に合宿も考えましたが、やっぱりそれが理由で竹永さんに会えなくなるのはちょっとと思って」


何か言っているが、まだ感慨深さの鳴り止まないあたしは瞳の輝きをやめないまま口端から「へぇ〜〜…」と零す。


「運転も上手そうだなぁ」


「本当ですか。一番に助手席乗ってください」


「う、ん、わかった」


謎約束を取り付けられつつ「あたしも一応免許持ってるから、ちゃんと助手の役目果たせると思うぞ」と頷いた。


「あ。じゃあ駆け落ち、あたしの運転でどっか行く? 日帰り温泉とか!」


ちょっとテンション上がった勢いのまました提案に反して、滞る松方の返事。



え…?



やばい…


松方を癒したい一心で提案したけど、日帰り温泉のチョイスはオヤジくさかった、か…?



「竹永さん」


「どした…?」



「運転、僕が免許取るまで待ってもらっていいですか」



真に向き合って改めるから何かと思えば、松方が引っ掛かったのはあたしの運転の方だったらしい。


初めて・・・二人で乗る時は乗せてもらいたいんじゃなくて“乗せたい”ので…だめですか」


歩みを止めてそっと手を取る松方。別に全然だめとかないけど、それが何故なのかもわからなかった。あたしの運転が不安かとも思ったけどそういうわけではないらしい。



「あと、もう一つ。駆け落ち、竹永さんの誕生日じゃだめですか?」



あたしが見下ろされているのに、目元に影を落とす松方はあたしを見上げるように問うた。


だから、松方の前髪を掬って笑う。



「全然、だめじゃない」



伸びた二人の影が重なった。




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