「松方も何か飲む?」
「はい」
悄気た大型犬みたいな面をして、あたしのぎこちなさを平然と踏み倒してくる松方はあたしが手にしていたカップをする、と攫って、口にした。
「…にが」
凄いですね竹永さん、と眉間に皺を寄せているが早速その前の行動にびっくりで入ってこない。
「…オーダーする時間も惜しくて。だめ、でしたか」
「…だめ、ではない、けれどもさぁぁ…」
「よかった」
凄いのは松方の方だ。あっっという間にこの、松方のペースなんだから。
「竹永さん、ずっとびっくりしてますね」
よく解ってる。
それがこそばゆくて、静かに顔を覆った指の隙間から「そうだよ、この間の、渡されたあれ…。あれも急展開すぎて、追い付けないんだよ」と、正直に話した。
「あれ。結局婚姻届は僕が保管しているから——指輪ですか」
「そうだよ…」
「あの指輪は、僕が買った本物ではなく僕が祖母から『いつか』の為にと受け継いだものなのでそんなに気にしないでください」
「ばか…!そんな大事なもの、気軽に」
「気軽に、じゃない」
「っ」
緩みかけた手を取られて、真剣な眼差しに捉えられる。
それから数秒の間目が離せずにいたけれど松方の方から和らいで手も放された。
「今日、卒業式でした」
「えっ…今日? さっき?」
「はい、さっき」
心なしか微笑んでいるように見える。卒業式は、寂しいが前に出るものだと思っていたけど。
「それで。僕の第二ボタン、貰ってくれませんか 竹永さん」
「だいにぼたん」
「はい。世界に一つなので」
そう冗談っぽく云うと、既に保管されていたのかコートのポケットから校章らしき物が彫られた立派な銀釦が取り出された。
言われるがまま差し出した手の平に、松方の僅かな熱を灯したそれが置かれる。
「もう充分なのに」
指輪だとか、そんな大層な物じゃなくても。松方とまたこうして会えるなら、それだけで。
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