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【松方視点】





ビュゥ、と窓の隙間から音を立てて入り込んだ風が前髪を跳ね、目が覚めた。



「……」



いつもと変わらない天井。


上体を起こし左に視線を遣れば、もうすっかり日が昇っている。ベッドサイドに置いた筈の眼鏡を掛けながら掛け時計を確認すると、予想したよりはまだ浅い午前7時過ぎ。



次に自然と考えるのは、彼女のこと。



昨晩のは…。



そこにない姿を視線だけで探し、ぱき、と首を鳴らす。


「……」


枕元に落ちていた体温計を拾い上げ測ると体温は平熱まで下がっていた。


同時に、視界に入った自分の首元に違和感を感じて服を引っ張ると、頸にあるはずのタグが何故か其処に居た。


「?」


疑問符が浮かぶ。ベッドから降り着直しながら部屋のドアに手を掛けて——




『…体温、測る』



『寒いよな』




『わかった。行かない』




思い出した。


ベッドを振り返ると、被っていた掛け布団に埋もれてグレーのパーカーが覗いていて、戻って手に取る。




「わっ、ちーくん…!」



廊下に出ると、今まさに両手に持ったお盆を置いてノックをしようとしていた千里と会う。

千里はもう起きて大丈夫になったのと安堵した様子の後、一瞥したお盆について「龍祈タツキが食べられそうならって」とお粥の乗ったご飯を差し出して見せた。


確かに、一階のキッチンの方から物音と人の気配がする。



「千里、」


そのお盆を受け取って床に置くと同時にしゃがむ。



「竹永さん、此処に来た?」



その問い掛けにハッとした千里は一瞬口籠った後で小さく頷き「ごめんなさい」と口にした。


「? 何で謝るの」


「ぼく、どうしたらいいかわからなくて、勝手に…。たけながさんの都合も考えないで」


俯く千里を抱き上げると、「たけながさん、明け方龍祈が来るまでちーくんのお部屋の前にお布団敷いて寝てて」と心配そうに口を開いた。


「ちーくんのお部屋でも、客間でも寝なくて。ぼくは龍祈が来た音で起きたけど、たけながさん、龍祈が声掛けるまで目を覚さなかったから多分疲れてたんだ…廊下はやっぱり寒かったと思うし。次たけながさんが風邪引いたらぼくのせいだ」



「千里のせいにはならないよ。


…何で俺の部屋でも寝なかったんだろ」



殆ど独り言のそれを呟きながら、そのまま一階へ向かう。


「気をつかっちゃうからって言ってたよ」


「竹永さんが?」


「ううん、ちーくんが」


「…そっか」



惜しいことにうろ覚えな記憶を辿りつつリビングに顔を出すとYシャツにエプロン姿の龍祈が駆け寄ってきた。


「千影さんっ」


「龍祈、忙しいだろうしいいのに」


「いえそういうわけには…すみません」


「ふ」


思わず笑うと龍祈も、抱っこから降りた千里も不思議そうな顔をしたから「して謝るから面白いと思って」と理由を述べた。


「竹永さんと会った?」


「あ、はい」


「どんなだった?」



大方の経緯は想像つくが、竹永さんとの事がきっかけでこの家に通う事になった龍祈はずっと俺の“軟禁”に関わりのある彼女がどんなひとか気になっていて、会ったなら今回が初めてという認識。


何故かこの問いに喉を鳴らす龍祈をじっと見つめていると、


「想像していたより、ずっと」


と口を開いた。



「心証の良い方でした」



…だろうな。



「始めに声を掛けた際の第一声が『うぉっ!? すみません…!?』だったので、その時点で想像は覆されました。その後もご自身が寝ておられた布団一式を天日干しするかどうか悩まれて…物干し竿が無いことを伝えると酷く驚かれて、2階廊下の手摺りに干すのはどうかと。布団乾燥機や布団クリーナーがあることをお伝えしたら、また驚かれて」


他人から聞く竹永さんの話は障りないものではないが、それでもその姿が自然と目の前に思い浮かぶ。


「自分が後程とお伝えしたのですが、どうしてもやってみたいと、きっちり後片付けされて送りも必要ない、千影さんの顔色が良くなったのをドアの隙間から覗いて『ただ寝てただけで何もできてないし、学校行くから龍祈さんに丸投げになっちゃうけど、松方、目覚めたらお腹空いてると思うからお願いします』と。頭を下げられてしまいました」



「龍祈」



「はい」



「父さんに、竹永さんと会った事を話すかどうかは任せるけど——竹永さんに許しを貰ったら——いつか紹介するの、あの人だから」



「……!」



「もし許されなかったら、一生独り身で」




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