「千里くん。もう大丈夫だよ」


バイト先ここから松方の家まではバスが早いと教えてくれた千里くんとバスを待っている間、明らかに元気のない横顔に声を掛けた。


「一旦松方——ちーくんの様子見たら、その後必要な物とか買い出し行くし。

そもそもうちらの報連相不足というか、今ちーくんが参ってるっていうのも千里くん来てくれなかったら知らないままだったからめっちゃ助かった」


「…ほうれんそう…。報告、連絡、相談ですか?」


顔を上げてくれた千里くんに、そう、と笑って相槌を打つ。あたしの方が、かわいいな、松方もこんな感じの小学生だったのかなって癒される。だって、ハルだったら絶対『何でほうれん草不足で知らないままなんだ?』って——止めよう、もう。ハルを引き合いに出すのは。可哀想になってきたわ。


「ぁ、このバスです」


千里くんが指したバスに乗り込んで、空いている席に並んで座った。


「っていうか松方、バイト帰りバスだったか?」


『バイト先から松方の家まではバスが早い』と聞いてから若干感じていた違和感に、思わず呟いた。千里くんがこっちを見上げたので「あ、ごめんね独り言」と補足すると、


「…このバス、兄が通っていた塾の子もたくさん利用するので、それで面倒を避けるためにあまり乗らなかったのかもしれません」


と想像もしていなかった答えが返ってきた。


「そうなんだ…?」



「たけながさんは、その、えっと…。また兄とお付き合いしてくださって…?」


打って変わって視線を泳がせて、これは訊いてもいいことなのかと控えめに確認してくれた千里くんにつられて頬が熱くなる。


「いやそんな尊敬語で言われるようなものじゃなくて…あたしの方が松方におんぶに抱っこというか」


こそこそひそひそ、松方が今も苦しんでいるかもしれないというのに咲かせているのは恋バナの花。


許せ、松方。



一瞬あたしの言い出し『いや』に曇らせかけた表情を、それこそ花が咲いたようにぱぁっと明るくさせた千里くん。透き通るような頬を優しい色で染めている。


「こんなに嬉しい事ってないです」


「えぇ?」


「たけながさん、兄は、僕が物心ついた時にはもう、いつ何が欲しいか誰にきかれても『何もない』と返すような人だったんです。でも、唯一無二、たけながさんがほしいって」

「ちょちょちょちょ千里くーん?」


小声とはいえ、車内でのその発言は人の目が気になりすぎた。正反対、光の化身のような千里くんにも確固たる“松方の血”が流れている事が垣間見え恐ろしくなる。



「本当に、心の奥底から欲しいと思ったものは結局、自分の手で掴みに行くのがいいと教わりました」



頬を寄せ、悪戯に囁いた千里くん。




あんたの弟、流石だわ松方…。




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