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廊下で麦茶を飲みながら話していると、階段下の玄関から音がした。
「ただいまー」
弟のハルが帰って来た。
「おかえりー」
覗くようにして返すと、間もなく「すげー雨だな」と階段を上がってくる。
「俺またコンビニで傘買っ——ぅわ千影!?」
「ハル。お邪魔してます」
階段でひっくり返りそうになっているハルに対してぺこ、と会釈した松方。見る度同い年でこうも違うんだなと感心する。
「靴あったでしょ」
「見てなかった…わ〜〜千影ぇ〜〜! 何かほっぺ腫れてる…? けど久しぶりだな!?」
きょと、として歓喜、はっとして歓喜。表情うるさく、抱きつきそうな勢いで感激している。
「連絡取ってなかったの?」
「千影、約束? かなんか反故にされたら困るからって一切いく関係絶ってたんだよな」
「そうなの?」
松方を振り返ると素っ気なくはい、と頷かれた。
徹底してんな…。
「っていうかハル、反故なんて言葉知ってたんだ」
「知ってるわ。それより何でこんな…色違いの部屋着着て廊下で茶飲んでんの? 寒くねぇの」
「……」
「……」
それに関しては二人して黙った。
理由は簡単。松方が、手を出さない自信がないと言って頑なに部屋に居ようとしないからだ。
「あ、ハル。服借りてる。俺の服濡れて…勝手にごめん」
また“ 俺 ”って言った……!
一人目を見開くあたしをよそに「ほんとだ!? それは全然良いけど、千影が着ると俺の服じゃないみたいだな」と今度はハルが感心している。
それはあたしも思った。
「どういこと?」
「格好良いってこと」
にっ と笑うハル。松方は何故かあたしの方を振り返って物欲しそうな表情をした。
「え? あ、うん、格好良いよ」
「!」
突然大きな、ふさふさの尻尾が現れてぶんぶんと左右に振られる幻覚を見た。
「で? 何話してたの」
ハルはあたしたちを通り過ぎ、グレーのトレーナーを脱ぎながら自分の部屋に入って行く。
「いや付き合うって何するんだろうねって」
真剣に答えたつもりだったが、部屋の奥から返ってきたのは「そんなこと話してたの」と笑い声だ。
松方が帰ってきて開口一番『結婚してください』なんて言うから色々なものがぶっ飛んで行ってたけど、それらを掻き集めて回収して『とりあえず、お付き合いから』と待ったを掛けたら結局我々はどうしたら?となって、茶を飲んでいた。
「そりゃデートして、手繋いで、キスして——」
着替えて戻ってきたハルの視線は松方を捉えていた。
あたし同様胡座をかいた松方もハルを見上げていたけどハルの言葉はそこで止まり、あたしだけの眉間に皺がよった。
「…千影は手練れそうだなー」
「手練れ?」
誰にともなくそう呟かれ、ハルの方を見ていて表情が見えない松方も何を考えているのか何も口にしない。
「つーかいくは付き合った経験あるだろ。あっ」
ハルよ。全部言ってからの『あっ』は無意味なんだよ。
「あるけど」
口籠る。あまり良い思い出ではない。
「僕は竹永さんが初恋です」
「へ」
何を言い出すのか、俯いたあたしに松方は言った。思わず顔を上げるとあたしと同じような反応を示すハルを背景に、松方の真剣な眼差しが降り注ぐ。
「だから全部、宜しくお願いします」
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