何を思い出しているのだろう。

松方くんは桜の花びらを見てどんな事を思い出すのだろう。


でもきっと。タケナガさんの事を想っている。


僕のこの18年の中で最も“非の打ち所がない”という言葉が似合う松方くんが、唯一勝てないらしいタケナガさんは、一体どんな凄い人格者なのだろう。


もしかして、松方くん並みに綺麗なお顔とか…? 背が高くてモデルみたいな美人さん?

それともアイドルみたいに可愛い系?


松方くんよりも運動神経が良いとか?

まさか松方くんより秀才!?


松方くんの勝てないタケナガさんの想像ばかりが膨らむ。




「早く会いたい」



早く。


ぽつりと溢した欲が、入学式会場とは打って変わって静まり返る図書館棟に足を踏み入れた僕らの背後に落ちる。




真新しい学生証を翳して、僕は見学時以来、久々に立ち入った図書館棟。僕等のようなスーツ姿の人は見渡す限り居なくて、今此処に居る人達は恐らく回の違う人だろうなとちょっと場違いのような、入って良いのか居て良いのかドギマギした気持ちになった。


一方の松方くんは微塵もそんな事を気にする様子もなく、吹き抜ける天井の下、何なら通い慣れた足取りで空いていた窓際の席へ向かい、リュックを降ろすとジャケットを脱いで背凭れに掛け、その流れで腕時計に視線を落とす。



僕はまだ、此処に入学したんだという浮かれで逸る心臓を抱えながら高い窓を上まで見上げて、あっという間に暗くなった空に気付いたところだった。


まだ見ぬ雨粒の気配を辿る。



「あれ。雨?」



追って見上げた松方くんは何も言わず薄く唇を開いて、



「——戌威くん、今日降るって知ってた?」



「え、ううん、天気予報でも降るのは夜中って言ってた気が」


「だよな」


そう相槌を打つと今降ろしたばかりのリュックを持ち上げ、ごめん、と一言、来た道を足早に引き返した。


「えっ」


判断と行動の速さに置いてけぼりになる僕は、一応もう一度窓を振り返る。


今度は窓に確かな雨粒の跡があった、けど、


「あっ、松方くん、ジャケット…」



その時にはもう既に彼の姿はなかった。

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