堂々発熱中の病人に押し倒されている中、仕方なくほぼ無いに等しい我が腹筋に頑張ってもらって上体を起こし、マスクを避けた頬にキスをすると、『したい』と言ったくせに松方は目を見開いたまま数秒フリーズした。
えっ何だ…?
慣れない事して、歯でも当たったか?
それで怒っている…?
恐いので一旦それを見守ったのち、顔の横に着かれた拳が震え出し、その震えがこちらに伝染する前に身体を起こしてくれて安堵したのも束の間。
「あぶな…。理性まで熱を言いわけに…僕から守ってきた竹永さんぶち●そうかと」
「なんて?」
やっぱり震えたわ。
「震えないで。竹永さん、」
松方には、夜の光がよく似合う。
瞳孔開いているけど。
「口には絶対しないから…他の所には僕からしても良いですか?」
「他の所…? 別にいーよ、口にしたって。前松方、あたしが風邪引いた時したじゃん」
「…憶えてるんですね」
意外そうな、驚いた表情。
憶えてる。
もう2年以上も前になる冬の日の事。
「『竹永さん。僕は生まれてこの方風邪とは無縁の人生を送ってきました』」
「そんな顔でそんな事言いましたか」
「言ってた」
ふと笑うと懐かしさに胸がいっぱいになって、それはあたしを見下ろす松方にも伝染したようだ。
松方も。
この間に色々な事があったなって思ったりするのかな。
ギ、とベッドが軋む。再び覆い被さって体温が近くなる。耳元で少し辛そうな吐息が吐き出され、身体が震えた。
「じゃあ、少しだけ」
“甘えさせてください”とでもいうかのようにマスクを下ろした松方の熱を持った唇が、首筋に触れる。
ぅわ、と、情けのない声が零れてしまいそうになって息を止めたけど、すぐ耳元で「ちゃんと息して」と促される。
その掠れた声が差し込んだ月の光に溶けて、あまくて。
短い呼吸で繋ぎ止める意識のままに松方の背中に触れたら熱くて。脚に力が入る。
首筋を這う唇が『別にいーよ』と言ったのに、自分のそれから離れていくのが切なくて寂しくて、思わず声に出して願った。
「口にキス…して、松方」
「——…っ」
松方の指先が顎を引く。
薄く開いた口が互いに見合って——そして、通り過ぎるのがスローモーションで映った。
「えっ」
衣擦れの音を立てて倒れ込んだ松方。
えーーーー!?
「ちょ、大丈夫!?」
松方の全体重がのしかかり、飛び起きることはできないながら触れていた肩をタップ。
そしてそれは割と早く重みを増していった。
…ぐぇ……く、苦し……重い……物理的に……。
何っとか自分の上から退けて上体を起こす。ころんと転がった松方は額に汗を滲ませてすーすーと寝息を立てていた。
よかったぁ。息はしてる。
驚いたのとたった今の自分の発言を思い返しての恥ずかしさが混ざった安堵を抱えて、その睫毛の長い寝顔を盗み見数秒。ぴくりとも動かない。と、とりあえず放置されているロンTを拾い上げて松方に着せることを試みた。
勿論今の数分の中で起こった出来事に関しての理解は追い付いていない。頭上に疑問符はしっかり浮かんでいる。ただただ、松方が寒そうだから…
『『キス』した後のこと、考えてくれたことありますか?』
って、言ってた。
あれって……。やっぱ、そういう話……?
『僕は』
『竹永さんの許しが貰えるなら——…いつでも』
「……っ」
よし。よーーし!!
発狂し、ベッドに顔を埋めて叫びたくなる衝動を必死に堪えてロンTを、松方のサラサラ艶やかな黒い頭に被せるところから始めよう。
さっきも似たような事思ったけど、ちょっと…今、松方が発熱中で良かった…なんて。
不謹慎にも程があるよな。
ごめん、松方————!
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