静かな高熱

第二十八話



結局松方は、あたしが本当はコンビニに用なんてものがないことも解った上で、この茶番?に付き合ってくれた上で、もう一度今来たばかりの道を辿ってあたしを家に送り届けてくれて、帰った。




「……む」


翌日、一限からフルで授業を熟した後で夕勤バイトだったあたしは事務所に立ち入る時も左手を見つめていた。


昨日、送り返されたら意味がないと抗議したあたしに松方は『実は』と切り出した。



『実は、ずっと繋ぎたかったけど言い出せなかったんですよね。

竹永さんがここから繋いでくれたら、僕が最低限満足する頃には僕の家に着きます。そうしたら帰してあげられなくなるかもしれません。

だから来た道を戻ってもいいですか?』



偏差値の差なのか、目の前の男が淡々と、効率良く何を言っているのか全く理解できなくて、『ハ?』と返すと『手です』と返ってきた。


ハ? 手?


ますます遠ざかる理解。


果たしてあたしたちの会話は噛み合っているのか成立しているのか、誰か第三者に見聞きして判断願いたいくらいだった。


そう疑問符を浮かべている内に宣言通り手は取られ、来たばかりの道を辿るルート案内が開始されていたのだ。これは怖い話だろうか。




「おはよ、竹永。どうした唇尖らせて」


瑞樹さんに声を掛けられて、現実世界に引き戻される。


「おはようございます」


「何か疲れてるね」


「あぁ、夜中まで課題からの朝から実習続きだったから」


ふむ、と懐かしそうに目を細めた瑞樹さん。「おいで、チョコあげる」と一粒ではなく板でくれてびっくりした。板。凄いな。


とりあえずその板チョコはリュックに仕舞う。


「松方元気?」


顔を上げたら、口元に弧を描く端正な顔立ちと目が合って、なんだ、さっき左手を見つめていた時から松方の事を考えてたってバレてたのかと照れくさくなった。


「元気だと思います、流石に外見は成長してたけど中身変わってなさそうで」


「あーね」


「今度来るって言ってました」


更衣室に足を向けながら思い出したついでに伝えると、「楽しみー」と悪戯な感想が返ってきて、あたしもつられて楽しみになった、その時。


「瑞樹」


「あ」

「くまっちゃん」


事務所の扉が開いて、この春から新社会人になったくまっちゃんの姿が現れた。


くまっちゃんは瑞樹さんを呼び掛けた後 扉を支えたまま後ろを振り返っていて、二人してその陰に視線を送る、と。



「たけながさん…っ」



びっくりするくらい成長して、一瞬誰だかわからなかった千里くんが顔を覗かせた。


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