思わずそう溢すと、松方は小さな沈黙を作った。
その間にあたしは、この手の平の中の第二ボタンが“保管”されていた理由に気付く。
ダッフルコートの首元から覗く襟にはボタンが取れた後の綻びが見え、
テーブルに置かれた白い手首近くの袖にも同じような跡があった。
『今日、卒業式でした』
松方の、かけがえのない3年間はどんなものだっただろう。
あたしと逢って、過ごした時間は実際、放課後や休日の僅かな時間だったわけで。
“それ以外”が大部分を占める。当然。
会わなかった時間も、会えなかった時間も、松方の中には残されていても、あたしの中にその時の松方は一生ない。
あたしが、それを望んだ。
選んだ。
「竹永さん?」
「他に、あげる予定…あるだろうに」
解ってる。こんな探るような言い方。
捻くれてる。
「ないです」
そういう時、決まって迷いなく言い退けてしまう松方には「はは…」と気の抜けた情けない笑い声が溢れる。
松方の釦が欲しい子、たくさんいるのだろうな。
あたしの勝手な選択と決断で会わなかった1年半は、きっとお互いの一生の中でも大事な時間だった。
そんな時間を空白にした。
一切会わなかったのに。
迎えに来てくれた。
その上前と変わらず
あたしは
松方が変わらなければ変わらないほどその不安が大きくなっていく。
そういう自分が面倒で、ますます前の自分はこうだったか疑問に思って。
今、目の前にいてくれる松方に聞いたらいいのに、優しい松方は『変わらない』とあたしに気を遣うだろうと聞けない。
「凄いな、松方は」
本当に。
あたし、松方を傷つけてばかりなのにな。
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