「…っ」


びっ くりした…! 一瞬の出来事に、静寂の中心臓がバクバク鳴り出す。


この距離だと見えているのか、でも朧げで、目が合っているのか定かでない松方はあたしの名前を呼んだきり数秒沈黙。


あたしの心音の方が先に収まってきて、呼び掛けようとした。



「何だ…また幻覚」



エッ。


はー…。と重い溜息を吐いてもたげかけた頭を再度枕に沈めた。「んなわけあるかー!」と反射的にツッコもうとしていや松方の安静の為にはこのまま幻覚でいるのがベストなのか…? と自問自答し始めたあたしをちら、と横目で確認している。


っていうか『また』って言った?


『また』って何?


何回幻覚のあたしここに来たの?



「…今日は朝まで居てくれるんですか…」


ケホ、と掠れ声のまま咳を交えて、それでも構わず問うた。


「別にいいけど。あたしの所為だし」



あっ。思わず返事してしまった。


やっちまったかと盗み見ると、松方はハハ、と空笑いした後「やさしー」と辛そうな笑みを作った。


「竹永さんの所為じゃないですよ」


「え」


「竹永さんの所為じゃない」


本気かどうかはさておき幻覚相手にも優しいのは松方の方だ。


「雨の中…一秒でも早く会いたくて迎え行ったのも僕、竹永さんが…、っ、別れを切り出した時、結局受け容れたのも僕」



だから、竹永さんの所為じゃない。



松方が繰り返すから、性懲りもなく、今があるというのに忘れられないあの時の松方の表情を思い出してはきっと一生後悔しているような自分の片棒を担いでくれた気になってしまう。



「…体温、測る」


ほぼ片言でそう告げて測ると、体温は38.8度。松方が咳き込む。机に置かれた解熱鎮痛薬は市販の物だったから病院には行ってないのだろう。


「寒いよな」


頭の中で、この辺で夜間診療を行っている病院があるか考えながら周囲を見渡すも今すぐ追加できそうな掛ける物は見当たらなくて、気休めに羽織っていたパーカーを脱いで松方の掛け布団の上に掛け、もう一度肩まで埋まるよう引っ張った。



「何か食べられそうな物ある?」


病人に幾つも質問するのは気が引ける。本当は何か欲しい物があるか聞きたかったけど、ない、と言われそうだと思って咄嗟に質問を変えた。



「…どこにも行かないでほしい」



それなのに、松方は、あたしの瞳を見つめてそう答える。




「わかった。行かない」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る