駆け落ち?
「そうだ。瑞樹さんが大学入学のお祝いもしたいし、またバイト先おいでって言ってたよ」
コンクリートもアスファルトも暗くなるまで降っていた雨の強さを物語るように濡れている中、
水溜まりを避けながら、並んで歩く松方に託けを伝えた。
まだ周囲には雨の匂いが漂っている。
「わかりました。竹永さんがシフト入っている日把握して行きます」
「いやいいって。把握って何。本人に訊きなさいよ」
って何でこいつ、あたしがバイト続けてる前提で…
「さっき、僕がコンビニ行く事ないって言ったら——」
家を出る時『やっぱり一応傘持って行こう』と持って来た傘二本を、あたしが居る方とは反対側で持ってくれている松方が思い出したように言った。突然だなと思って顔を上げたら、松方の視線の先に最寄りのコンビニがあった。
「最寄りのコンビニ、ここですか?」
「あぁ、うん、まぁ…。でも今食べたいアイス、このコンビニにないから…」
もごもご。
流石に嘘くさかったかと心配になるも、「もうアイスですか」と驚いたような声と、「あまり遠くなったら溶けませんか」とそっちを心配するような声が聞こえて安堵。顔を見たらこの小さな嘘がバレてしまうかもしれないから見ないまま、心の中でガッツポーズ。
もう少し。一緒にいたい、って…言ったじゃん。
「それで? 松方何か言いかけたでしょ」
「あぁ。さっき竹永さん、僕がコンビニ行く事ないって言ったら驚いてましたねって」
あたしは、松方が今どんな表情をしているか想像もせずに『さっき』の回想に進んだ。
「うん…。まぁ確かに想像してみたら松方とコンビニってどうも合成っぽくなるというか…だったけど。うち、夏はアイス、冬は肉まんでしょ、ピザまんでしょ、おでんって割と定番で。いまだに誰が買ってくるかってじゃんけんしたりするし」
あとあたしはたまにしか食べないけど、最近はコンビニスイーツも充実してて…と指折り説明。
へぇ、と聞こえてやっと見上げた松方は本当に物珍しそうな表情をしていた。
「…何か買う?」
思わず訊くと、「じゃあ、今度お願いします」と返ってきた。
今じゃないんかい、とツッコんだが松方は今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいご機嫌に見える。
「夏も、冬も、それ以外もお願いします。
竹永さんとこうして次の約束ができることが 本当に嬉しい」
訊く前に、松方はそのご機嫌の理由を口にした。
「『何より嬉しい』って、こういうことですね」
うん。
松方の黒髪は夜の世界に溶け込んでいたけど、そっと微笑った顔は月明かりに照らされて、綺麗で。
言葉は、ちゃんとあたしの胸に刺さった。
「竹永さん」
「…ん?」
暗くてよかった。
突拍子もなく、何だか泣いてしまいそうになった。
「僕、竹永さんと会えなくなってから一度だけ…貴女を見に行ったんです」
松方の月明かりに映える横顔が何かを思い出しているようだったけど、あたしもその言葉には思い当たる節があった。
「もしかして、文化祭の時?」
小さく笑んで問うてみたら、案の定松方が驚いたようにこっちを見た。
「…はい。竹永さん、気付いて」
「松方って意外と落とし物多いよね」
はは、と笑い声を立てて、口にはしなかったけどそういえば今日も上着を大学に忘れたって言っていたなと思い出す。
「高校最後の文化祭、来てくれてありがと」
「……」
「あたしも松方の高校最後の文化祭、行きたかったけど——」
“ 行けなかった ”
そう言うより早く、松方はまたあたしの口を塞いだ。
「…、……。さっきから、この野郎…」
「駆け落ちしようと思ってました」
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