『一生を懸けて』





「はぁ…」



あの日。


あの、雪が降っていた2月26日。



あたしを攫いに来たと言った松方は、未だかつてないくらい大騒ぎになっている教室内で、意識を取り戻した先生と呼ばれた警備員によって冷静に連行されて行った。至極真っ当な部外者の乱入だからだ。現行犯逮捕だ。



「育美も大変だったねぇ」


3月中旬、まだまだ寒いカフェのテラス席。今は目の前で憂う岬も、この件を報告した時は『松方が』と言い掛けた時点で涙腺が崩壊、事の終盤では既に何十回にも及んで繰り返された『よがっだ』を嗚咽混じりに言ってくれていて、自分が思う以上に心配を掛けていたのだとちょっともらい泣きしそうになった。



「まぁ松方くんは絶対育美を諦めないだろうけど」


「再会して早速連行されていく松方の真顔が脳裏に焼き付いたよ」


想像してあはは、と笑う岬。


「でも超絶甘ぁ〜いプロポーズされたんだよね? その後は会えてないの?」


「ん。卒業もあるし忙しいと思う」


「で 何で溜め息?」


「それは」



それは。


今は家にある、あの指輪を思い出したから。



「久々の松方…も、押しが強過ぎて。まだびっくりしているというか、夢の可能性もあるかもしれないし」


数年振りの松方を認識する前にもう次の話題になっていて錆びた頭が追い付かないのだ。



「夢って。またそんな可愛い事——アァッッ!?」


ふと朗らかな笑みを浮かべかけ、視線を泳がせた先の岬の叫びに心臓が飛び跳ねた。


「何、梶でもいた……?」


バクバク跳ねる心臓を抑えながら問う。白地にピンクの細ボーダーが入ったニットの岬は唇をハクハクと震わせるだけで応えてくれない。


何か怖いけど仕方なくその視線の先を覗いた。



「竹永さん」


「ぎゃあ!!」



あっ、危な——コーヒー、ホットなのに手に零す所だった——じゃなくて。




「ぎゃあって」

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