「え」


松方が珍しく見上げるから、あたしもつられて傘を見上げた。


「いや…友だちが貸してくれた傘だけど」



「友達って男?」



戻ってきた視線が、松方の瞳が、恐いくらい冷たくて、それなのに熱くて。


僅かに感じた切ないような寂しさは、



『他に、あげる予定…あるだろうに』



あの時自分が松方の、あった筈の制服の釦を見ながら思わず溢してしまった台詞と似ている気がして。


胸が苦しくなった。



「男だよ」


「そうですか」



「松方、


そんな顔しなくていい」



「…」



雨はまだ降っていたけど、傘を閉じた。



目を丸くした松方があたしを覆ってくれようとしたけど


今度はあたしがその腕に触れて、止めた。



「1人濡れるのも2人濡れるのも一緒だろ。実家うち寄っていこ」





ごめん、松方。



この傘を捨てろと言われても捨てる事はできない。


でも、そんな表情をするなら傘はささない。



松方があたしに期待する事があるなら出来る限り応えてやりたい。


ただ。


渡された綺麗で立派な、あたしには不釣り合いなあの指輪が本当に、明日からの決して短くはない大学生活も、その先に社会人にもなる松方の将来にとってプラスになる事なのか。


その確信も自信もあたしにはないから。



まだ、取っておいてくれた第二ボタンが嬉しくて嬉しくて、何度も手のひらの上に乗せては眺めることで精一杯なあたしだから。



ごめん、即答できなくて。

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