そんな年の差恋バナに花を咲かせていたら、あっという間に最寄りだという初見のバス停に着いた。
まだまだこんなに松方の事で知らない事がある。ありすぎて、自分の自他共にへの興味関心意欲の低さに全方面へ申し訳なくなる。
だって、自惚れるわけじゃないけど、きっと松方ならあたしの家の最寄りのバス停は?なんてラッキー問題だ。
「こっちです」
周囲は閑静な住宅街、といった感じで並ぶ家々も大きいし、立派な門があったりするし、外車に—あまり見ない白くて細い大きな犬を連れたお姉様を見た時には何かを察した。
10分も経たない内に、千里くんは一つの洋風な門の中に入って行った。
ちら、と視線を泳がせれば確かに“Matsukata”の表札。
美女と野獣みたい…!と、思わずにはいられない立派な門の先の庭園。門からこれまた洋風の家に着くまでには少し距離があって、春だからなのかどの花からかも判らないが良い香りがした。
こんな、手ぶらで来てしまっていいのだろうか。
千里くんが玄関の鍵を開けている間謎の冷や汗が流れた。
「どうぞ」
千里くんも友だちを呼んだりはしないのか人柄なのか、あたしだったら威張りくさって反り返って口にするであろう「どうぞ」を控えめに口にした、
う、うわ〜〜〜〜!!
松方のこの家が静まりかえっていなくて、雰囲気に合わせた音楽なんかが流れていたりでもしたらそう大声を張り上げていただろう。あたしの乏しい語彙力で何と云ったらいいのか…
とりあえず、あたしにはこんな家の友だちは一人もいなかった。
靴20足くらいは横並び出来そうな広い玄関の先、左手には、初めて本物を見た、緩やかな弧を描く階段があって2階の廊下に続いている。1階のこのフロアにもどれが何処へ続くと予想しきれないほどドアがあって、まず手を洗わなきゃと差し出した手を見てか千里くんは右手奥にあった洗面所へ案内してくれた、
鏡デッカ!!
これ大理石!?
これがホテルライク!?
人様のご実家をこんな風に目をギョロギョロさせて見てはいけない。
と己を叱るも束の間、使わせてもらったハンドソープが良い匂いすぎて狂ったように洗い上がりの自分の手を嗅いでしまった。
ハンドソープでこれなら、松方がいっつも品? 高級感? のある良い匂いなのも大いに納得だ。
「僕…大丈夫でしょうか、勝手に、こんな」
ハッとしょんぼり千里くんに気付いて、確かにこんなやべー奴家に上げたら不安にもなるよね…と心の中のテンションぶち上がり竹永をぶん殴って正した。
「ごめん千里くん。ちゃんとちーくんみてくるから」
千里くんが部屋に入れてもらえないのは、
教えてもらった2階奥の部屋の前で足を止め、寝ていることを予想しつつ、一応小さくノック。
やはり応答はない。
そーっとドアノブを沈め、ドアを押し開けた。
「松方ー…? 入るよー」
顔を覗かせた瞬間、ドアが開いたことによって元々開いていた窓からの夜風が通り抜けた。
まるであたしがこの部屋に立ち入ったことで目に見えない何かが逃げていくように。
すっかり暗くなっていたことよりも、電気も点いていない部屋だというのに奥行き数メートル先の表情がわかるくらいには月明かりが差し込む部屋に驚いた。
一歩入っただけで、空気が変わるのがわかった。月明かりにのみ照らされるこの部屋は無駄な物が一切なく、たった今掃除し終えたと言われても疑う余地がない程に片付けられている。
無機質で、まるで生活感が感じられなくて、強いていえば背の高い本棚には分厚い…教材の類なのかが敷き詰められているくらいで、何処にも、必要最低限の物以外の姿がない。
机の上には既に水・2Lのペットボトルと空のコップが用意されていて、
松方らしいといえば松方らしいけど…想像以上だ。
当の松方は苦しくないのか、マスクを付けたまま まっさらな寝具に囲まれて眠っている。
足音を立てないように近づいていくにつれ、マスク越しでも浅い、ぜーぜーと掠れた呼吸音が聞き取れた。
やっぱり、昨日のあれが原因だよな…引っ張ってでもシャワー浴びさせるんだった。
「ごめん」
側に膝をつき、松方の目元にかかる前髪を払う。僅かに触れた額が熱くて心が痛む。
「苦しいな。ちょっとごめん」
枕元に落ちていた体温計を起動し、黒いロンTに滑り込ませて体温を測ろうと白い掛け布団を捲った。
「——!」
すると、体温計を持った手首を勢いよく掴まれ目を見開いた。
「……たけ、ながさん…?」
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