「あ。さくらんぼ食べる?」


「? 要りません」


「じゃー入学祝いあげる」


丁度松方が入ってくる直前に食べようと手元に置いていたパックを開けてから、松方が食べようが食べまいが今日の目的だった白い封筒を渡すと「…。ありがとう、ございます」と、珍しい表情で受け取っていて微笑ましい。


「あとどういうつもりか知らないけどさっきから長い脚が当たってるよ」


「瑞樹さんが長いから当たるんじゃないですか」


一瞬だけ表情が変わったと思ったまだ成長期の松方くん、



「お疲れさまです——」



と、お次は桃ちゃん。



挨拶と共に事務所に入って来た桃ちゃんははたと松方を見つけて信じられないといった表情になった。


「でかくなったな」


明らかに興味なさそ〜に挨拶代わりを吐き出す松方、に、「テメーもな」とグルルル。今にも吠え出しそうで、俺との時とはまた空気の色が変わる。


「二人ともおっきくなったよー」


あーあと呆れながら日勤の相沢さんに貰ったさくらんぼを口の中に放り込むと、立て続けにドアが開いた。



「瑞樹さん、今日って俺上がり30分早いでいいんでしたっけ」



今度はノックも挨拶もなく、「ただいま母ちゃん飯ある?」みたいな感じで入ってきた梶だ。



「ん、梶が30分、桃ちゃんが1時間」


「あれ桃理とうり、俺より30分早く上がって良かったんじゃん」


立ち止まる桃ちゃんを覗き込み、「うす…」とかぁわいい返事を不思議そうに見つめている。


桃ちゃんは掛け時計を眼力で進めようとしている松方に向き直ると一つ舌打ち、勤怠登録を終えて更衣室に向かい、またすぐ出て来た。



「松方」


そのままの表情で歩み寄る梶は「お疲れ様です」と返す松方の前の席(俺の隣)に腰掛けた。



「おまえらってどこまで進んでんの」




——お?



一切の前置きを省いた単刀直入そのものの問いに、伏せていた視線を上げる松方。



「どこまでとは」



その先に、今度は桃ちゃんが不思議そうな表情を浮かべてYシャツのボタンに手を掛けているのが映った。


「桃理」


「ハ、い」


松方を見ていた梶が視界の端に注意を向けたから桃ちゃんは少しこっちに距離を詰める。


「多分桃理の・・・は松方とは違う意味」


「え」


「桃理は“何が”どこまでかが解らないんだろ」


「…はい」


「松方はどこまでが“何か”を聞き返したんだよな?」



頷く松方。えー、俺もよくわからない。面倒見の良い梶。桃ちゃんを置いてけぼりにしないためにわざわざイイトコロで挟んだのだろう。そんなことするから、



「——ゥワ、雁首揃えやがって…きも」



「凛一。早いね」


偶然松方と日が被った凛一が入ってくるなり悪態ついた。



「何」


「松方と竹永がどこまで進んだかって話」


「あ? ヤったかどうかって事?」



「ヤ……ッ、ブーーッ!!」



「うっわ汚ねぇな鬼嶋ァ!おまえに聞いてねーよ!!」


梶といい凛一といい、来るなり爆弾連続投下で騒がしい。主に桃ちゃんが被害に遭っているだけだけど。

凛一は桃ちゃんの噴き出しを斜め上に飛び上がって避けた後、最後まで睨みながらリュックを下ろして壁際のパイプ椅子を引っ張り出し、座る。まだパーカーのフード端を掴んで警戒しているようだ。



「……」


真っ赤な顔で凛一の方角を見たまま一時停止してしまった桃ちゃんは置いておいて、黙った松方の反応を窺った。



「言ったら想像しますよね」



一ミクロも色の変わらない横顔。



「しっねぇよ!!」


桃ちゃん再生。



「僕の事なら構いませんが——」



そこまで言ったらもう、皆まで言わずとも解ってしまう。



「てめーだけを誰が想像すんだよ!!?」


松方は桃ちゃんを認知していない。



「キスの時舌ぐらいは入れるよなー?」


頬張っていた桜桃さくらんぼ。種を出すついでに舌を出し、投げ掛けた。



松方は一旦口を噤んで、それから



「我慢できなかった時だけ」



と、淡々と口にした。


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