松方の熱い額に手を添えて頷いたら、自分で願っておきながら目を丸くして驚いた表情になった。


「…けっこんしてください」



「はいは——ホァッ!? うそうそ!」



危な——!


また言ってる、の流れで適当に相槌打つところだった。とことん弱ってる松方に弱いのだから気を付けねばならない。


恐る恐る目を遣ると、松方はただ天井を見つめていてほっとした。


「病院、行けそう? タクシー呼ぶから、」


「…一晩眠れば大丈夫」


そんな、絶対行った方がいいという意見を病人相手にどう諭すべきか言い淀んだ隙に、松方が寄越した視線があたしの一般論より自分をよく解っての強がりではない答えだということを後押ししたから何も言えなくなった。



数分、そろそろ幻覚じゃないってわかってそうなくらい、お互い黙ったまま、あたしは松方の額を撫でているとふと「今何時かわかりますか」と掠れ声。


再び部屋を見渡して掛け時計を見つけたが、この暗さと角度とで目を凝らしても見えない。松方も暗さと眼鏡なしの距離とで見えないのか、「多分、20時くらい?」と答えると突然むくりと身体を起き上がらせた。


「ちょ、なに」


見てるだけで、あの高熱特有の身体の節々の痛みが伝わってきそうだ。


「…シャワー浴びたい」


「はい?」


いや絶対無理でしょ。

むくりゆらりと上半身を起こすから何かと思えば。



「竹永さんの前で……汚いの、ムリ…」



「いやいやいや! 全然大丈夫だから! 全っ然汚くない、松方いつも通りいい匂いするよ!?」



何大声で言わせる?



「…やだ」




エーー!?


困ったなあ!?


要らん駄々を捏ねる松方。

あたしが担いでお風呂連れて行って洗って…は体格差あってできないし、千里くんならもっとだ。どうしよう、


「あ〜せめて身体拭く…とかじゃだめ?」



「…ふいてくれるんですか」



「お安い御用!!」


勢い宜しくお応えして間もなく松方がロンTに手を掛けたから「まだ待たれよ!!」と言い捨てて部屋を飛び出し、唯一われている洗面所に駆け込んで勝手にタオルを拝借、気持ち熱めのお湯に晒して絞った。


あたしが階段を駆け上がる音を聞いてのことか、部屋に戻ると丁度松方が上裸になったところだった。



うっ。



19歳のあたしには刺激の強い光景に固まると、松方が促すようにあたしを一瞥した後で背を向けた。


それに、忍ぶように近付いてまず開いている窓を閉めてから取り掛かる。


月明かりに照らされ浮かぶ白い肌は眩しく、筋肉でなのか所々影ができている。


昨日も思ったけどどうりで意外にもがっしりしているわけだ。筋トレとかしているのか、この恥ずかしさの誤魔化し含め訊いてみたい気持ちと、早く終わらせないと、寒いよなの気持ち、純粋な、綺麗な背中だなぁの感想に挟まれながら一生懸命背中、腕、とタオルを滑らせた。


「……」


振り返る松方。あたしが言うとオヤジくさい失礼します、を心の中で申して胸(筋)、腹(筋)と明後日の方向を見ながら終わらせた。



「ありがとうございます」


ぽす、と何度もいうが良い香りの松方が肩に凭れかかってきて、上目遣いで多分—マスクで口元は見えないが—はにかんだ。


松方が熱い筈なのに、己の体温も急上昇していてよくわからなかった。


わかったのは松方の身体が想像を優に超えて美…ということだけだ。



「竹永さん? 息止めてませんか」


ドッドッドッドと規則正しく胸を打つ心の臓に血液を集中させていたあたしは、長く滞在した水中から顔を出す時のように息継ぎした。


「ッッハー!」


病人である松方より肩を上下させる。ああ、緊張した。



「は、はやくふくきなさいよ」


何も考えず布団の上に脱ぎ棄てられたロンTを拾って押し付けると「すみません、新しいのがそのクローゼットの中に」とゆらりと指されて、こっちこそすみませんと取りに行った。


戻って手渡すも、受け取っておきながら着ようとしない。


松方が着ない限り目の遣り場に困ってベッド脇に立ち尽くしていると、腕を引かれて躓いた。


「ちょっと、上がってもらっていいですか」


「えぇ?」


正直、目の前の松方の上裸にそれどころではないあたしは促されるがままベッドに乗り上げ松方の脚を挟んで立ち膝になった。


「何…」


「…竹永さん」


やっぱり頑張っても、眼鏡も掛けてない服も着てない松方を直視することはできず、薄目で対応。



「もしかして、昨日ハルが言っていた『キス』した後のこと、考えてくれたことありますか?」


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